【7話】イレイスとの関係
リリンの気持ちを踏みにじったクズ二人に鉄槌を下したあの日から、二週間が過ぎた。
クズ二人は学園を自主退学した。
詳しいことは知らないが、俺に怯えながら学生生活を送るのが嫌だったのかもしれない。
そこまでしなくても、という気持ちはあるが後悔はしていない。
あいつらがしたことは最低だ。それを考えると、申し訳ないと気持ちは微塵も湧いてこなかった。
この二週間で起こった変化といえばこれくらい――いや、もう一つあった。
あれからほとんど毎日というもの、リリンが話しかけてくるようになった。
『おはよ。今日も気持ち悪いわね』とか『朝からあんたの顔見ちゃったんだけど……最悪』とか他にも色々悪口を言われ――ってあれ? これってただ罵倒されてるだけじゃないか? 本当にこれでいいのか?
……ともかく、話しかけられるような関係性にはなった。例えそれが罵倒の言葉だとしてもだ。
その一方で、イレイスとの関係にはまったく変化がなかった。
何度か話しかけてはいるのだが、反応してくれた試しがない。
まるで初めから俺が存在していないかのように、見事にガン無視されてしまっている。
俺の目先の目的は、イレイスとリリン、両方と仲良くなることだ。
リリンとの関係が良くなっただけでは不十分。
イレイスとの仲も、どうにかして縮めていかないといけない。
「その方法が分からないんだけどな」
放課後。
所属している美化委員の仕事を終えた俺は、廊下を歩きながらため息を吐いた。
顔を下に向けながら角を曲がると、
「ねぇ、こめる魔力量をもう少し落としてくれないかな?」
「はい? どうして私がそんなことをしなければならないのですか? それに合わせるというのなら、あなたが私に合わせればいいだけでは?」
二人の女子生徒が口論しているところに出くわしてしまった。
しかもそのうちの一人は悩みの種である義姉――イレイスだ。
「イレイスさんに合わせるなんて無理に決まってるでしょ! あなたさ、ちょっと自分勝手すぎるよ!」
大きな声を上げてから、女子生徒が走り去っていく。
瞳には涙。ポロポロこぼれ落ちる雫が廊下を濡らしていった。
それを見送ってから、イレイスの方へ顔をスライド。
「おい! 追いかけなくていいのかよ!」
語気を荒げてみるも、イレイスは少しばかり俺を見てきただけで動こうとしなかった。
無表情でいるから、どんなことを思っているかがまったく分からない。
そうしてイレイスは、くるりと反転。俺に背中を向けて歩きだす。
女子生徒が走っていったのとは、真逆の方向へとだ。
私、関係ありませんから――スラッとしたその背中がそう語っているようだった。
「…………行くしかないよな」
泣いているところを見てしまったからには、さすがに放っておく訳にはいかない。
女子生徒が走り去っていった方向へ、俺は足を進めていく。
「あ、あの!」
教室棟のエントランス。
外に出ようとしていた女子生徒に、後ろから声をかける。
振り返ってきた女子生徒は驚いた表情で「はい?」と声を上げた。
「俺、四年Cクラスのミケル・レイグラッドっていいます」
「レイグラッド……もしかしてイレイスさんの弟くん?」
「そうです。その、えっとですね……なんというか、さっきの場面をたまたま見てしまいまして……」
「……そっか。見られちゃったか」
ごまかすように笑った女子生徒は、校舎の外へと出た。
俺もその後を追う。
女子生徒は、中庭のベンチの前で足を止めた。
ベンチへ腰を下ろすと、傍らを手でポンと叩く。
「失礼します」
促されるまま座ると、女子生徒が優しく微笑んだ。
夕焼けの茜を反射したオレンジ色の髪が風に揺れる。
「私はエレナ・ヘールズ。あなたのお姉さんと同じ五年Aクラスだよ。よろしくね」
「こちらこそ」
「それでね。さっき話してたのはこれのこと」
エレナさんはスカートのポケットから、手のひらよりも一回り小さい水晶を取り出した。
そいつの名は魔晶石。
二人以上が同時に魔力を込めることで、虹色の光を放つ水晶だ。
込める二人の魔力の量が近ければ近いほど、より強くより美しい光になる。
「私たちのクラスでは今、二人一組になって魔晶石に魔力をこめる、っていう授業をやってるの。私はイレイスさんと組んでるんだけど、ぜんぜんうまくいかなくてね。それで相談したんだけど……」
「……ああなってしまったと」
「うん。それにしても私、ひどいこと言っちゃったな……」
エレナさんの表情に陰りが生まれる。
いや、傍から見る限りではイレイスに問題がある気がしたけどな……。
イレイスの魔力量は、学園全体でもトップクラスと言われていた。
そんな相手に合わせるというのは、どうやっても無理な話だった。
ここはエレナさんの言っていた通り、イレイスの方が合わせるべきだろう。
「イレイスさんっていつも一人で本を読んでいてね、誰とも関わろうとしないの。だからきっと、誰かと協力するようなことに慣れていないんだと思う。なのに私、ついカッとなっちゃって……」
エレナさんが再び涙を流し始めてしまった。
ごめんなさい、と何度も繰り返し呟いている。
…………なんだこれ。
とてつもない罪悪感に襲われる。
俺は何もしてないし何も悪くないのだが、目の前でそういう姿を見せられたら心が揺さぶられずにはいられない。
すみません、すみません。本当にすみません! この度はコミュ障の姉がご迷惑をおかけ――ってそうだよ! 悪いのはあいつじゃないか!
セレナさんが泣いているのも俺が耐え難い罪悪感に襲われているのも、全部全部イレイスのせいだ。
それなのにイレイスの野郎は、すまし顔でそそくさと帰りやがった。
あの野郎……!
血も涙もない薄情女に物申したい気持ちが、心の奥底からぐぐぐっと湧き上がってきた。
こうなったら何が何でも、エレナさんに魔力を合わせない理由を問いただしてやらなければ。
そうしないと俺の気が済まない。
「エレナさん。その魔晶石を借りることってできすか?」
「いいけど……どうするの?」
「姉の腐った性根を、ちょっとばかし叩き直してやろうと思いましてね」
待ってろよイレイス!
歪んだ俺の口元から、あくどい笑い声が漏れ出ていく。