【46話】見舞い
昼休憩、四年Cクラスの教室。
小包を片手に持った俺は、うんうんと大きく頷いていた。
「ソフィアの作るクッキーはうまいな。これなら毎日でも食べたいくらいだ」
「――!? それってまさか、私へのププププロポー……!」
ソフィアは顔を真っ赤にしてよく分からない言葉を言い始めた。
さらには、「どうしよう。嬉しいけど、まだ心の準備が……!」あわあわしながら呟いている。
準備ってなんのことだよ?
ただ褒めただけだけなのにどうしてこうなった。
疑問を浮かべていると、ソフィアの手に握られているもう一つの小包が目に入った。
「もしかしてそれはフィアネの分か?」
「あ、はい! 以前ものすごく喜んでくれたので、フィアネ先輩にも食べて欲しかったんです」
「こんなにうまいクッキーを食えないなんて、あいつもかわいそうだな」
「……もう一週間、ですよね」
ソフィアの表情が心配そうに曇る。
体調不良が原因で、一週間前からフィアネはずっと学園を休んでいた。
この一週間、昼食はずっと二人きりだ。
ソフィアは「フィアネ先輩がいないと寂しい」と言っているし、俺も口にこそ出さないではいるが、同じことを思っている。
「大丈夫なんでしょうか」
「……学園が終わったら見舞いに行ってみるか」
昔からフィアネはたまに体調不良で休むことはあったが、こんなにも長続きするのは初めてのことだ。
たちの悪い風邪でもひいてしまったのだろうか。
何もないとは思うが、ここまで長いと心配になってしまう。
一度顔を見て安心しておきたかった。
「私も行きたいです。久しぶりにフィアネ先輩に会いたいですし」
「分かった。放課後一緒に行くか」
「はい!」
一日が終わった放課後。
俺とソフィアは、フィアネの家――リルティ男爵邸を訪れた。
出迎えてくれたメイドに用件を伝えると、快くフィアネの部屋に通してくれた。
「二人とも、来てくれてありがとうね」
ソファーに座るフィアネは、部屋に入ってきた二人に優しい笑みを向けた。
日頃から見慣れている彼女の笑みだ。
俺とソフィアは、向かいのソファーに横並びになって座る。
「寝てなくていいのかよ?」
「大丈夫! もうすっかり元気になってるよ!」
やけに弾んだ声が部屋に響いた。
元気になっているということを、アピールしたいように思えた。
ソフィアは「良かったぁ」と安堵の声を漏らすが、
「まだ治ってないんだな」
俺は違った。
フィアネの顔色はまだ悪い。
それにさっきのアピールも、どこかもわざとらしかった。
おそらく俺とソフィアを心配させまいと思ってのことだろうが、俺にはバレバレだった。
「……みーくんには分かっちゃうんだね」
「当たり前だろ。もう何年お前と一緒にいると思ってたんだ」
「敵わないなぁ。……でも、良くなっているのは本当だよ。来週中には学園に行けると思う」
「それならいいけどさ……。あんまり無理するなよ」
「今日のみーくんは優しい。変なのー」
「茶化すなよ」
茶化してきたフィアネに、少しむくれてみせる。
本気で心配して損した気分だ。
でも、この分なら大丈夫そうだな。
その裏で、俺は小さく笑みを浮かべていた。
「フィアネ先輩。これよかったら食べてください!」
ソフィアが小包を手渡す。
昼休憩のときに持っていた、フィアネの分のクッキーだ。
「クッキーだよね? ありがとう、とっても嬉しい! 大事に食べさせてもらうね!」
「フィアネ先輩がいないと寂しいです。早く良くなってください」
「うん! 私もソフィアちゃんに会えなくて寂しいもん」
「……長居するのも悪いし、俺たちはそろそろ帰るか」
「そうですね。フィアネ先輩にはいっぱい休んでもらって、早く元気になってもらわないといけませんから!」
「なんだか気を遣わせてごめんね」
バツが悪そうにするフィアネに、俺もソフィアも笑顔で首を横に振った。
「じゃあな」
「失礼しました。お大事になさってください」
「来てくれて本当にありがとうね」
部屋を出て行く二人を、フィアネは笑顔で見送った。
元気に溢れていたその表情は、明日にでも学園に来るんじゃないか、と俺にそう思わせるほど。
だが、それから一か月してもフィアネが学園に来ることはなかった。




