03_行動派な聖女様
「では異世界の少女、リオ・シシドウの処遇及び無認可自称聖教団体、【黄道十二】に関しての会議を始めます。進行は保護をしました私、第三騎士団副団長が勤めさせていただきます。まず少女についての説明を――」
召喚された少女、リオに関しての処遇と、召喚した団体に関しての話し合いが始まった。
発起人はあくまでペルセウスであるが、主な進行は別の者がしている。進行の彼の立場上、今回の問題を決定できる権限を有する聖女と第一王子、その他魔法研究所大臣などの招集が難しかったのであろうからペルセウスが代わりに名前を使ったのだろうとアンドロメダは思いつつ、話を大人しく聞いていた。
「――以上の事により、召喚を行った魔法の解明には至っていませんが、少女を保護するにあたり彼女の預かりをどうするかですが――」
話を聞きつつ、アンドロメダはどう出るべきかと周囲の反応を見渡し、会議における出方と立場を予想する。
進行役の第三副団長のように親身になって彼女の味方にあろうと考えているか。
魔法研究所大臣のように未知な魔法に興味を持ち、未知の魔法で召喚された少女どうにか預かりを自分達のものにできないかと様子を伺っているか。
少女などどうでもよさそうにただ起きた面倒なトラブルを嫌そうに考えている法務副大臣補佐はどう出るか。
考えている事を読み取れず観察していると、見ている事に気付き笑顔を見せてくる腹立たしい第一王子は何をするのか。
多くの相手の様子を見て、アンドロメダは思考する。
(如何にして彼女を聖女にして、穏便に聖女をやめられるか……! そのためにまずは言葉巧みに騙し――慈愛の心で彼女の身柄を押さえねば!)
アンドロメダはお金のために聖女を騙っているとはいえ、善性は有している。もし元の世界に戻せるのなら元に戻したいとは思っている。
ただ思っているだけで、可能な限り彼女を聖女にしてやろうという思いは限りなく強かった。折角のチャンスを不意にするほど、アンドロメダの善性は強くなく、我欲を優先していた。
(ただ問題は、彼女の面倒を見るとなると、【黄道十二】の方も私の預かりになりそうなのがね……)
アンドロメダは自身がどう思われているか、お優しい聖女の振る舞いはどうすれば良いかをある程度把握している。お優しき心で寛大な心を持つと、【黄道十二】に関しても自分が対応しなくてはいけなくなる可能性が高い。そう感じていた。
「今回の件は如何に伯爵家の力を持つ者がトップにいるとはいえ、【黄道十二】の有り方に疑問を――」
「発言は気をつけたまえ。問題があれど罰則を与えるとなると支援をしている貴族が――」
「そのような者達はもうほとんどおりません。これを機に徹底的に――」
「そもそも少女は本当に別世界の存在なのか疑問が――」
アンドロメダの考えを余所に、会議は進行していく。
本来であれば拉致、無認可の大規模魔法など投獄されるべき行動に対して、政治的権力ゆえに下手に扱えないという、アンドロメダがうんざりとする会話が繰り広げられる。
聖女としてあまり踏み入る事はできない内容だ。教会でトップクラスの地位を持ち、政治的介入も出来る立場にあるアンドロメダだが、立場を利用し積極的に政治に関与を続け、善性に任せた綺麗事ばかりしては疎まれる事も理解している。しかし何もせずにいれば善性を疑われて聖女が疑問視される。だからうんざりとし、面倒なのである。
(もっとこう、殴り合って強いほうが女神様が選んだ方なんだ! 的な解決方法であれば良いのに……いや、それはそれで問題かぁ)
と、もっと単純な世界の方が良いのに、けれどそれだと別の意味で心配になるな、などと思いつつ、何処で自分が会話に参入すべきかを見計らっていると、黙っていたペルセウスがふと言葉を発した。
「では、召喚された少女が聖女としての才覚を有するのか。それを聖女の立場にあるアンドロメダにまず見てもらうというのはどうでしょう?」
それはまるでこうなる事が分かっていたかのように、用意された言葉を用意したタイミングで言ったかのような、全員の視線を集めるものであった。
「……はい?」
視線を集める中、自分にとって都合の良い提案をされたアンドロメダは、何処か間の抜けた言葉を発するのであった。
(絶対何かある……!)
結局会議は、アンドロメダが慈愛を見せなくとも、情に訴える必要もなくある意味では最良の結果となった。【黄道十二】の預かりは法務部。召喚された少女、リオは聖女アンドロメダが一時的に預かる事になった。
これを受けて最高だと諸手を挙げて喜ぶ事などアンドロメダはできない。何故ならこの結果を導いたのは“あの”ペルセウスだ。実害を被る事はあまりないが何かと絡んできては困らせて楽しそうにしている第一王子。そんな男の思い通りになっている以上は、警戒心を無くす事もできない。
「アン様、警戒しすぎじゃないッスか? 昨日も少女と話したのと、アン様が聖女様という立場を踏まえた良い案じゃないッスか。他に少女と話せるのといえばあの進行役の親身になってた騎士団副団長くらいで、彼と違って同性だからアン様が良いって皆も賛同したじゃないッスか」
正確には現在彼女を保護している騎士団女性寮で、彼女の食事を運んだり中の様子を確認している女性騎士団第二団長も話し合いはできるほどになっている。だが昨日今日では情報が更新されず、会議の場ではアンドロメダと進行役権彼女を保護した第二騎士団副団長のみが話せる間柄とされていた。
そしてそれを二人だけだという体で進めたのがペルセウスだ。それがアンドロメダにはあえてそうしているように見えたのである。
「如何に理解できる条件でも、ペルセウス様が仕向けたというだけで疑うしかないの。違う?」
「まぁ、その……アタシの立場上返答は差し控えるッス……」
紅の少女の言葉と反応はほとんど同意と言っているようなものだった。ペルセウスのアンドロメダに対する今までの対応は、それほどだったという過去の経験からくるものである。
(何を企んでいるかは分からないけど、私にとっては好都合。そう思って前向きに行くべきね私!)
何を企んでいるかは分からない。しかし心配だけを積み重ねて今いる場所の足場を崩してしまっては意味がないと、一先ず前向きに行動することにしたアンドロメダ。そう思いながら、昨日と同じように見張りなどを相手に愛想を振舞って悩殺し、自分は絶好調でペルセウスの策略など些事であると言い聞かせながら再び昨日の部屋の前へと訪れた。
時刻は会議でのこの後の処理などを行っていた影響で、夕方に近い時刻である。
「リオさん、アンドロメダです。入りますが宜しいでしょうか?」
昨日の挨拶でそれなりに仲良くもなり、面倒を見ている女性騎士団の第二団長とは話すようになっては来ているが、改めて知り合いが全くおらず知らない文化圏という事に情緒がやや不安定だとも聞いているので、できる限り優しい声で中に呼びかける。
「ア、アンドロメダさん!? しょ、少々お待ちを!」
すると返ってきた言葉は何処か緊張したような、驚きを含む言葉であった。少なくとも情緒不安定に敵対心を抱いている様子は無い。
「ど、どうぞ中へ!」
「はい、失礼しますね」
少し中でドタバタと音がした後、中に入るよう促された。
思ったより元気そうだと不思議に思いつつも、アンドロメダは中に入り、昨日よりは元気そうである召喚少女、リオを見て笑顔を向けた。
「な、なんの御用でしょうかアンドロメダさん!」
緊張はしているようだが、警戒心や嫌悪を持つ緊張ではない。
リオの反応に不思議に思いつつも、悪い意味ではなく、別の世界に来て味方がいない中で親身になってくれている相手であるが故の態度の類だと判断したアンドロメダは、後ろに控えているのが昨日の従者とは別の従者で名前などを紹介すると、先ほど会議で決まった事をかいつまんで話した。政治的なことや、魔法研究所が興味を持っている事などの説明は省いた。
「――という訳で、貴女をしばらくの間私の預かりになりました。不安でしょうが、元の世界に戻れるまで、よろしくお願いしますね」
「はい、よろしくお願いします……!」
先ほどまで何処か喜んでいたリオは、ここが改めて自分の知っている場所とは違い、そう簡単に帰られるわけではないと分かると、不安になるが落ち込んでばかりもいられないと前向きな返事をした。
(精神的に参っている、か)
リオの様子を空元気だと判断したアンドロメダは、次の行動を選択した。
アンドロメダとて善性はある。お金のために、将来のためにリオを利用しようと我欲を優先させても、目の前で少女が弱っているというのなら無理強いはできないと判断――
(つけこめるチャンス!)
――する事はなく、あくまで自分のためにリオを労わる事にした。むしろ話すだけでなく心を開く相手が今の所は自分くらいしかいないと判断したほどである。こういった弱みに付け込んできてチャンスを見逃さなかったからこそ、アンドロメダは今の立場にいるのである。
「ではリオさん」
「はい」
「まずは街へ不法に乗り込みますか」
「はい! ……はい?」
アンドロメダの発言にリオはきょとんとし、紅の従者は言っている意味を理解して、後からあるであろう白の従者に何故止めなかったのかという問い詰めに対する言い訳を考えていた。
「わ、わぁー……本当に魔法があるんだ……!」
行動を決めて説明に数分。
理解を全てできないままのリオを紅の従者に任せて、女性騎士団の第二団長を説得と魅了に数分。
戻ってきて変装と認識阻害の魔法に一時間近くかけた後、アンドロメダとリオは街――王都:アラトスへと出ていた。紅の従者も私服に着替えて傍にいて、周囲の警戒を行っている。
リオは戸惑いつつも味方といえるアンドロメダに流され、よく分からないまま王都の人通りが多い場所へと足を踏み入れ、そして魔法が当たり前に広がる世界に目を輝かせた。
夜道を照らす街灯。しかし中にあるのはリオがいた世界ではありふれた電球のような物ではなく、電球の代わりに重力に逆らって浮いているかのような宝石のような石があり、宝石が周囲を照らしている。
同じように重力に逆らい浮き飛んでいる可愛らしい人形がある。建物の入り口より高い位置で、一定の可愛らしい動作をするとポーズをとる。そしてしばらく経つと同じ動作を繰り返す。いわゆる街頭掲示板のPVのようなものだとリオは考え、ポーズをとるたびこの人形が欲しくなるという、目論見どおりの感情を抱いていた。
「おや、魔法は私も見せたはずですが、信じていなかったのですか?」
「あ、いえ、そういうことでなく! 個人が使うんじゃなくって、街で当たり前のように使われているのが凄いって思って!」
意地悪くアンドロメダが笑い、リオは否定のようで、ある意味では確信を得ていなかった事を吐露するように慌てていた。
「ふふ、構いませんよはしゃいでも。むしろその方が連れてきた甲斐があるというものです」
「そ、そうだけど……あ、で、でも、はしゃぎすぎたら私この世界の人じゃないって、バレちゃうんじゃ……?」
リオはそこまで言って、声を小さくし周囲を見る。
周囲にいる人々はリオのいた世界では見た事のない尖った耳や蛇の尻尾を有していたり、目の数が一つだけだったり三つあったりといった特徴を持つ種族だけでなく、髪の色も目の色、肌も緑であったりとカラフルな特徴を持つ者達ばかりだ。
自分が居た世界でも自分は目立たない方だと思っていたリオも、この場所で騒げば目立って別世界の人間だと思われるのではないかと、アンドロメダと会話して不安視した。別世界の人間だと思われた所で何があるかなどは分からないが、アンドロメダがリオに最初に会う時に不安視したように、自分の常識が通じるとは限らないのだ。慎重になるのも無理はないだろう。
「問題ありませんよ。リオさんの反応は地方から初めて首都に来たヒト……言うなれば私もそうだったのですから、よくある光景と思われますよ」
よくあるが、田舎から来た存在だと微笑ましく思われるか馬鹿にされはする。そんな周囲からの感想はあえて濁しつつ、アンドロメダは安心するように言った。
「ええと、アンドロ――アンちゃんも昔は私みたいになってたんですか?」
リオはその言葉を気を使って言われている事を察しつつ、少し落ち着こうとしてふと疑問に思ったことを聞いてみた。聖女が街中に出ると騒ぎになるので、偽名という名の渾名の方で呼んで欲しいと言われたのを思い出しつつ。
「ええ、私はこの国の地方出身ですからね。このように最新鋭の魔法が街中に溢れている事はありませんでした。初めて見た時は驚き、開いた口が塞がらなかったものです。それと同時にこの王都の華やかさに相応しくなるように精進したいとも思いましたけどね」
「へぇー、そうなんですね」
アンドロメダの言っている事はフォローではあるが嘘ではない。事実自身が住んでいた孤児院があった土地と比べるとその華やかさの格差に驚いていた。ただ、当時のアンドロメダの思考は「この繁栄された王都なら、聖女に立てば存分にお金を使える!」という意気込みが大半だったので、リオの感想とは大きく違うが。
「さて、何か興味があるものがあれば見に行きますが、何かありますか?」
「え!? でも何があるのかとか、分からないし――ですし、急に言われても……!」
「では私がオススメの店を歩きますから、興味がある物があれば言ってくださいね? お金の事なら大丈夫ですよ。奢りますから」
経費である。
「そんな、恐れ多いです――」
と、リオが遠慮しようとした所で、リオのお腹が大きくなった。遠くまでには聞こえないが、人混みの中でも周囲には聞こえるほどの音である。この音もあまり食べなかった影響、言うなれば他文化どころか他世界であるが故に警戒して少量のパンと水しかこの二日間で食べなかった原因だろう。
その音を聞いてアンドロメダは一瞬きょとんとし、紅の従者は聞こえなかったふりをし、リオは顔を大いに赤くした。
「まずはオススメの食事のお店でも行きますか?」
「え、あ、はい、お願いします……!」
リオは恥ずかしさから、この場をとにかく去りたいという気持ちが先行した。去った所で何か変わる訳ではないが、ジッとしているのは空腹以上に耐えられなかった。
「大丈夫、私がお忍びで行く、メニューの多い食堂へ行きましょう。食べられなかったら私が食べますし、遠慮なく食べて良いですからね!」
「あ、は、はい……?」
アンドロメダは何処か楽し気に、時間帯と込み具合からどう行けば早く辿り着くかと、手持ちの財布にいくら程度入っているのかを確認し、これから行く食堂へとウキウキ気分で歩いて行く。
そんなアンドロメダを後ろからついて行き、隣を歩く紅の従者にリオは小さな声で問いかけた。
「ええと、アンドロメダさんって聖女様、という偉い立場の人なんですよね?」
「はい。変装と認識阻害の魔法が無ければ、おいそれと街中を歩けない程度には偉くて凄い御方ッス」
「でも私を街中に連れて来たり、オススメのお店……しかも大衆料理店に案内しそうで、口振りから何度か来ている感じがあるんですけど……私の勘違いですか?」
「忙しい御方ッスけど、休みとかにはこっそり変装しては街中に一人で繰り出したり、仕事の名目で外に出られるのなら出る選択肢を選ぶ事が多くて、アタシがそのための変装とかの手際が良くなる程度には、割と行動派な御方ッスからねぇ。あと聖女になる前の教育機関時代も休みには来ていたみたいスし」
「なるほど……?」
「ちなみに認識阻害の魔法は今アン様が羽織っている特殊な道具と専門の魔方陣が必要な高度な魔法ッス。公務扱いなのを理由にやっと使えるようなものなので、使って自由に歩けている今を楽しんでいる節はあるッスね。まぁそこがアン様らしくて良いんスけどね!」
「そ、そうなんだ」
リオは聖女というものがよく分かっていない。
リオの居た世界の物語などで、聖女という役割を大雑把に把握こそしているとはいえ、少なくともリオにとって空想か遠い世界の話であった。そのため何処か聖女というのはピンとは来ないが教会や国民に尊敬される偉い人、もしくは自分とは住む世界が違う女性、というのがリオの最初の考えだった。
しかしこの世界で初めにマトモに話したのが聖女であり、今もこうして気軽に行動している辺りそれほど縁遠い存在ではなく、身近に話せる似た年齢の女性なので、友達にもなれるのではないか。そう思うリオである。
実際は聖女とは数十年に一度しか認定されず、本来であれば貴族でもなければ気軽に話すのも難しい存在だとリオが知るのは、もう少し先の話である。
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