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第14話~第16話

※今回は第14話~第16話をまとめて投稿しています。


“命の価値は誰が決めるのか?”


異世界にICUを作った技士・神谷直哉は、ついに制度の中枢と向き合うことになります。

今回描かれるのは、医療の“優先順位”と“命の選別”――最も苦しく、避けては通れない選択。


医療が社会に受け入れられていく中で、制度による歪みと圧力が直哉たちにのしかかります。

それでも彼は、命を選ばないために、声を上げる。


苦悩と覚悟の3話。ぜひ最後までご覧ください。


第14話 最も重い選択

 「急患! 搬送します! 受け入れ準備を!」

 怒号と共に扉が開かれた。

 その場にいた見習い技士たちが驚いて動きを止める中、直哉はすぐに走った。

 「症状は?」

 「魔物の群れに襲われた村からの避難者です。負傷者六名、うち二名は意識なし、出血多量!」

 「呼吸と循環の確認! 血圧測れる魔具は?」

 「二台、準備済みです!」

 患者が次々に搬送されてくる。血に染まった服、切断された腕、あらわな骨。

 直哉はひと目で理解した。

 ──設備が足りない。

 この医療室には、人工呼吸魔具が三台。透析装置は一台のみ。

 循環補助魔具の修理品はまだ戻っていない。すなわち、今この瞬間、全員を同時には救えないということだ。

       

 「出血性ショック、対応急げ! 止血、輸液! 呼吸停止……マスク換気開始!」

 「こっちは胸郭陥没、呼吸困難! 意識レベル低下、SpO₂維持できません!」

 若い見習い技士が、青ざめながら叫ぶ。

 「……先生、どうしますか!? どちらに人工呼吸魔具を!?」

 直哉の手が止まった。

 目の前には、二人の命。若い女性と、年配の男性。

 女性は外傷による呼吸不全、即時対応で救命の可能性がある。

 男性は既に意識消失、心拍微弱。処置は困難だが、貴族家に仕える騎士――“身分”がある。

 (この場にいる誰も、俺に指示できない。だから、俺が決めなきゃいけない)

 直哉の中に、かつてのICUの記憶がよみがえった。

       

 ――数年前、日本。

 ICU勤務中、複数の心肺停止患者が同時に搬送されたときのこと。

 そのとき直哉は、年配の末期がん患者にではなく、若い心筋梗塞の患者にECMOを繋いだ。

 その判断は正しかった。若い患者は回復した。

 だが、もう一人は――“助けてもらえなかった”ことを知った家族から、「命の値段を決めたのか」と言われた。

 その言葉は、今も胸の奥で刺さったままだ。

       

 現在。

 直哉は深く息を吸い、魔具の接続部に手をかけた。

 「人工呼吸魔具――若い女性に接続。出血の少ない方から優先して命を繋ぐ。もう一人は……最小限の手当を」

 その言葉に、一瞬周囲がざわついた。

 だが、すぐに見習いたちが動き出す。

 「了解! 魔具展開、接続準備!」

 処置が進む中、リーヴェ神官が静かに現れ、傍らから問いかける。

 「今の判断、もしあなたの技術がもっとあれば、救えたとお考えですか?」

 直哉はすぐに答えた。

 「……違う。“足りないのは俺自身”だ。技術も、経験も、全部。だからこそ、止まらない。次は迷わないように、動けるようにする」

 リーヴェは一瞬だけ、微かに表情を緩めたように見えた。

 「あなたは、命の重さを恐れないのですね」

 「違う。怖くてたまらない。でも、それでも向き合わなきゃいけないんだ。俺が“命に関わる”って決めた以上は」

       

 夜が明け、六人のうち五人が一命を取り留めた。

 一人は……助けられなかった。

 処置室を片づけながら、エルナが小さく言った。

 「直哉さん……あなた、泣いてます」

 「……そう見えるか?」

 「はい。でも、私はそういうあなたを、医療技士として誇りに思います」

 直哉はその言葉に、深く、ただ静かにうなずいた。


第15話 命の序列を拒むために

 王都・政庁議会室。

 格式ばった石造りの円卓の中心で、一枚の布告草案が読み上げられていた。

 「――王国医療制度改正案、第四項目。貴族階級および軍高官に対し、治療優先権を正式に付与する。対象技術は人工呼吸魔具、透析魔具、心肺補助装置、他――」

 その場にいた文官たちの中には、うなずく者もいれば、眉をひそめる者もいた。

 しかし、最も冷たい表情でそれを聞いていたのは――王国宰相ディールだった。

 「……結局、そこに行き着くのか。命すら“序列化”するというのか」

       

 その報せは、すぐに直哉の元にも届いた。

 「“命の優先権”? はっきり言って、それは“死ぬ順番を決める”ってことだろうが」

 医療室の作業台を叩く直哉に、エルナも珍しく怒気をにじませていた。

 「制度に乗せたら、命の選別が“正当化”されてしまう……!」

 「俺たちが苦労して立ち上げた制度が、そんな風に利用されるなんて――許せない!」

 怒りの声は、医療室に集う見習いたちにも広がっていた。

 「先生、俺たちはどうすればいいんですか? このままじゃ、技術が“命を奪う道具”になります!」

 その声に、直哉はゆっくりと立ち上がる。

 「……やるしかない。今度は“制度そのもの”を変える番だ」

 「でも、直哉さん。制度に反対するってことは、王や貴族に楯突くことになるんですよ」

 「覚悟はできてる。“命に上下がある社会”に医療は育たない。だから、俺が動く」

 そう語る目には、一切の迷いがなかった。

       

 数日後。

 王国中央議会にて、直哉は「臨床工学技士会」代表として意見陳述の場に立つ。

 壇上には、宰相ディール。議席には貴族、軍、神殿の上層部。

 そしてその場には、あのセルゲ・リュード侯爵の姿もあった。

 「神谷直哉殿。“命の技術者”として、意見を聞こう。なぜ、治療優先権制度に反対するのか?」

 直哉は一歩、壇上に出た。

 「理由は一つ。命は、序列で測るものじゃないからだ」

 「だが現実には、“誰かを優先しなければならない”局面もある。そのとき、価値のある者を選ぶことは非合理ではない」

 リュード侯爵が冷静に応じる。

 直哉は言い返す。

 「だからこそ、必要なのは“命の価値を決める仕組み”じゃない。“救える命を増やす仕組み”だ。優先権じゃない。設備と人員を拡充する方が先だ」

 「理想論だ」

 「違う。実際に、現場では誰一人“身分”で処置を変えていない。俺の見習いたちも、医療室の誰もが、命を“人”として扱っている。それを制度が壊すなら、俺はその制度に抗う」

 その言葉に、議場がざわめく。

       

 その日、結論は出なかった。

 だが直哉の発言は、議会記録に正式に残された。

 「……やっと、“技士”としての発言権を持てるところまで来た」

 医療室に戻った直哉は、疲れた表情でそう呟く。

 だが、その背中を、エルナがそっと支える。

 「次は、“命を守る制度”を一緒につくりましょう。誰もが、安心して助けを求められるように」

 「ああ。医療は“誰かを助けるためにある”。絶対に、誰かを選ぶためじゃない」


第16話 戦場に立たぬ医療を目指して

 王国南部、国境の前線では、兵の移動と物資の集積が加速していた。

 隣国ゼルファンが突如として国境沿いに軍を展開し、交戦状態に入るのは時間の問題とされていた。

 グラシス砦――そこは最前線にして、王国最大の“死傷者収容地”になる可能性が高い場所だった。

       

 「神谷直哉殿、貴殿に要請がある」

 王国軍医務長、ランザール少将が、厳しい表情で切り出した。

 「軍としては、前線用の“戦場医療支援魔具”の開発と、技士の派遣を求めたい。命をつなぎとめる装置があれば、多くの兵士が帰還できる」

 エルナが顔をこわばらせる。

 「……つまり、“医療技術を戦争に持ち出せ”と?」

 「そうだ。だが誤解しないでいただきたい。目的は“殺す”ことではなく、“守る”ためだ」

 直哉はしばらく沈黙したあと、静かに答えた。

 「……俺は、前線には行かない」

 「理由を聞こう」

 「俺が戦場に行けば、“敵味方”を選ばざるを得なくなる。命に上下はないと言ってきた俺が、命を分ける立場になってしまう。それだけは、どうしても許せない」

 周囲が沈黙する。

 「でも、それは“逃げ”なのでは?」

 そう問いかけたのは、見習い技士の青年だった。

 直哉はまっすぐに応えた。

 「逃げじゃない。俺は“中立”を選ぶんだ。“命を助ける”という一点で、誰の側にも立たない。それが、俺の医療の矜持だ」

       

 その夜、王都の技士会本部にて、緊急会合が開かれた。

 テーマは、《前線医療の提供方針》。

 議題は割れていた。

 「軍に協力してでも命を救うべきだ」という者と、

 「医療を戦争に使わせるな」という者。

 その中で、直哉は立ち上がる。

 「俺たちは、“命を支える職業”として認められた。でも、それは“誰かの命”じゃない。“すべての命”のためにあったはずだ」

 「ならばどうする?」と問われる。

 直哉は答えた。

 「俺たちがつくるのは、“中立の治療拠点”だ。戦場の裏でも、国境の外でもいい。“敵も味方も受け入れる”。そう明言した施設を、王国と、国際的な監視団の承認のもとで立ち上げる」

 会場はどよめいた。

 「そんな中立が通用すると思うのか?」

 「思わない。でも、“通す”んだ。そうしなきゃ、医療が“誰かのための武器”に変わる」

       

 数日後。

 直哉は王国議会にて、“中立治療区”の創設案を提出した。

 場所は国境近くの緩衝地帯、軍と神殿、そして隣国の代表の監視のもとで運営する。

 「ここでは、戦っている兵士も、巻き込まれた民も、誰でも治療を受けられる。そこには名前も身分も関係ない。ただ、“生きたい”という声だけが届く場所になる」

 ディール宰相が、ゆっくりと立ち上がった。

 「王国は……その中立治療区の創設を、条件付きで承認する」

 その瞬間、歴史のページに“戦場医療中立区”が刻まれた。

       

 夜。

 直哉は、一人仮設施設の図面を眺めていた。

 エルナが声をかける。

 「あなたが選んだ道は、きっとたくさんの人を救います。でも、それ以上に、あなた自身が“命を選ばないで済む道”をつくったと思う」

 直哉は、小さく微笑む。

 「選ばない。でも、救う。そのための場所にしたい」


ここまでお読みいただき、ありがとうございました!


第14~16話では、「救える命の優先順位」「技術の悪用」「制度化された命の序列」といった、物語の核心が描かれました。


直哉が医療技術を制度に託す一方で、それが“政治”や“軍事”の道具にされそうになる現実。

そして、自分の判断一つで“誰を救い、誰を後回しにするか”を迫られる苦悩。


彼は「選ばない」ために闘います。

それは、ただの理想ではなく、現場で命と向き合う者だからこそ言える信念です。


次回、第17話以降では、いよいよ国家と真正面から対峙していく展開となります。

命を支える“技士たち”の未来を、ぜひ見守ってください。

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