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第8話~第10話

※今回は第8話~第10話をまとめて投稿しています。


異世界にICUを作った臨床工学技士が、ついに“命の価値”という社会の根幹に踏み込んでいきます。


王都での糾問会、命を選ぶ苦しみ、新たな医療機器の再現――

救うべき命の重さと、その責任に向き合う主人公の姿を描いています。


ぜひ、命に関わる覚悟と葛藤を一緒に見届けてください。


第8話 命の価値は誰が決める

 数日後。

 医療室の外には、朝から人が並んでいた。老人、妊婦、怪我をした兵士――その誰もが、命の希望をこの場所に求めてやってくる。

 「……ここ、王都でも“癒しの塔”より人が集まるって噂になってるそうです」

 エルナが苦笑しながら記録紙を片手に報告する。直哉は小さくため息をついた。

 「治せるものには限界があるって、何度も言ってるんだけどな」

 「でも、“何もしない”よりはずっといいでしょう?」

 確かに、そうだ。救えた命が確かにあった。回復した人々が笑顔で帰っていく姿は、誰より直哉自身の心を支えていた。

 だが同時に――“医療の力”が広がるにつれ、別の力が動き出していた。

       

 王都・貴族評議会。

 深紅の絨毯が敷かれた重厚な議事堂の中、十数名の貴族たちが円卓に腰掛けていた。中央の椅子に座る男が、机に報告書を叩きつけた。

 「“平民どもが命の選別を始めた”と、どういうことだ」

 それは、直哉が医療室で患者の優先順位をつけているという情報だった。

 「順番に診てるだけだろう、貴族と庶民の区別がないのが問題なのだ」

 「このままでは“命を握る力”が神殿からも我々からも失われる」

 「癒しの奇跡は“神”のものであり、施す価値があるのは“地位ある者”だけ。下民に“等しく命の価値がある”などと吹聴されれば、秩序は崩壊する!」

 その言葉に、多くの貴族が頷いた。

 「……では、始末するか?」

 「否。神官団が先に動く。奴らの“異端認定”を利用しよう。表向きは“信仰の争い”、だが裏では我らが正す」

 重く冷たい沈黙のなかで、粛々と決定が下されていく。

       

 一方その頃。

 直哉は“人工透析”の試験を行っていた。魔具の精製に成功し、ついに「異世界透析装置」の基本構造を再現できたのだ。

 「まだ水処理が不完全だが……条件さえ整えば、これで腎不全にも対応できる」

 エルナが目を見張った。

 「水も浄化して、血を洗って……まるで、“体の中の魔法”みたい」

 「魔法じゃない。ただの技術だ。でも、魔法よりも確実に命を繋げる」

 そのときだった。扉が勢いよく開いた。

 「失礼します! ……急患です!」

 慌てて飛び込んできたのは兵士だった。腕に抱えた少女の顔は蒼白で、荒い呼吸を繰り返している。

 「毒を……。森で魔物に噛まれて……!」

 直哉は即座に確認し、処置を開始する。

 「毒の種類がわからない……でも、呼吸抑制と神経障害が出てる。人工換気と血液循環サポートが必要だ」

 あらかじめ再現していた魔具を接続し、人工呼吸と循環補助を同時に開始する。

 少女の容態は徐々に安定し、意識も戻ってきた。

 「……苦しいの、なくなった……ありがとう、先生……」

 その一言で、室内の空気が変わった。

 見守っていた村人たちが、自然と頭を下げる。

 「やっぱり……この人は神様よりすごい……」

 直哉はかぶりを振る。

 「違う。ただ、“諦めたくなかった”だけだ」

 その場にいた誰もが、それを否定しなかった。

       

 だがその夜。

 神殿前に集まった神官たちは、全員が黒の祭服をまとっていた。

 その中央に立つのは、あの青年神官――リーヴェ。

 「異端の技士、神意を騙り、人の命を弄ぶ者。明朝、糾問を行う」

 神の旗が、掲げられた。


第9話 異端か、救いか ― 糾問会の幕開け ―

 王都の北端、神殿広場。

 白い大理石の演壇が置かれ、その前には市民と衛兵、神官、そして貴族たちの姿が並んでいた。

 重々しい鐘の音が響く中、青年神官・リーヴェが壇上に立つ。

 「本日ここに、技士カミヤ・ナオヤの行いについて、“神の意思”との整合を問う糾問会を開く」

 その声は、魔具によって周囲に増幅されていた。

       

 直哉は、神殿側の用意した小さな台に立たされていた。

 拘束されているわけではないが、視線は四方から突き刺さってくる。

 (これが、“異端審問”……)

 傍らには、エルナと宰相ディールが控えていた。

 エルナは緊張した面持ちで唇を噛みしめ、ディールはただ静かに様子を見守っている。

 リーヴェが口を開いた。

 「ナオヤ殿、貴方はこの世界にない“技術”で命を救い、多くの者から感謝と称賛を集めております。まず、その努力には敬意を表します」

 会場がざわつく。リーヴェの語り口は穏やかだが、何かを仕掛ける気配を感じる。

 「ですが……一方で、あなたが行った“延命”は、神の選定を否定する行為ではないのか? “死”を受け入れるべき者を無理に生かす――それが“救い”だと、あなたは言えるのか?」

 直哉は一呼吸置いて、静かに答える。

 「俺は、“神の選定”なんて知らない。ただ、目の前の命を“まだ救える”と判断したから、手を伸ばした。それだけだ」

 「人の命を、技士一人の判断で左右するなど――傲慢では?」

 「じゃあ訊く。“救える命”を目の前にして、それを放っておくのが謙虚なのか? それが正義なのか?」

 リーヴェは口を引き結ぶ。

 直哉は続ける。

 「俺は万能じゃない。全員を救えるわけでもない。けど、“救いたい”という想いと、そのための技術だけはここにある。俺がやってるのは、“命を扱う”んじゃない。“命を支える”ことなんだ」

 場内が静まり返る。

 リーヴェは手を上げた。

 「では、貴方に問う。“命の価値”は誰が決めるのです? 生き延びる者と、逝くべき者。それを誰が、どのように選ぶのですか?」

 直哉は目を閉じてから、はっきりと答えた。

 「誰も、“命の価値”なんて決めちゃいけない。俺はただ、“助けを求めている声”に応えてるだけだ。命に上下も優劣もない。あとは、俺にできるかどうか。それだけだ」

       

 重い沈黙が落ちた。

 そのとき、小さな声が響いた。

 「私は、助けてもらった者です」

 壇下から、エルナが進み出て頭を下げた。

 「私は、技士様に命を繋いでもらった一人です。もしあのとき、神の意志に委ねていたら、私はここにいませんでした。今、こうして誰かを支えたいと思うこともできなかった」

 続いて、一人、また一人と名乗り出る。

 救われた患者。助けられた家族。医療室で見守っていた人々が、口々に語る。

 「娘が笑ってくれたのは、あの人のおかげです!」

 「助けを“選ばれた者”にしか与えないなんて、そんなの間違ってる!」

 群衆がざわつき、空気が変わる。

       

 壇上で、リーヴェは黙ってそれを見ていた。

 やがて、重々しく口を開く。

 「民の声、確かに聞き届けました。本日の糾問会では、“正式な異端”とはせず、今後の観察を条件に“監督下での活動”を認めることと致します」

 直哉の胸に、重い疲労がのしかかる。

 (勝ったわけじゃない……でも、負けなかった)

       

 その夜。

 医療室に戻った直哉は、再び透析魔具の修正に取りかかっていた。

 ――命を守るための準備は、誰に何を言われてもやめるつもりはない。

 エルナがそっと声をかける。

 「……今日、あなたはあの場で、たった一人で立っていました。でも、あなたの後ろにはたくさんの命がいたんですね」

 直哉は手を止めずに、ふっと笑った。

 「支えられてるのは、俺の方かもな」


第10話 命に値段をつける者たち

 「……ついに“医療”が、政治の駒になったか」

 王都にある貴族会議室の奥、豪奢なカーテンの陰で一人の男が呟いた。

 ヴィルナート侯爵。医療室の急成長と糾問会での民衆の熱狂を受け、最も警戒を強めている貴族のひとりだった。

 「民草どもが“生かされて当然”と思い始めれば、この国の階層は崩壊する。命は“選ばれた者の特権”であるべきだ」

 机上には一枚の報告書。

 ──“透析魔具の試作、進行中。次段階:心肺補助魔具”──

 「……ならば、それを“管理”すればよい。あの技士を我々の支配下に置き、治療の順番、命の価値を、こちらで選ぶ」

 冷たい笑みを浮かべ、男は椅子に深く腰かけた。

       

 同じころ、医療室。

 直哉は夜遅くまで、透析魔具の調整作業を続けていた。

 この装置が完成すれば、慢性腎不全や重度中毒にも対応できる。選択肢が増えるということは、それだけ救える命も増えるということだ。

 エルナが、湯気の立つスープを差し出しながら笑う。

 「寝る時間、削りすぎです。少しは人間らしい生活もしないと」

 「寝不足も、命を削るよな……でも、まだ寝られない。これが完成すれば、一人でも多く救える」

 「……ねぇ、直哉。もし、“医療を独占しようとする人たち”が現れたら、あなたはどうする?」

 手が止まる。

 「……どこかで聞いた?」

 エルナは黙って、目を伏せた。

 実は、近隣領主のひとりから“技士殿と専属契約を結びたい”という申し出が届いていた。しかも、その条件は“貴族階級のみ治療対象とすること”だった。

 「私、その使者に“断っておきます”って言ってしまいました……でも、よかったですか?」

 直哉は静かに笑った。

 「ありがとう。……その判断で、合ってるよ」

 立ち上がり、彼は透析装置の上に手を置いた。

 「これは、“誰かの所有物”にしていい技術じゃない。誰の命にも使えるべきものだ。俺は、誰か一人のためだけに使うつもりはない」

 そのとき、ドアが強くノックされた。

 「開けてください! 大変です! 兵士たちが……!」

       

 駆けつけたのは村の診療テント。

 そこでは、王都から派遣された兵士の数人が倒れていた。どうやら“毒物の混入”による中毒らしい。

 「毒の症状、昨日の少女と類似……同じ魔物由来か?」

 だが、今回は重症者が二人。呼吸抑制と腎障害が急速に進行している。

 透析が、必要だ。

 (間に合うか……? 装置はまだ試作段階……!)

 そのとき、リーヴェ神官が現れた。

 「……その魔具、もしも貴族に使って問題が起きたら、技士殿。あなたの“立場”がどうなるかわかっておられるな?」

 その言葉に、直哉は目を細めた。

 「つまり、“使うな”ってことか?」

 「慎重であれ、と申し上げているのです。彼らは“上の者”です。あなたの魔具が原因で亡くなれば、神殿も王も庇いきれません」

 リーヴェの目は、あくまで冷静だった。だが、その裏にある意図は明白だった。

 ──“失敗させて、潰す気だ”。

 直哉は静かに、手を透析装置にかざした。

 「俺は医者じゃない。ただの技士だ。けどな……“動かす責任”からは逃げない」

 装置が光を帯び、稼働を始める。

 「生き延びてくれ。俺は、命を選ばないって決めたんだ」


ここまでお読みいただき、ありがとうございました!


第8話~第10話では、「命の選別」「制度に利用される医療」「命に上下はあるのか」といった、避けては通れないテーマを描きました。


特に第10話では、臨床工学技士である主人公が、自らの技術で“誰の命を救うのか”という選択を突きつけられます。

それは、現代医療の現場でも日々起きている現実です。


それでも直哉は、命を諦めない道を選び続けています。

続く物語でも、より大きな「医療と社会の対立」が描かれていきます。次回も、ぜひよろしくお願いします。


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