11 カメリアの推察 その2
「殿下の話から」と続けるカメリア。「アーシェさんが隠しているのは間違いなく、窃盗の指示をした人間です。どうして指示役の人間を庇うようなことをするのか…… これも殿下の話から、なんとなく想像できます。――お母様の存在です」
「彼女の母君が? どうして?」
「推理と言うより妄想のような見解になりますけど、よろしいかしら?」
「勿論です」
「仮に『トリナーム夫人が窃盗の指示をおこなった』としたら、どうでしょう?」
「夫人が指示役……?」と、首を傾ける。「なぜそんなことを?」
「動機はまだハッキリしませんけど、私としては、どうしてトリナーム夫人が『妾と分かっている女性を屋敷に置いてあるのか』が重要な謎なんです」
「それは…… おそらく小間使いとして丁度良いとか、夫人が根っからの顔見知りだからとか……」
「――相手は夫の愛人だった人ですよ?」
アランは「う~ん……」と唸って、黙ってしまった。
「いいですか? 殿下」と、カメリアが人差し指を立てた。「考えてみてください。どうして今も、屋敷に妾の女性がいるのかを」
「まぁ、その…… 小間使いとして雇ったわけで、屋敷の中で過ごしているのは当然として、なんと言いますか…… 給金が安く済ませられるから? 愛人だから安くて当然、とか?」
「そんなものは、全て表向きの理由です。ほぼ間違いなく『ホザー・トリナーム様の遺言で屋敷に住まわせるしかないから』ですよ」
「ほ、本当ですか? どうにも信じ難い…… なぜ、遺言でそんなことを?」
「殿下はまだお若いですから、想像しづらいのかもしれませんね…… 自分の愛した女性、しかも病を患っている女性を、路頭に迷わせたくないからです。もし時間がおありでしたら、ぜひ、ロンデロントの法務局へ行ってホザー様の遺言状を確認してみてください。
詳細は分かりませんけれど、必ず何かしら妾の女性…… ラニータ様にまつわる遺言内容が書かれているはずです。そうでなければ、妾の女性を正妻の女性が屋敷に置いておく理由がありません」
アランには根拠薄弱のように感じられたが、それでも強く否定しきれなかったのは、確かに妾のラニータを屋敷に置いておく理由が、他に見当たらないと感じたからだ。
無論、遺言ありきの見解だから、カメリアの推理が正しいかどうか、あとで必ず確認する必要はあるが……
「そして」と、カメリアが続けて言った。「こうなってくると、トリナーム夫人が益々怪しくなってきます」
「えっ!? トリナーム夫人ですか……?!」と、目を丸くする。
「妾のラニータ様を追い出せていないと言うことは、ホザー様の財産は、ラニータ様が屋敷に留まっていることを条件に、手を付けることが許されている状態に違いありません。そうでなければ、何かしらの手を打って家から追い出してるはずです。
正妻である自分を差し置いて、夫と関係を持ち、死後も自分を束縛する邪魔な存在…… その存在をなるべく早く排除したいと考えるのは、立派な動機であり、ある意味で自然なことだと思えます。
勿論、推理と言うよりも私の想像が多分に含まれてはいますから、結論が違っている可能性はありますけど…… 全てが的外れとは言えないと思いますよ?」
「う~ん」と、両腕を組むアラン。「まぁ、確かにアーシェの母君が邪魔な存在だと言うのは、妾と正妻の関係からすると分かる気がします…… しかし、トリナーム夫人が王冠の窃盗や殺人を指示したなら、どうして娘のアーシェがトリナーム夫人を庇うのです? 立場的に言うなら、アーシェやラニータ様の方が優位に思えるのですが……」
「殿下が引っ掛かるのも分かります。遺言が存在するなら、優位に立っているはずのラニータ様が、どうしてトリナーム夫人よりも立場が弱い状況にあるのか…… その理由は様々に考えられますが、それこそ憶測の域を出ませんし、もっと情報が集まってから考えるべきだと思います。ただ…… いえ、少々私見が過ぎますね」
「なんです?」
少し間があいたあと、カメリアが窓際へ移動した。アランも彼女の傍へ移動し、
「全くの見当違いだとしても、教えて頂きたい。俺はカメリアさんよりもずっと見当違いなことを考えてしまう…… ブロムナーと捜査をしていく上でも、カメリアさんの推理が必要なんです」
しばらく彼女は窓の外を見ていた。
何を見ているのか分からないアランは、
「あなたが明日、ムズリアへ行くために出発するなら、俺が代わりにあなたの懸念点を捜査します。その上で、色々と学ばせてもらいたい」
と続けて言うと、
「――与奪殺生と子供」
「えっ?」
窓の外を見ていたカメリアが振り返った。
「アーシェさんはラニータ様の娘、ですよね?」
「え、ええ……」
「念のために確認しておきたいのですけど、トリナーム夫人にお子様は?」
「いや…… 確かいないはずです。あなたへの手紙にも書きましたが、アーシェの裁判記録を調べたとき、双方の家族構成も一緒に調べました。アーシェの方はまだ不明瞭ですが、トリナーム夫人については正確なはずです」
「――私はね、殿下。もし、トリナーム夫人が窃盗や殺人の指示役だったとするなら、その動機の一つには必ず、アーシェさんが憎いからと言うのがあると思っているのです」
「それはその」と言って、少し考えてから、「自分に子供がいないのに、ラニータ様にはいるから、と言うことですか?」
「その通り…… 実際のところはどうか分かりませんけれど、今までの話からすれば、ホザー様の娘と考えても良さそうです。自分の子供はいないが、愛人の子はいる…… この場合、遺産の行方も含めてどうなるでしょうね?」
――確かに、アーシェを毛嫌いする動機にはなる。
「それから、与奪殺生」
「アーシェを生かすも殺すも、夫人次第と言うことですか?」
「と言うよりラニータ様を、でしょうね」
「アーシェではなく、母親の方を?」
カメリアが頷いて、続けた。
「トリナーム夫人は、ラニータ様を屋敷から直接、追い出せないと悟ったとき、次にどうするのか…… 邪魔な妾の女とその子供が、『自らの意志』で屋敷から出ていく決断をするよう促すことだと思います。たとえば、耐えられないくらいの嫌がらせをするとか」
「なんだか、童話の嫁と姑のやり取りですね」
「童話と言うのには複雑かしらねぇ…… 妾と継母はそのまま今風に言うと、正妻と愛人ですから。しかも、トリナーム夫人には子供がいない。でも、ラニータ様にはアーシェさんと言う娘がいる。遺産も、下手をすると妾の娘が持っていく可能性がある。だったらと、嫌がらせに熱が入ったのかもしれませんね」
「でも、それが真実だと単なる虐待だし、犯罪の幇助どころか、主犯格ですよ……!」
「主犯格である証拠はおろか、夫人が指示役だと言える証拠も、証言もありません。全く別の人物かもしれませんよ?」
「まぁ、そうですが…… しかし、カメリアさんの話は妙に説得力がありますから」
「忘れてはいけないのは、ブロムナーさんも危惧なさっていたと言う黒幕の存在でしょう」
――すっかり忘れていた。
「下手をすると、その黒幕がトリナーム夫人やラニータ様の与奪殺生を握り、その魔の手から守るために、アーシェさんが人形のように犯行を重ねている可能性だってある。場合によってはラニータ様やネイドさん、その他の貴族や教会関係者が黒幕かもしれません……」
「えっ……?」
「月並みで飛躍しているとお思いでしょう? それは否定しません。確かに飛躍しすぎていますね。私の妄想ですから仕方ありません。だけど、一方でハッキリした事実もあります。
王冠の観賞会が急に提案され、ほぼ同時にネイドさんがシェーン大司教に相談を持ちかけ、観賞会の当日にネイドさんが殺害された。そして王冠も盗みに入られ、その窃盗犯が強盗殺人犯として死刑になった…… これらの出来事だけは事実。あとは、事実の島を繋ぐ橋を見つけるだけ…… そのためには、信じると言う心を脇へ置いて、疑わしき者の全てを疑う必要があります。日常生活でそんなことをするなら人格破綻者ですけど、推理をするなら必須。誰かの人生や命が掛かっているなら尚更です……」
冷静な目を向けられたアランは、視線を受け止めるように見つめてから静かに頷いた。
「私は明日からムズリアへ向かわなければなりません。だからこそ、証拠も何も無い、私の憶測や想像をツラツラと話しました。きっと、間違っている部分もたくさんあることでしょう。しかし、どうかこれらを足掛かりにして、真実を明らかにし、一人の女性の人生を救ってあげてください。それがたとえ、国際的な犯罪組織の関与が無いと判明しても」
「必ず明らかにします。『死刑を使った冤罪殺人』なんて、今の時代にあってはならない…… まずは遺言を確認し、そのあとでトリナーム夫人やネイドさんに関する情報を集めます。――千里の道も一歩から、でしたよね?」
カメリアが微笑んで頷き、
「落ち着いたら、必ずまた殿下の元へお伺いさせて頂きます。そのときは食事でもしながら、ゆっくりお話を聞かせてくださいね?」と手を差し出す。
アランは「約束します、カメリアさん」と言って、彼女と握手した。