【9話】不仲の原因
「どうしてエレナさんに合わせようとしないんだ?」
「……それが質問ですか? どうしてあなたがそんなことを気にする必要があるんです?」
「お前のせいで色々と散々な目に遭ったからな。俺なりの仕返しってやつだ」
「なんですかそれは」
「勝負は俺の勝ちだ。ともかく答えてくれよ」
イレイスがため息を吐く。
それから少しして、分からないんです、と小さく呟いた。
「魔力の出力の落とし方が、私には分からないんです」
なるほど。出力を落とすにはコツがいるからな……。でも、そんな理由だったなんてな。
まさかの技術的な問題。
イレイスの性格からして、単純に人に合わせるのが嫌なだけかと思っていたが違ったみたいだ。
「理由は分かった。でも、エレナさんにはそれを言うべきだったな」
異常にもお人好しなあの人のことだ。
あのときイレイスが事情を話していたなら、きっと納得してくれただろう。
「なぁ、イレイス。もっと周りを頼ってみたらどうだ?」
「あなたに言われたくありませんけど」
「……え?」
「学園であなたを何回か見かけたことがありますが、いつも一人ですよね。私と同じで、ひとりも友達がいないのでは? そんな人に『周りを頼れ』と言われても、説得力に欠けます」
「ぐっ……」
こいつ、俺が密かに気にしていることを……!
心にナイフがグサリと突き刺さる。
シエルテ魔法学園で俺が友達と呼べるのは、幼馴染兼クラスメイトのフィアネなくらいなもの。
他に親しい人間は誰もいない。
イレイスの推理はほとんど正解。
それだけに、説得力に欠ける、という彼女の言葉には大きな説得力があった。
「それに、私より弱い人を頼ることはできません。私は『お姉ちゃん』なのですから」
「…………うん?」
よく分からない発言に眉をひそめると、イレイスは俺から視線を外した。
顔を上に向け、天井を眺める。少し遠い目をしていた。
「『イレイスはお姉ちゃんなんだから、妹を守れるような強い子になりなさい』――それが両親の口癖でした。私は幼い頃から、強くあることを望まれてきたんです。……私の希望なんていっさい聞かずに」
「……お前自身は、別に強くなりたくなかったのか?」
「分かりません。……でもたぶん、そうだったんだと思います」
イレイスの口から小さな笑いが漏れる。
ひどく自虐に満ちた笑いだ。
「強い姉としてリリンの見本となるために、私は色々な我慢をしてきました。でもあの子は、まったく我慢をしなかった。奔放でワガママ。両親にいつも迷惑をかけていました。けれどそれでも、愛されていたんです。それが羨ましくて……徐々に憎しみへと変わっていったんです。私とリリンの関係は、それから悪くなっていきました」
イレイスとリリンが不仲になった原因は、『コジャマジョ』の中で語られていなかった。
どうしてこんなにも仲が悪いのか今まで不思議でしょうがなかったが、話を聞いて少しだけ納得できた気がする。
演じることを求められていたイレイスと、ありのままでも愛されていたリリン。
イレイスの苦しみは相当なものだったはずだ。
「でも今さら、リリンのようにはなれません。私は一生、この生き方をしていくしかないんです」
「だから、自分より弱いエレナさんのことは頼れない、か?」
「……はい」
ずっと続けてきた生き方を、急に変えるのは難しいただろう。
エレナさんに相談できなかったのも納得だ。
でもだからって、このままにはしておけないよな。
事情を知ったからには、どうにかして力になってあげたかった。
それになにより、こんなにも悲しい顔をしている美少女を放っておくなんてこと、俺にはできないからな。
「だったらこれからは俺を頼れ」
「…………はい? あなた、私の話聞いていました?」
「聞いてたさ。お前は自分より弱いやつを頼れないんだろ? でも俺はお前より強い。さっきの勝負で分かっただろ」
「……それは」
「俺は魔力出力の下げ方を知っている。お前に教えてやるよ。これから俺のことは先生――いや、お兄様と呼ぶがいい」
「…………そんなこと初めて言われました」
イレイスの水色の瞳から、涙がこぼれていく。
けれど口元には、大きな笑みが浮かんでいた。
「弟なのに生意気です」
この顔、どっかで見たような…………あぁ、そうだ。あのときか。
フィードへの告白が成功して、大喜びしていたリリンの笑顔。
今のイレイスは、それとそっくりな顔をしている。
もしかしたら俺の言葉で、イレイスは救われたのかもしれない。
そう思うと、やっぱり嬉しかった。