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第1話~第4話

※この作品は医療×異世界をテーマにした創作ファンタジーです。


集中治療室(ICU)に勤務する臨床工学技士が、命の技術をそのまま異世界へ持ち込みます。

医療が存在しない世界で「人工呼吸器」や「生体モニター」をスキルで再現しながら、人の命を守っていく物語です。


現代の医療職が異世界でどう生きるか? ぜひ見届けていただけたら嬉しいです。

今回は第1話から第4話までをまとめて投稿しています。

第1話 命を守る、ただそれだけの仕事

 ピーピーピー――。

 人工呼吸器のアラームが、ICUの静寂を打ち破るように鳴り響く。

 「SpO₂、急落。酸素流量、見直し必要!」

 神谷直哉はすぐさま患者のベッドサイドに駆け寄り、モニターを確認しながら声を上げた。彼は臨床工学技士。命を支える医療機器のプロフェッショナルだ。モニターに表示された酸素飽和度は、臨界ラインを割っていた。

 「回路リークか? いや、加温加湿器側は正常……」

 ベテランの勘と経験が、彼の動作を一切の無駄なく導く。呼吸器の回路を確認し、マスクの密着を調整。次の瞬間、SpO₂の数値がじわりと上昇した。

 「戻った……よし」

 そのときだった。突然、病院全体が揺れた。

 ――ゴゴゴゴゴ。

 非常灯が点滅し、天井がきしみを上げる。強烈な揺れに、直哉は咄嗟に患者をかばうように身を伏せた。だが次の瞬間、頭上から崩れた天井のパネルが彼を直撃し――意識は、そこで途切れた。

   

 気がつくと、そこは草原だった。

 青い空、流れる雲。ICUの無機質な空気とは真逆の、あまりにも現実離れした光景。

 「……え? 俺、死んだ? いや、そんな……」

 混乱する頭を押さえながら立ち上がると、すぐそばで少女が倒れているのに気づいた。

 顔色が悪く、呼吸が浅い。胸の動きは不規則で、チアノーゼが出始めている。

 ――呼吸不全。早く、酸素を供給しないと。

 「人工呼吸器……は、あるわけないよな」

 直哉は無意識に手をかざした。

 その瞬間、彼の脳裏にICUで扱っていた機器の構造が鮮明に浮かび上がり、手のひらに青白い光が集まり始めた。

 《スキル:機械再現 起動》

 「――なんだこれ……!? まさか、人工呼吸器が……」

 光の粒子が形を取り、見慣れた機器の姿を象っていく。そこに現れたのは、まぎれもない――“魔具化”した人工呼吸器だった。


第2話 異世界で最初の救命

 目の前に現れた“人工呼吸魔具”を、直哉はしばし呆然と見つめていた。

 「これ……間違いない。機能も形も、現場で使っていたあれと一緒だ」

 だが、考えている暇はない。少女の意識は途切れがちで、今にも呼吸が止まりそうだ。

 「酸素供給ユニット……作動するか?」

 そう言いながら魔具に触れると、青白い光が点灯し、かすかに機械音が鳴った。装置の内部で空気が圧縮され、吸気と呼気のサイクルが整い始める。

 「バグらず動いてくれよ……」

 少女の口元にマスクを当てると、しばらくしてその小さな胸がゆっくりと上下し始めた。

 「……通った。換気、成功。SpO₂は……いや、モニターはないけど」

 彼女の頬に少しずつ血の気が戻り、呼吸が整っていくのがわかった。

 「……助かった。間に合ったか」

 胸の奥からこみ上げる安堵を押し込めながら、直哉は深く息をついた。

 そのとき、遠くから慌てた様子の声が聞こえてきた。

 「エルナ様!? しっかりなされよ!」

 駆け寄ってきたのは、ローブを着た中年の男と、簡素な鎧を着けた青年だった。二人は直哉を警戒するように立ち止まり、少女――“エルナ”と呼ばれた彼女の様子を確認して目を見開いた。

 「こ、これは……! 息が戻っている!? 奇跡か……いや、あなた、何者です?」

 直哉は立ち上がり、言った。

 「俺は……医療職だ。臨床工学技士、神谷直哉。命を守る、それだけが俺の仕事だ」

 男たちは顔を見合わせ、そして深く頭を下げた。

 「どうか、城へお越しください。我々は、この命の奇跡をもっと知りたいのです」


第3話 この世界に“命を守る場所”を

 城門は、思った以上に質素だった。

 異世界と聞いて想像していた重厚な石造りではなく、木と鉄を組み合わせた実用本位の造り。村と城の中間のような構造物の前で、神谷直哉は立ち止まった。

 「こちらが、救護室でございます」

 案内役の衛兵が扉を開けると、中には簡素なベッドが三台、薄暗いランプ、木製の棚に並べられた乾いた薬草の束があるだけだった。医療機器の影すらない。殺菌も、換気も、電気もない。

 直哉は目を伏せて吐き出した。

 「……これが、命を診る場所か」

 衛兵は困ったように笑った。

 「申し訳ありません、先生。我々にはこれが精一杯でして……」

 「いや、責めてるわけじゃない。ただ……厳しいな」

 直哉はベッドに横たわるエルナの脈を取りながら、頭の中で状況を整理していた。呼吸は安定してきた。けれど、あの“魔具化した人工呼吸器”がなければ、助からなかったのは間違いない。

 「この世界には、呼吸器どころか“医療”という発想そのものが根付いていない……」

 医師もいない。看護もない。あるのは祈祷師や薬師の“癒しの術”と経験則。治るか治らないかは神頼み、という印象を受けた。

 「……じゃあ、俺がやるしかないだろ」

 思わず、口に出していた。

 衛兵が振り返る。

 「何を、なさるおつもりです?」

 「俺は臨床工学技士だ。命を機械で支えるのが仕事だ。だったら、この世界にも“命を支える場所”を作る。それが……ICUだ」

 「アイ・シー・ユー……?」

 「“集中治療室”って意味だ。命の危機にある人を救うために、必要なすべてを集める場所。それがないと、何も始まらない」

 そう語る直哉の目は、炎のように燃えていた。

 その夜、彼は救護室の片隅で、一人魔具の再現を試みていた。

 スキル《機械再現》は万能ではない。頭の中で“構造”を正確に思い描き、手順を組み立てなければならない。工学的理解と臨床経験の両方が求められるスキルだった。

 「次に必要なのは……生体モニター。それと加温加湿器。それが揃えば、人工呼吸器の運用も安定する」

 両手をかざし、心で機械の構造と配線を“描く”。その工程はまるで、目に見えない回路図をなぞるようなものだった。

 光の粒子が指先から舞い上がり、少しずつ形を取り始める。だが――

 「……っ、だめか。ここまでが限界か……」

 装置は、途中で崩れ落ちてしまった。

 「リソース不足……? それとも、集中が切れたか?」

 直哉は額の汗を拭い、深く息を吐いた。

 それでも、彼の心に迷いはなかった。

 この世界には、医療がない。だからこそ、必要なのだ。

 もし、あの少女が“たまたま助かった”で済まされていたら? もし、あの命が“神に見放された”と切り捨てられていたら?

 ――違う。命は、守れる。努力と技術で、助けられる。

 そのとき、扉がノックされた。

 「失礼いたします。殿下がお会いになりたいと……」

 振り返ると、ローブ姿の初老の男が静かに立っていた。

 「私はこの国の宰相、ディールと申します。あなたが“命の奇跡”を起こしたと聞き、興味を抱きました」

 直哉は立ち上がり、迷いなく言った。

 「俺は奇跡なんて起こしていません。やったのは、ただの“救命処置”です」

 ディールは微笑んだ。

 「ならば、その“救命処置”とやらを、この国に教えていただけませんか?」

 その瞬間、直哉は確信した。

 この世界に、ICUを作る。

 それが、自分に与えられた使命だ。


第4話 “治せる”という希望

 「これが……お前の言う“治療の場”か?」

 粗末な倉庫の一角。窓もなければ、水も通っていない。床は冷たく湿っており、木の壁からは虫の音が聞こえる。医療機関には程遠いその場所を前に、鍛冶師のガロスが腕を組んだまま、眉をひそめた。

 神谷直哉は、それでも前を向いた。

 「ここが今、俺にできる最善の場所だ。この空間を“命を支える部屋”に変える」

 手には小さな魔具板――異世界で再現した“生体モニター”の試作品が握られていた。もちろん、病院の機器のように正確でも、高機能でもない。それでも、脈拍と呼吸のリズムを光で示す程度はできる。

 「この部屋を清潔に保ち、最低限の換気と消毒を確保して、ここにベッドと装置を並べる。それが“ICUの骨格”になる」

 ガロスは不機嫌そうに鼻を鳴らした。

 「わからん。なぜ“今にも死にそうな人間”に、そこまでしてやる? 普通は諦めるんだ。神官に祈らせ、看取るだけでいい」

 直哉は静かに、そして強く言った。

 「“諦め”は、医学じゃない。“希望”が医療だ。俺たちは――生かすことを選ぶ」

 ガロスはしばらく黙っていたが、やがてゆっくり口を開いた。

 「……言ってる意味はよくわからねぇが、面白ぇ奴だ。材料と工具は貸してやる。だが、この小屋が“命を守る場所”に変わるかどうか、確かめさせてもらうぜ」

 「期待してくれ。後悔はさせない」

 直哉はガロスに深く頭を下げた。技術屋同士、通じるものがあった。

       

 翌日から、臨時の医療拠点づくりが始まった。

 床には木製のパネルを敷き詰め、湿気を防ぐ。火精石を使った簡易加温魔具で室温を調整し、換気用に鍛冶師が開けた通風孔に風魔石を設置。薬師から薬草を仕入れ、調剤棚を設ける。

 そして、壁際に再現した人工呼吸魔具と、生体モニターを設置した。

 ――異世界ICU(仮)、完成。

 もちろん、完璧には程遠い。だが、これで“命を繋ぐ”だけの空間は確保できた。

 直哉はその場に立ち、胸に手を当てる。

 「ここが、命を繋ぐ場所……誰にも知られなくていい。けど、ここで救える命があるなら、それだけで意味がある」

 と、そのとき。

 「そ、そこに……助けてください!」

 駆け込んできたのは村の若者だった。背中には、ぐったりとした少年をおぶっている。顔面蒼白、呼吸が浅く、手足は冷たくなっている。

 「川に落ちて……冷たい水の中でしばらく……! 助けてください、先生!」

 直哉は即座に動いた。

 「ベッドに寝かせろ! すぐに体温を上げる!」

 火精石による加温魔具を少年の足元に設置し、毛布をかぶせる。意識は混濁、脈は遅く、不整。低体温症による循環不全の兆候だ。

 「人工加温だけじゃ間に合わない……!」

 直哉はスキルを再起動した。《機械再現》。目指すは――“簡易型血液加温装置”。ICUで使用したあの装置の構造を思い出す。

 脳内で回路を組む。電源、温水循環、体外回路――だがこの世界に電力はない。

 「代用だ。熱魔具を流体制御魔具で循環させて、温めた液体で血管近傍を温める。やれるか……?」

 手が震えた。失敗すれば、装置は霧散する。成功すれば――命が繋がる。

 光が集まり、装置が姿を現した。

 「できた……!」

 直哉は装置を患者にセットし、体表からの加温を開始した。数分が経過した頃、少年の顔色がゆっくりと戻り始める。

 「心拍……正常化……!」

 呼吸も深くなり、頬に血の気が戻っていく。周囲の村人たちが、言葉も出せずにその様子を見守っていた。

 そして――

 「すごい……あの子の命が……助かった……」

 最初に声を上げたのは、エルナだった。彼女は前日まで人工呼吸魔具で命を繋がれていた少女だ。

 直哉は振り返って、そっと微笑んだ。

 「これが、“医療”だ。誰も諦めなくていい。助かる命は、助けられる」

 その瞬間、異世界にひとつ――“命を救う技術”という希望の灯がともった。


ここまでお読みいただき、ありがとうございました!


ICU勤務の技士という立場を持つ主人公が、異世界で命と向き合うお話です。

まだまだ始まったばかりですが、読んでくださる方がいればいるほど、命を救うこの物語も続けていけます。


お気に召しましたら、感想・評価・ブックマークなどいただけると励みになります!


次回は第5話以降――“医療を拒む者たち”との衝突が描かれます。ぜひご期待ください!

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