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第11話~第13話

※今回は第11話~第13話をまとめて投稿しています。


“異世界にICUを作る”という挑戦が、ついに国家制度として動き出します。

命を救う技術は、職業《臨床工学技士》として正式に認定され、仲間を育てるフェーズへ。


しかし――その裏では、命の技術を“武器”として利用しようとする者たちが現れ始めます。


医療は誰のためにあるのか。

命の技術を、どこまで信じられるのか。


希望と陰謀が交錯する中、直哉は新たな覚悟を胸に、技士という火を灯していきます。


第11話 命の重さ、技術の答え

 透析魔具が静かに脈動するような音を発していた。

 血液の循環を模した光のチューブの中で、淡く青白い魔力が螺旋を描く。血液中の毒素を分離し、再び体内に戻す――現代の医療技術を、魔法の形式で再現した命の装置。

 その先には、蒼白な顔で眠る兵士がいた。

 呼吸は浅く、脈拍はかすかに乱れている。だが、確かに“繋がっている”。

 「血圧……まだ低いが、下降は止まった。呼吸もわずかに安定傾向。……効いてる」

 直哉の額には、冷や汗が滲んでいた。

 成功の確信はない。だが、手応えはあった。

 これは“生きるための戦い”だ。自分の手で作った魔具が、命を救えるかを賭けた、静かな闘いだった。

       

 数時間後。

 兵士の容態は目に見えて改善し、意識も回復。顔色が戻り、軽く目を開けた。

 「……ここは……?」

 「医療室だ。お前は毒にやられてたけど、今は大丈夫だ」

 直哉の声に、兵士はゆっくりと頷いた。

 周囲の看護兵たちが安堵の声を漏らし、エルナが小さく歓声を上げた。

 「……やった……!」

 だが、空気を切り裂くように、別の声が響いた。

 「ふざけるな! 何の許可を得て貴族兵に“未承認の魔具”を使った!」

 怒鳴り声の主は、侯爵家付きの家令だった。兵士の安全を確認するや否や、直哉に詰め寄ってくる。

 「結果がどうであれ! 万一の事態が起きていれば、国家への反逆も同然だったぞ!」

 直哉は冷静に言い返す。

 「だったら、治療せずに死なせていれば良かったのか?」

 「貴族の命に勝手な判断をするなど――!」

 そのとき、ベッドから起き上がった当の兵士が、かすれた声で言った。

 「……俺は、助けてくれたこの人を信じる」

 重い沈黙。家令は言葉を失った。

 やがて、後方で控えていたリーヴェ神官が、ゆっくりと歩み寄る。

 「技士殿。今回の処置は、神殿としても“事後承認”という形を取らせていただきます。……今はまだ、“結果”を信じるしかありませんので」

 その表情には相変わらず感情の色がなかったが、声は穏やかだった。

       

 その夜。

 医療室の屋上に出て、直哉は夜風に当たっていた。

 二つの月が空に浮かび、青い光が静かに降り注いでいる。

 後ろからエルナがそっと歩み寄る。

 「無茶でしたよ。誰も責任を取ってくれないかもしれなかった」

 「……知ってた。でも、あそこで俺が逃げたら、きっと後悔した」

 エルナは笑った。

 「結局、あなたってそういう人です」

 しばらく二人は、風の音だけを聞いていた。

 「直哉さん」

 「ん?」

 「……“医療の力”って、誰のものなんでしょうか」

 直哉は少し考えてから、ゆっくりと答えた。

 「きっと、それは“命を諦めたくない人”すべてのものだよ」

 その言葉に、エルナは目を見開いて、そっと頷いた。

 「じゃあ、私はまだ諦めません。この世界にも、あなただけじゃなく“命を支える人”がもっと必要なんです。だから――私も、なります。臨床工学技士に」

 風が、二人の決意を包むように吹き抜けていった。


第12話 この世界に、技士という灯を

 「――お前のやってることを、職業にしようと思う」

 王国宰相ディールの言葉に、直哉は手を止めた。透析魔具の分解点検をしていたその手は、作業台の上でしばらく動きを失う。

 「……“職業”って、どういう意味で?」

 「つまり、誰もがその“知識と技術”を学べるようにするということだ。そして、王国としてその存在を正式に認める。名を――《臨床工学技士(Clerical Engineering Technician)》とする」

 静かな言葉が、空気を震わせた。

       

 その日の午後、直哉は深く考え込んでいた。

 王国が彼の技術を制度として受け入れるということは、表向きは前進に思えた。だが裏を返せば、それは“権力の管理下に置かれる”ということでもある。

 「……教えるってことは、俺の手を離れて、誰かの手に渡るってことでもある」

 それが希望に繋がる可能性もあれば、間違った使い方をされる危険性もある。

 だが――

 「……それでも、俺一人じゃ限界がある」

 透析装置、呼吸器、除細動器。自分のスキルで作れる機器は、限られている。運用も、整備も、全て一人では回らない。

 (俺が倒れたら、どうなる?)

 そこには、はっきりとした“死角”があった。

       

 夜、屋上に出ると、エルナが既にいた。

 彼女は星空を見上げながら、手元のノートに魔具の仕組みを書き写していた。

 「もう覚える気、満々だな」

 「もちろんです。私が“技士第一号”になるつもりなんですから」

 「……王国がそれを認めるってよ」

 エルナはぱっと顔を上げた。

 「本当ですか?」

 「ああ。ただし、条件がある」

 「条件……?」

 「“教育者としての責任を負える者”がいること。つまり、俺が教える覚悟を決めることだ」

 エルナは少し黙ってから、そっと笑った。

 「それ、もう答え出てますよね?」

 「……バレてるか」

 直哉も微笑む。風がやさしく二人の前髪を揺らした。

       

 翌日、王城の一室にて。

 王国技術庁の使者、ディール、そして直哉。

 テーブルに一枚の羊皮紙が置かれる。

 ──《王国技術特認職・臨床工学技士》設立提案書──

 「この制度が通れば、正式に“職名”として技士が存在できるようになります。民間にも希望者が現れるでしょう」

 「もちろん、技術の中身を“どう伝えるか”は、あなたに任せる」

 直哉は息を吸い込む。そして、筆を取った。

 「俺が始めたことだ。俺が伝えていく。誰かが倒れても、誰かが支えられるように。命の技術は、誰かの中に残らなきゃいけない」

 署名欄に、自分の名を書く。

 ──神谷直哉。

 これで、「この世界に臨床工学技士という火が灯った」瞬間だった。

       

 その夜、医療室では一つの講義が始まっていた。

 受講者は、エルナと見習いの村人二人。それに、なんと神殿から派遣された“観察員”も含まれていた。

 直哉は教壇代わりの木箱に立ち、黒板に文字を書き始める。

 《生命維持管理》《呼吸補助》《循環支援》《医療と倫理》

 「今日は“人工呼吸魔具”の構造と運用について。まず、装置の構成要素を三つに分ける――」

 彼の声は、異世界に初めて“技術者として生きる”者を育てようとする決意に満ちていた。

 「……覚悟しとけよ。命を支えるってことは、簡単じゃない。けど――」

 視線の先にいたエルナが、力強く頷いた。

 「――誰かの命を繋げたとき、その意味がわかるはずだ」


第13話 武器にされる医療

 制度は、静かに、しかし確かに施行された。

 王国布告第221号――《臨床工学技士》の公認。

 それは単なる職名の誕生ではない。命を支える技術が、「国家が保護し、発展を認めた」ことを意味していた。

 王都の広場には、布告を読み上げる役人の声が響く。

 「このたび、王国は“医療技術士”を国家公認の専門職と定め、技術の継承と安全な運用に努めることとする!」

 民衆からは歓声と拍手が起き、特に直哉に救われた人々は、涙を流して喜んだ。

 だが――その影で、ひとつの企みが密かに動き出していた。

       

 王都の南にある辺境領、グラシス砦。

 戦の火種を抱える隣国との国境に近いこの地に、一人の男が立っていた。

 男の名はセルゲ・リュード侯爵。

 軍部出身の貴族であり、かつて前線で数多の命のやり取りを経験した戦術家だ。

 「“命を繋ぐ技術”だと? くだらん。命などは消費するものだ。必要なのは、“選ばれた命”を守ること。そして、必要なときに命を“奪える手段”を持つことだ」

 机上に置かれていたのは、直哉が再現した人工呼吸魔具と除細動器の模造品だった。

 「この技術……使える。だが、民に持たせるには危険すぎる。これを、“我々の兵士”専用の治療補助装備に転用する。戦場で死なせぬ兵をつくるのだ」

 彼は新たな軍事技術として、臨床工学技術を私物化しようとしていた。

       

 一方、医療室では、直哉が新しい講義の準備をしていた。

 「今日は《モニタリング魔具》の設計図解をやる。これは患者の呼吸・心拍・血圧をリアルタイムで把握するための重要な装置だ」

 教室にはエルナのほか、新たに参加を申し込んできた見習い技士志望の若者たちも増えていた。

 「“技術を学びたい”っていう人が出てきたのは嬉しいけど……」

 エルナが言う。

 「制度が整ったことで、今度は“利用しようとする人”も増えますよね」

 直哉は手を止める。

 「……ああ。今度は“技術の自由”が狙われる番だ」

       

 その夜。

 医療室に、一人の男が訪ねてきた。

 黒の軍装、鋭い目。セルゲ・リュード侯爵直属の使者だ。

 「神谷殿。侯爵様より、御依頼がございます」

 「……何の依頼だ?」

 「貴殿の開発した技術を、王国軍に提供していただきたい。代価は望むだけ払います。治療対象は、軍の選抜兵士に限定。治療設備は、砦に設けます。協力していただければ、技士制度を全面支援いたします」

 その言葉は一見、魅力的な提案だった。だが――

 「つまり、“命を選ぶ医療”に協力しろってことか」

 「国家の安全保障に貢献していただきたいだけです」

 直哉は、迷いなく答えた。

 「断る。俺の技術は“命を守る”ためにある。奪う道具にはしない」

 使者の顔がわずかに歪む。

 「それが、今後の王国にとって“非国民的思想”と見なされないことを願っております」

 扉が閉じられたあと、直哉は重く息を吐いた。

 「……これが、次の戦いか」

       

 翌日、宰相ディールのもとにも同じ話が届いていた。

 「直哉殿が、軍の要求を拒否したそうだな」

 「彼の選択は、“人を生かす”ことに忠実でした」

 ディールは窓の外を見ながら、低く言う。

 「だが、国というのは“綺麗ごと”だけで成り立たない。いつか、“命の選択”を迫られる日が来る。そのとき、彼はどうするだろうな……」


ここまでお読みいただき、ありがとうございました!


第11話~第13話では、ついに《臨床工学技士》という職業がこの異世界に誕生しました。

これは、主人公だけでなく、未来の誰かが命を守る力を持てるようになる第一歩です。


一方で、技術が制度に組み込まれたことで、今度は“管理される医療”や“軍事利用”の懸念が浮上してきます。

命を救う技術が、命を選ぶ手段になってはいけない――


直哉の闘いは、これから“技術の理念”そのものを守る戦いへと突入していきます。


次回、第14話以降もどうぞよろしくお願いします!

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