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02_偽物聖女と完璧王子


(さて、早速作戦を開始しよう!)


 行動指針を決めた日の翌朝。仕事の始まりから聖女アンドロメダは無駄に元気だった。

 この数ヶ月は大きな目標も無く、仕事の忙しさといつ偽聖女とバレるのかという不安に体力も精神も常に三割減(デバフ)がかけられているような感じであったが、問題を解決する光明が見えたのだ。精神面では大いなる輝き(バフ)を持ったと言っても良い状況なのである。

 だが決まったのは聖女を譲るという行動指針のみ。具体的な方法はまだ考え付いていないので、作戦を開始と本人は意気込むが、今から元気でも成すべきことが何も無いのである。だから無駄な元気ではある。

 しかしアンドロメダにとっては二年、もしくは聖女候補として認定されてから抱えていた悩みが解決するかもしれないのだ。元気が無駄にあふれ出るのも無理はないだろう。


(でも昨日の召喚された子……名前はリオだっけ。年齢は私の二つ下で16らしいけど、幼少期から設備の整った教育機関で育てられた子みたいだし、落ち着けば聖女として自力で開花する可能性が高そうなのが問題なのよね……)


 ただ問題は件の少女、本物の聖女(仮)は危険物でもあるという事だ。

 適切な方法で扱えば相応の利益を生み出せる。だが扱いを誤れば待っているのは偽聖女として国民達を騙し続けてきたアンドロメダの破滅だ。

 良くて投獄。もしくは育て親の神父とシスターと並んで仲良く肉体労働。

 悪いと処刑。多くの信者に石と雑言を投げつけられてからの処刑用魔法を受けて死。

 最悪で実験。少なくとも癒しと浄化は使えるのだから、権利を剥奪されて魔法学の発展のための尊い犠牲となる可能性もある。


(あとはまぁ、私の見た目は良いからそっちの方面で――い、いや、考え過ぎるな私! 最悪を想定して動くのは良い。けれど谷だけ見て登るべき山を見失うのは悪手!)


 アンドロメダは本物ではない聖女とはいえ、自身の才能を理解し、磨いて今の立場にいる。それは最良を掴み取っていった結果登り詰めた地位だ。

 その経験を忘れることなく、驕りにはせず誇りとし、次に出来た目標である【本物聖女に穏便に今の仕事を任せ、今までの資金とコネを元手に稼ぐ】という目的を果たす。アンドロメダはそう固く決意をした。


「朝から元気ッスねぇアン様」


 内心の妙な方向へいっている前向きなアンドロメダを見て、一人の従者、昨日召喚された少女の報告をした従者とは違う、紅い髪の従者が、何処か気安い面持ちと声色でギザ歯を見せながら話しかけた。

 彼女とアンドロメダは白の従者と同じく聖女教育機関からの仲であり、敬愛の念を抱いて接する白の従者と比べると、比較的友人感覚で接してくれる同じ年齢の女性である。その接し方で白の従者に「敬いが足りない」と色々言われはするが、紅の従者は気にせず受け流している。アンドロメダは貴重な白の従者ほど狂信的ではない同じ年齢の友人であり公共の立場では従者として接するので、彼女の気安い接し方を咎めはしない。


「確かアタシらより二つ下の女性が拉致されたんでしたっけ。それなのに元気とは、もしかしてアン様は可哀相な相手を見るのが楽しくなる加虐趣味で?」

「何でそうなるの。知らない世界に召喚された彼女のために、今日からよりいっそう頑張ろうという意気込みを入れているだけだから」

「結局別世界からの召喚だったんッスか? 遠距離から呼び寄せた別文化のヒトだったとか、てきとうな少女の記憶を処置してそれっぽく振舞っているとかではなく?」

「確定するには早いけど、別世界からの召喚の可能性が高い、という感じね」


 本物の聖女と見做し、目的を決めた後にアンドロメダは深夜まで話を聞いていた。

 言葉は通じても彼女の使う文字が現存している文字に当てはまらず。

 話す文化・文明は妄想にしては鮮明であり創作と断ずるのは難しい。

 こちらが見せる小さな魔法には演技ではない初めて見る反応を示す。

 時間がなく途中断念はしたが、他にも理由はあり、時間をかければかけるほど異なる法則の場所(せかい)から来たのだと思わせる情報が多い。現状ではそう判断する要素が多いのである。


「本物の聖女ー、とかいうのは結局どうだったんッスか?」

「…………」


 そしてアンドロメダが昨夜話をしてより感じたのは、異なる世界から来たのかどうかよりも彼女が本物の聖女の才能を有している事だ。話す内に疑惑が確信に変わっていくほどである。

 途中から部屋に入った白の聖女や、夕食の有無など確認しに来た騎士団員、その他彼女を保護した者達に確認した所アンドロメダと同じ感覚に陥った者は居なかったのは確認済みだ。すぐに露見する可能性は低いだろう。

 だが楽観視は出来ない。才能を発揮すれば見抜く以前に見るだけで全ての者が理解してしまう。今の聖女は偽者で、彼女の輝きこそ本物の聖女である、と。


「アン様、どうかしたッスか?」

「……いえ、彼女は魔法も知らない世界から来た子みたいだからね。もしかしたら自覚――いえ、知らないだけで聖女候補の資格があるかもね。そこは彼女次第だけど」

「魔法がない世界? へぇ、それは随分空想的(ファンタジー)な世界から来たんッスね」

「ええ、だからこそ私とは違う聖女の輝きを持つかもしれない。もしかしたら……私以上の輝きをね」

「なにを言っているッスか。アン様こそが紛れもない聖なる――アン様?」


 だがアンドロメダは既に決心をしている。覚悟もしている。

 輝きを持つ本物の聖女だからこそ。

 自分とは違う輝きを持つからこそ。


(私は彼女を導いた聖女として、夢だったお金を持つ聖女になる! そう、言うなれば真・聖女を生み出した女として、公演とかで稼げる女になる事が出来るって訳よ! あーはっはっはっはっは!)


 当然アンドロメダが今思考した事は案の一つだ。その方面でも進めていき、可能なら実行するというだけの妄想に近い案。

 けれど実現自体は不可能ではないと、アンドロメダはあの輝きと自分への過去(じしん)を見て思うのである。


(なんかよく分からないけど、ここ最近忙しくて疲れていた上に、何か悩んでいた事が解決しそうみたいッスから、放っておくッスかねー)


 紅の従者はアンドロメダの表面上は取り繕っているが、内心では悪役のように笑う姿を見て思う所はあったが放っておく事にした。

 紅の従者にとってアンドロメダは同じ教育機関で聖女候補として知り合い、そして友人関係になり、今はこうして従者として支える主だ。そして白の従者ほど表立ってはいないが、アンドロメダが聖女ということに疑いを持ってはおらず尊敬をしている。

 尊敬している彼女が楽しそうなら良いか。そう判断した紅の従者は、アンドロメダへの疑問を忘れる事にした。


「あ、それで拉致――じゃない、召喚された子に関して話があるので、今日王城で開かれる会議に出席して欲しいとの事ッス」

「急ね。いつ頃?」

「十時だそうッスよ」

「了解。でも最大司教も国王陛下も確か今は首都から離れていたはずだけど、誰が主催?」


 会議次第は問題ない。アンドロメダ自身もいつかは有るとは考えていた。

 だが教会も国王周辺もこのような事態の結論を出すような権力者は不在、もしくは多忙のため出席が難しい状態だ。ならば王城でするような会議はもう少し先だと考えていた。


「主催発起人はペルセウス王子ッス」

「げ」


 その名前を聞いて、基本は内心を表に出さないアンドロメダは露骨に嫌な顔をした。




 ペルセウス・プトレマイオス第一王子。人々は彼を完璧な王子と称する。

 勉強・運動・魔法。学園に通っていた頃は全てを得意不得意なくこなし、他を犠牲にして優れた成績を出す各分野のスペシャリスト達と渡り合う器用万能。

 容姿に優れ、赤い髪は一本一本が彼を彩るかのように靡き、翠の瞳は宝石のようだと評するのではなく、宝石を彼の瞳の美しさの比喩として挙げた方が良いのではないかと思うほど綺麗。他の外見的特徴も彼を評する言葉を記すと単なる美辞麗句の羅列になってしまうと言われる。

 そしてそれらに自負を持ちながらも尊大な態度はとらず、貴族平民関わらず優しく接する人当たりの良さ。それでいて女遊びをせず、迫害や不正を許さず自ら動いて解決もし、それでいて清濁併せ呑む柔軟さもあり、黒い噂が一切ない。だからこそ完璧な王子と呼ばれる。

 当然本当に完璧ではなく、失敗もするし負ける事もある。

 だがすぐに成功へと向かうし、完全敗北はない。努力研鑽を欠かさず、駄目だった箇所を補い精進し次には問題を解決する。そしてむしろそれらの失敗も愛嬌として思われる。

 そんな国民人気が高く、多くの女性を虜にする今年で二十歳を迎える王子。それがペルセウスである。


「やだなー。帰りたいなー」

「アン様ー、今は周囲にアタシしか居ないとはいえ、もう王城なんだからその態度はやめた方が良いと思うッスよ」

「だってペルセウス様に会いたくないし……」

「それを言えるのはアン様くらいッスよ」


 アンドロメダの外ではまず見せない表情と台詞に、紅の従者は苦笑いをした。

 国内外から絶大な人気を誇るペルセウス。多くの女性は彼と会うだけでも栄誉とし感激で震えるが、アンドロメダは彼が苦手だった。

 美形が苦手というわけでもない。清廉潔白を胡散臭く思っているわけでもない。聖女人気の一極集中をしたいから同じ人気の王子が邪魔、というのは少しあるがそれは主な理由ではない。

 紅の従者がアンドロメダの態度と台詞に少なからず理解を示すように苦笑いをするような、嫌という感情を表には出さずにいられない理由がある。


「その通りだよアンドロメダ。流石の私も会いたくないと言われると悲しいじゃないか」

「ッッ!!?」


 気配なく背後に現れた男に対し、アンドロメダは距離をとって振り返る。

 そして振り返った先に居た予想通りの男の姿にアンドロメダは内心を険しくしつつも、できる限り表に出さずに普段の余所行きの聖女の表情を浮かべる。


「……ごきげんようペルセウス様。失礼な事を発言し申し訳ございませんが、突然背後に現れ驚かせるのはやめて頂けませんか?」


 背後に居たのはペルセウスであった。

 本からそのまま出てきたような優れた容姿に爽やかな笑みを浮かべつつ、傍には彼の従者も一人控えている。

 突然現れたペルセウスは距離をとられたことを気にする様子もなく、多くの女性が魅了される笑顔を浮かべ、ペルセウスは元気よく苦言に対して返答をした。


「嫌だ。それだと今の君みたいに可愛い反応が見られないじゃないか!」

「そんなんだから私も貴方を悲しませる言葉を言いたくなってしまうのですよ?」

「むしろドンドン言ってくれ」

「嫌です」


 ペルセウスの態度に、アンドロメダは普段であれば見せない溜息をつく。それを見て聖女としての高潔さの無さ幻滅するような者はここにおらず、両の従者はいつもの事であるように見ていた。


「まったく、私に冷たいんじゃないか?」

「……優しくされたいのならこういった行動はお控え――いえ、やめてください」

「私の愛を伝えるとこうなるんだ。駄目かな?」

「愛は自由なので構いませんが、貴方の自由では私に伝わらなくなるだけですよ」

「じゃあ伝わるようにさらに今の方向性を強めれば良いのか!」

「違います!」


 アンドロメダが彼が苦手な理由がこれだ。

 貴族平民関わらず優しく接する人当たりの良い第一王子。けれどアンドロメダに対してはこうして人当たりの良さなど感じさせない態度をとるのである。先ほどのように気配なく背後をとるなどよくある事だった。

 人当たりの良さなど感じさせない態度を理由はペルセウス曰く「アンドロメダが好きだから、アピールをしている」との事である。

 アンドロメダはそれを「本気でもないのに私の反応を楽しんでいる」と判断している。本気であれば、このような子供が悪戯をするような事はせず、こちらの否定の言葉も楽しむ事はないだろう、というのが理由だ。


「聖女と王子が結婚するのは慣例だ。将来の妻のために愛をより伝えたいのだけどね」

「聖女と王子が婚姻を結ぶ事は多くありますが、絶対では有りませんから」


 もう一つの本気と思えない理由が、“聖女と王子、もしくは国王は結婚する”という慣例――風習だ。

 絶対ではないが、かつて現れた聖女のほとんどは王子、もしくは国王と結婚している。重要な血を残すためや、聖女の地位を磐石にするため、教会との良好な関係を示すためなど多くの理由がある。もちろん中には恋愛結婚であったり、王子とは結婚せず独身を貫いた聖女も居る。

 だが過去の資料、近い年齢、そして現在の第一王子と聖女の人気も相まって、二人は結婚するという見方が多いのも事実である。

 完璧な王子であるが故に、慣例や世間の見方を元に求められるがまま結婚や愛を迫るが、本気でないのでこのような態度をとる、というのがアンドロメダの見解である。だから本気とは思っていなかった。


「ところで何の御用です。まさか用もないのに、反応を楽しみたいからただ突然現れた、という訳ではないでしょう?」


 もしそうだと言ったら悪しき存在として浄化魔法でもかけてやろうか、とアンドロメダは思いつつ問いかけた。


「昨日夜遅くまで件の少女と話していたと聞いたからね。印象とかを聞いておこうかな、とね」

「私から聞かずとも、直接お会いになった方が良いのでは?」

「彼女が居るのは男禁制の女性の花園。しかも脅えている中、私のような男が来たらさらに脅えてしまう。だから話をしてたという君の話を聞きたいんだよ」


 貴方が行っても持ち前の王子スマイルで虜にするし、この状況なら女性の花園とやらに行っても貴方なら問題なかろうに、とアンドロメダは思いつつも、言っている内容自体は変でもないため聖女の才覚などを除き印象などを話した。

 黒い髪、黒い眼、こちらの学園生が着用する制服に似た紺の別世界の制服(ブレザー)。何処か自分達とは違う顔のパーツ、貴族のような気品や軍隊のような毅然とした態度ではないが、何処となく幼少期より教育を受けてきたと感じさせる雰囲気がある。

 魔法を見せた時には、想像上のものが目の前で起きたというように、年齢以上に幼く見える無邪気な表情で興奮していた。

 と、何処か外見に偏る印象などをアンドロメダは説明した。そのように誘導されている感じがしたが、感じたのは話を終えた後であった。


「ありがとうアンドロメダ」

「いえ、この程度なら。しかしわざわざ会議前に聞く内容でしたか?」

「充分にね。それで最後に一つ聞きたいのだけれど」

「なんでしょう」


 ペルセウスはにかやかな笑顔のまま、観察するように言葉を続けた。


「君は件の召喚された少女を――どうしたい?」


 びく、と。アンドロメダは心臓を掴まれたような驚愕を内心で処理した。

 その問いはまるで、彼女に対して何かをしようとしていると確信を得ているかのような、悪意に対する牽制の問いに感じたのである。外見に出なかったのはアンドロメダの日頃の演技のお陰だろう。


「もちろん元の世界に戻せるよう努力をしたいと思います。元を辿れば私が聖女として不甲斐無いが故のものです。私が彼らに聖女として認めさせられれば、このような事にはならなかったのですから、責任を持って最後まで面倒を見ますよ」


 ただの問いかけで、深い意味は無いと思い込むことで内心の驚愕を無くし、聖女らしい表情で問いに答えた。


「君のせいではない。悪いのは無理矢理異世界とやらの聖女らしき少女を召喚した団体だ」

「だからといって、あのようなか弱き少女を放っておくなど、私には出来ませんよ」

「そうか」

「そうです」


 会話はそこで途切れると、数秒妙な間が空く。

 会話の内容を表面上の会話で理解している紅の従者は妙な間に少々困惑しながら疑問を覚え、王子の近くに控えている男性従者は表情を崩すことなくただ後ろに控えていた。


「質問に答えてくれてありがとう。お礼といってはなんだが、今度プレゼントでも贈ろう」

「不要です。ただお礼というのなら、今日の会議で私の意見にお礼の分だけ賛同してください」

「良いだろう。では私はまだやる事があるから、此処でいったん別れよう。ではねアンドロメダ!」

「はい。また」


 この後すぐ会うけれど、一先ずは苦手な相手から離れることができた。アンドロメダは安堵しつつも、去っていくペルセウスの後姿を見る。

 そして誰にも聞こえない声で小さく呟いた。


「偽者だと無理だけど、本物だと遠慮も迷いもいらないんだ。……いいなぁ」


 呟いた言葉の意味は、自身が偽者と自覚しているが故の、認めてはならない無意識の感情であった。




 ペルセウス・プトレマイオス第一王子。人々は彼を完璧な王子と称する。

 勉強・運動・魔法。学園に通っていた頃は全てを得意不得意なくこなし、他を犠牲にして優れた成績を出す各分野のスペシャリスト達と渡り合う器用万能。

 容姿に優れ、赤い髪は一本一本が彼を彩るかのように靡き、翠の瞳は宝石のようだと評するのではなく、宝石を彼の瞳の美しさの比喩として挙げた方が良いのではないかと思うほど綺麗。他の外見的特徴も彼を評する言葉を記すと単なる美辞麗句の羅列になってしまうと言われる。

 そしてそれらに自負を持ちながらも尊大な態度はとらず、貴族平民関わらず優しく接する人当たりの良さ。それでいて女遊びをせず、迫害や不正を許さず自ら動いて解決もし、それでいて清濁併せ呑む柔軟さもあり、黒い噂が一切ない。だからこそ完璧な王子と呼ばれる。

 そんな彼は、国民もアンドロメダ達も知らない、一つ明確な欠点があった。


「アンドロメダ……」


 王城を進んでいき、アンドロメダの視界から外れ、自身と幼馴染の男性従者以外には誰もおらず、ある程度声を上げても誰も聞こえないような場所でペルセウスは立ち止まると、名前を呟いた。

 これから起きるであろう事をいち早く察知した幼馴染の男性従者は、受け流す準備をする。


「今日も、可愛かったな……!!!」


 その声は湧き上がる感情を抑え心の奥底に封じていた感情を、ようやく解放し発露できたような喜びに満ちた言葉であった。


「ペルセウス殿下、お顔が。一国の王子がそのような顔を誰かに見られる可能性がある往生でするものではありません」

「無茶を言うな。見ただろうあの驚きの姿を。取り繕う姿を。あの俺に地を隠せていると思えているあの感じを!」

「ペルセウス殿下、抑えて」

「これで抑えるなどできるものか! ああ、可愛く愛しいアンドロメダ! 君のような女性には会った事がない! 今日会議を開いた甲斐があるというものだ!」

「愛しいのなら何故あのような態度をとるのです。アレでは逆効果かと思われますよ」

「え、ああすると良い反応を貰えて楽しいから」

「おいペルセウス。お前聖女様に迷惑かけんじゃねぇ」


 本来であれば問題が起きそうな呼び方も、男性従者との親しき間柄ゆえに流された。

 ペルセウスの明確な欠点。これがこのアンドロメダに対する執着である。執着、と呼ぶにも微妙なラインの感情ではあるが、このような態度をとるのはアンドロメダだけであるので、間違ってもいない。

 ペルセウスはアンドロメダの本性に気付いている。

 聖女教育機関の時代や孤児院時代を知っている者達は、国民が知っている慈愛に満ちた優しくも厳しい余裕のある聖女の側面とは別に、努力家で振る舞いが最初は粗野だった事などは知っている。

 しかしペルセウスはそこからさらに、彼女がお金のために聖女として振舞っている、という事も把握している。自身が偽聖女だと自覚し、それでもなお聖女として振舞おうとしている事も見抜いており、ペルセウスはそれを隠し通せていると思っている姿を見るのが好きな性癖倒錯者であった。

 ただ唯一、アンドロメダの自身への評価と、ペルセウスのアンドロメダへの評価で違う所がある。


「困らせたいからって、例の異世界の少女を本物の聖女として推し進める事で聖女の立場を困らせよう、とかせんでくださいよ? あの団体は正直アレでしたけど立場だけでなく能力があったから潰せなかった訳ですし、そんなやつらが真の聖女として召喚したって事はそれなりに才覚はあるでしょうしね」

「少女にどのような才覚が眠っているかはまだ知らないが、仮に聖女の力を有してもアンドロメダの立場は揺るがないだろう。なにせ彼女は間違いなく才覚があって、()()人気のある聖女なんだからな」


 違う点は、ペルセウスはアンドロメダを聖女として立場を認めている。

 本人は才覚が足りないと思っているが、それは自己評価の低さ、主に自身の生まれが卑賎だと卑下しているが故の思考であるが、彼女は間違いなく聖女として相応しいと“評価”されたからこそ今の立場に居るとペルセウスは認めている。

 それは例え異世界の少女、リオが浄化魔法などの才覚を有していようともアンドロメダが今は聖女である事に変わりはない、と。

 そして――


「今は、ね。……ところで、異世界の少女の話を聞いた時、外見的特徴ばかり聞いたんですか?」

「他の女性の外見が気になれば嫉妬を誘えるかな、とな」

「最低だな。というかそういうのは、好意的に思われている事が前提ですからね」

「……嫌われているのか、俺?」

「少なくとも苦手には思われているでしょうね」

「……そっかぁ……」

「そんな顔をするくらいなら悪戯やめればいいのに……」


 そして、聖女教育時代、今の彼女の努力を知っているからこそペルセウスはその姿に恋をした。

 性癖倒錯者の初恋で、恋愛情緒が幼き男児並の王子の恋は、まだまだ実る事はない。


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