【50話】邪神アダムル
アダムルは握りしめていた拳を開く。
粉々に砕けたメガネの破片が、サラサラと宙に舞っていった。
「なぁ、邪神。お願いがあるんだがよ、その体、フィアネに返してくれないか?」
「何かと思えば……くだらんことを言う。却下だ。封印されてからというもの、あの狭苦しい水晶の中でこうして外に出る機会を私は千年も待ったのだ! 貴様の指図など受けん……! それでどうする? 私を止めるか?」
「お前には感謝している。五歳のフィアネを助けることは俺にはできなかったことだからな。だが、お前の存在を許す訳にはいかない。それとこれとは話が別だ」
世界を滅ぼそうしているヤツを見過ごせはしない。
なんとしてもここで止める。
「この私と――邪神アダムルと戦うつもりか。バカな男だ。……いいだろう、準備運動がてら相手をしてやる。【ブラックフレア】」
片手を突き出したアダムルが、巨大な黒色の炎の球を放ってきた。
なんだその魔法は……!
こんな魔法は知らない。初めて見る。
だが、俺がやることはいつもと変わらない。
正面から打ち砕いてやる!
【身体機能極限解放】を発動し、右腕を叩きつけた。
「ぐッ……!」
黒色の炎の球は消滅。
だが、それに触れた俺の右腕もタダでは済まなかった。
ヒリヒリとした痛みが走る。触れた箇所には黒い焼け痕ができていた。
【身体機能極限解放】を発動中にダメージらしいダメージを負ったのは、これが初めてだ。
なんて威力だ。これまで戦ってきた相手の中で、間違いなく最強の相手だ。
「私の魔法を腕一本で止めるとは、なかなか骨のある男だな。どうやら口だけではないらしい。だが、いつまでもつかな?」
口の端を上げたアダムルは【ブラックフレア】を連射してきた。
ダメージを受けると分かった以上、もう無暗に触れる訳にはいかない。
向かってくるいくつもの黒い炎の球をかいくぐりながら、俺はアダムルへと近づいていく。
「悪い、フィアネ。ちっとばかしお前の体を傷つけるぞ!」
気絶させようと、引き締めた右腕をアダムルの腹部へ繰り出した。
固く握った俺の拳が、狙い通りの場所へめり込んだ。
「よし、これで――!?」
しかしアダムルは、まったくダメージを受けている様子はなかった。
この状況と同じものを、俺は前にも体験している。
邪神教の教祖、デレーロ。ヤツに攻撃を仕掛けた時とまったく同じだった。
「無駄だ。物理、魔法――私の体はすべての攻撃を無効にする。言わば、絶対的な防御というやつよ。貴様の攻撃はいっさい通らない」
やっぱり同じだったか。
私の指輪にはアダムルの力の一部がこめられている――デレーロはそんなことを言っていた。
本体であるアダムルが同じような力を持っているとしても、そこにはなんの不思議もない。
いったん気絶させて無力化しようと思ったけど……無理そうだな。こうなったらもうアレを使うしかない。
そんなことを考えていたせいか、俺は気づかなかった。
アダムルの手のひらが、俺に向いていることに。




