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【47話】お願い


 ここのところ毎日俺は、放課後になるとリルティ男爵邸へ足を運んでいた。

 

 だが、一度もフィアネには会えていなかった。

 体調が悪く、人に会うのも辛い状態にあるらしい。

 

 たぶん今日も、フィアネには会えないんだろうな……。


 そう思いつつも、今日の放課後も俺はリルティ男爵邸へ足を運ぶ。

 分かってはいても、じっとしてなんていられなかった。

 

 

「ん? なんだ?」

 

 リルティ男爵邸へ着いてすぐ、俺は異変に気付いた。

 使用人たちの様子がおかしい。みな一様に慌てている。

 

「どうかしたのか?」

 

 出迎えてくれたメイドに訳を聞いてみると、彼女は困り顔になった。

 気まずそうに俺を見てくる。

 

「もしかして、フィアネに何かあったのか?」


 嫌な予感がしたので聞いてみる。

 

 首を横に振ってくれ……!


 そう願ってみるも、しかしメイドの答えは小さく頷くというものだった。

 

「フィアネ様が部屋からいなくなってしまわれたのです!」

「――!?」

「使用人総出で探しているのですが、発見にはまだいたっておりません……」

「分かった! 俺は外を探す!」

 

 メイドに背を向け、俺は一目散に駆け出した。

 背中越しに、よろしいのですか、と聞こえた気がしたが今は答える間も惜しかった。

 

 

 俺は、少し離れた場所にある小高い丘へ全速力で向かう。

 そこは十年前、フィアネと初めて会った場所。一番初めに俺の頭に浮かんだのがその場所だった。

 

「やっぱりここにいたか」

 

 丘の上に座っているフィアネに、背中越しに語りかける。

 見つけることができて一安心だ。

 

「……みーくん。やっぱり来てくれたね。ここで待ってたんだよ」

「まったく、何やってんだよ。急にお前がいなくなったもんだから、みんな心配してたぞ。早く家に帰れ。そして寝ろ。こんなことしてたら、治るもんも治らねぇぞ」

「そうだよね、ごめん。……ねぇ、みーくん。この場所で二人でお話するのって、いつ振りかな。なんだか懐かしいね。初めて会ったときのこと覚えてる?」

「……あぁ、覚えてるよ」

 

 この丘は、小さい頃の俺の遊び場だった。

 毎日のようにここへ来ていた。


 その日も丘に向かうと、俺と同年代くらいの女の子がいた。

 女の子はとても寂しそうな表情をしていたものだから、俺は気になって話しかけることにした――それが俺とフィアネの出会いだ。

 

 それからはフィアネとここで遊んだり、話したりするようになった。

 俺にとって初めてできた友達だったから、めちゃくちゃ嬉しかったのを覚えている。

 

「あのときみーくんが声をかけてくれて、とっても嬉しかったなぁ。みーくんとの思い出はどれも素敵だけど、一番はやっぱりそのことかも」

「俺のほうこそ――いや、ともかくそういう思い出話は帰りながらしようぜ。今は早く戻らないと――」

「ねぇ、みーくん。お願いがあるの」


 立ち上がったフィアネが振り向く。

 彼女の薬指には、七年前のフェスティバルでプレゼントした指輪が光っていた。

 

 黄色の瞳は真っ赤に充血し、頬には涙の痕がべったりと残っていた。

 いったいどれほどの涙を流したらここまでになるのだろうか。

 

 しかしそんな顔でフィアネは笑ってみせた。

 

 いったい、なにが彼女をそうさせているのか。

 痛々しいことこの上なくて見ているだけでも辛くなる。

 

「私を殺してほしい」

「…………」


 あまりにも唐突で意味不明なお願いは、俺を唖然とさせるだけ。返す言葉がなんにも出てこない。

 

 しばらくしてやっと口から出したのは、「冗談にしてはつまらいぞ」というもの。

 それしか考えられなかった。


「冗談じゃ言ってるんじゃないよ。私は本気だよ」

 

 苦笑いする俺に、フィアネはいたって真剣な表情を向けてくる。

 どうやら本当に本気で、そんなふざけたことを言っているみたいだ。

 

「私はもうすぐ私じゃなくなっちゃうんだ。そういう契約をしたの」

「…………は? 私じゃなくなる? 契約? なんだよそれは?」


 まったくもって話を理解できていない俺に、フィアネは自身の過去を語り始める。

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