第一章 光の存在
科学者に憧れる碧が、いつものように「だからぁ、人間もただの原子の集合体なんだよっ!」
と熱弁を振るっている。その隣で不思議ちゃんの凛は、宙を舞う花びらを目で追いながら「ふ〜ん、そうなんだぁ。でも、これにもちゃんと心があるんだよ、ね」
と小さく呟いた。徹夜明けの私は、そんな二人のいつものやり取りをぼんやり聞いていた。
だが、不可解な言葉がきっかけで、私たちは『科学』と『心』、そして『見えない存在』が交錯する世界へと迷い込んでしまった。
私の名前は、結城茜。不思議ちゃんこと七瀬凛と科学者に憧れる橘碧は、私の幼なじみで、今日はお花見も兼ねて近くのお寺を参拝する事になっている。
三人姉妹のように育った私たちは、本来の家族よりもたくさんの時間を共にしてきた。姉妹で言えば次女の私は、長女三女のそれぞれの考え方や話が楽しくて仕方がない。
「へぇ、そうなんだ。原子って何なの?」
「原子っていうのはね、元素の最小単位で、陽子と中性子と……」
「なんだか難しそうね。それよりこの花の名前は何ていうのかしらね」
私たちは、のんびりおしゃべりしながら、柔らかな緑の中をお寺に向かって歩いていく。
「そろそろ見えてくる頃かな」
「先週は平均気温が高かったから開花が早まったかな」
「お花いっぱい咲いてるのかな、楽しみ〜」
開発が進んだ住宅街からほど近い小山の上にひっそりと佇む慈光庵は、ツツジで有名なお寺だ。境内には色鮮やかなヤマツツジや淡いむらさき色のツツジ……樹齢が古そうな大木などが見事に調和を保っている。
山門に差し掛かった時、住職の法月さんが前方から静かに歩いてくるのが目に入った。
「法月さ〜ん、また来たよ〜」
と、凛は山門で手早く手を合わし軽くお辞儀をしてくぐり、早足で法月さんの元へと駆け上がって行った。
「いつもの事ながら嬉しそうだねぇ」
「相談したい事でもあったのかな?」
私と碧は、法月さんに向かって軽く会釈をした。
読経が終わると、
「今日も法月さんに聞いてほしいお話があるんです……」
と、しびれた足をさすりながら凛は話しかけている。
「ゆっくりで大丈夫ですよ。さてさて、どんなお話しかな?」
落ち着いた静かな声の法月さんは、凛と私たちに向き直った。
「お友達が事故で入院したから、お見舞いに行ったんです。一時的に心肺停止したらしいけれど、今は順調に回復していて……もう少ししたら退院できるらしいのだけど……」
「それは心配だったでしょう。ご回復を祈りましょう」
「あの〜、何ていうか……。身体は回復していて退院できそうだったのだけど、事故の影響なのか、言動がちょっと……。え〜っと、幻覚というのか……幽霊が見えるようになったみたいで……」
「なるほど、そうでしたか」
「お友達は、凛と違って今まで幽霊を見たことがなくて、信じてもいなかったの。だから、動揺が激しいみたいなの……」
「幽霊だって!?そんなのが居るはずないよ。きっと脳の誤作動だよ」
と、すかさず碧が話に割って入る。
「動揺してるのは気の毒ね。幽霊を信じない碧と話しが合うかもしれないね」
と私が話した後、
「凛ちゃんは、どうしたら良いかと思っていますか?」
法月さんは静かに尋ねた。
「私は、今まで幽霊は見たことがあるけど、お友達がいう光の存在っていうのが分からないのです。だから、どうしたら良いのか……。全然分からなくて……」
「なるほど。どうやら……凛ちゃんとお友達が見ているものが違うのでしょうか」
「法月さんは凛の話しを信じるのですか?幽霊なんて居ないのに……。茜は、どっちの味方?」
「えっ、私?私は……凛がいう幽霊も、お友達がいう光の存在も、碧がいう脳の誤作動っていうのも全部信じるかなぁ」
「ズルい回答しないで、2択!敵か、味方か?さぁ、どっち?」
「まぁまぁ、皆さん落ち着いてください。私からの提案を聞いていただけますか?」
法月さんは、静かに続けた。
「凛ちゃんはお友達の事が心配ですね。そして、幽霊とは違う光の存在……。幽霊を信じない碧ちゃんとお友達は話しが合いそうですね。そして、茜ちゃんは謎解きが大好きですよね。どうでしょう、3人でお友達の所に行ってみませんか?」
「3人でお見舞い?」
「うわぁ、いいかも」
「謎解きしたいな……昨夜の仮説と考察に似てるかも……」
それぞれの思いが声に出てしまった。
「仏典によると仏様は光り輝く御姿をなさっているらしい。凛ちゃんのお話は、私も大変興味深いと感じましたね。しかし無理する必要はありませんよ」
法月さんの言葉に、3人は顔を見合わせた。