【5話】『底辺クン』の本当の実力
「……そいつは身体強化系の魔法か? なかなかやるじゃねぇか」
拍手を鳴らしながらフィードが近づいてきた。
しかしニット帽野郎とは違い、完全には詰めてこない。五メートルほどの距離を開けている。
「だがな、これで終わりだぜ。ミケルとか言ったな。相手が俺だったのがお前の運の尽きだ!」
俺に向けて、フィードが片腕を突き出した。
「【エアブレイド】」
フィードの片腕から放たれたのは風の刃。
とてつもないスピードでそれは向かってきた。
「ハッハハハハ! 真空の刃に切り刻まれちまいな!!」
触れるものすべてを切り裂くような真空の刃。
普通の人間からすれば、とてつもなく恐ろしい魔法だろう。
しかし俺からすれば、恐れる必要なんてこれっぽっちもなかった。
【身体機能極限解放】は、俺の身体能力を極限まで上昇させる。
ここでいう、極限、というのは常人を越えた超人、さらにその超人の域をもはるかに超えた神にも等しい領域を指す。
神にも等しい今の俺からしてみれば、フィードの放った魔法は子どものお遊び同然。
恐れるに足りない。
片腕一本で無造作に払いのける。
たったそれだけで、真空の刃は完全に消滅した。
「………………は?」
目を丸くしているフィードから上がったのは、驚愕の声。
そうして、現状を理解したのだろうか。
みるみるうちに顔が青ざめていく。
「いやいやいや……今のを防御魔法を使わずに対処するとか、そんなのありえないだろ! お、お前何者だよ!!」
「自己紹介ならもう済ませただろ。四年Cクラスの底辺クンだよ」
「嘘つけ! お前みたいなバケモノがCクラスにいていいはずがねぇ!」
「嘘は言ってない。この学園の評価システムに俺はマッチしていないからな」
シエルテ魔法学園で評価されるのは火・水・土・風からなる四属性魔法のみ。
そのどれにも当てはまらないイレギュラーな魔法――【身体機能極限解放】は、評価されなかった。
俺が使える魔法は【身体機能極限解放】の他にも、もう一つだけある。
だがそっちも、どの属性にも当てはまらないイレギュラー。
使える魔法が評価されないイレギュラーのみ――そんな俺に下されたのは、最低ランクの評価だった。
こうしてCクラスのワーストワン、底辺クンが誕生してしまったという訳だ。
「さて、お喋りはもうこの辺でいいだろ。終わりにしよう」
「え、それはどういう……」
「決まってんだろ」
地面を軽く蹴って、フィードとの距離を一気に詰める。
「最初に言ったよな。殴りに来た、って」
握った拳をフィードの腹部に当てる。
もちろん、死なないように軽くだ。
「……ぐッ! ううっ……」
くぐもった声をあげたフィードは、バタンと地面に倒れた。
殴られた腹部を両手で抑えながら、体を丸めてのたうち回っている。
「お前に言いたいことがある」
しゃがんだ俺はフィードの前髪をぶっきらぼうに掴み上げて、無理矢理に対面させる。
今にも泣き出しそうなフィードの瞳に映っているのは、たっぷりの怯えと恐怖だった。
「リリンには二度と関わるな。お前も、そこで伸びている取り巻きも、二人ともだ。もし破ればどうなるか……分かるよな?」
俺は自由になっている、もう片方の腕を振り上げた。
次は本気でぶん殴るぞ、という警告だ。
恐らくそれは、正しく伝わったのだろう。
フィードは必死にぶんぶん頷いた。
涙と鼻水で、整った顔面がぐちゃぐちゃになっている。
「いいだろう。信じてやる」
これならきっと、約束を守ってくれるはずだ。
フィードの髪をパッと放した俺は、その場から去っていった。
校舎裏から出て中庭を歩いていると、小柄な女子生徒が隣にやってきた。
リリンだ。
俺は歩くスピードを、リリンにぴったり合わせた。
横並びになって一緒に歩いていると、
「なによ、勝手に首突っ込んで勝手に大暴れしちゃってさ。しかも、めちゃくちゃ強いし……。あ、そうだ。一つ言っておきたいことがあったわ。最後の『お前は俺の大切な妹だからな』とかいう言葉だけどね、あれクソほどダサかったわよ!」
目元を真っ赤に腫らしたリリンが、ガーガー文句を言ってくる。
元気に悪態をついてくるあたり、フィードのことで落ち込んではいないみたいだ。酷いことを言われているというのに、俺は安心してしまう。
「でも……。ありがとう……って言ってあげなくもない」
俺の動きが、ピタリと一時停止する。
まさかあのリリンから、お礼を言われるとは思わなかった。
「……フッ」
俺は小さく吹き出してしまう。
言ってあげなくもない、ってなんだよ。そんな風に礼を言うやつなんて初めてだ。
不器用なお礼の仕方が面白くて、つい我慢できなかった。
「ちょっと、なに笑ってんのよ?」
「いや、なんでもない」
「相変わらず気持ち悪いやつね」
フン、と鼻を鳴らしたリリンが、そっぽを向いた。
朝食のときと同じ『気持ち悪い』という罵倒。
でも、どうしてだろうか。
あのときのとげとげしさが、今は無くなっているような気がした。
今回の件が、イレイスとリリンを仲良くさせる、という俺の目的にどれほど影響したのか、それはよく分からない。
もしかしたら、まったくといっていいほど影響していないのかもしれない。
でも、それでも良いような気がしている。
リリンがどんなやつか、少しだけ知ることができたから。それだけで十分だった。
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