【45話】不気味な直感
アクセサリーショップを出ると、
「誕生日を教えて」
アイギスが唐突にそんなことを聞いてきた。
「再来月だけど……誕生日なんか聞いて急にどうしたんだ?」
「今度は私がプレゼントする。チョーカーのお返し。屋敷でも土地でも、なんでもいい。欲しいものを好きなだけ言うといい。私が全部買ってあげる」
屋敷とか土地は誕生日プレゼントの域を完全に超えてるだろ……。冗談にしか聞こえないけど、多分冗談じゃないよな……。
アイギスは冗談を言うタイプではない。本気で言っているはず。
俺は苦笑いを浮かべながら「考えておくよ」と流した。
さらに話題を変えようと、ハンバーガーを売っている目先の出店に視線を向ける。
「昼飯にしようぜ。あそこでいいか?」
「うん」
時刻は正午。
昼食にはぴったりな時間になっていた。
ハンバーガーを二つ購入した俺は、近くのベンチに座った。
隣に座っているアイギスに、ハンバーガーが入った包みを一つ渡す。
包みから中身を取り出したアイギスは、それをじっと見つめていた。
……もしかして食べ方が分かんないのか?
「こうやって食べるんだ。見てろ」
包みから取り出したハンバーガーにかぶりつく。
コクリと頷いたアイギスは、俺の真似をしてハンバーガーにかぶりついた。
しかし、思いきりがよすぎた。
口の周りがケチャップまみれになってしまう。
俺は笑いそうになるのを必死にこらえながら、
「拭いてやるからちょっと動くなよ」
買ったときに一緒についてきた紙ナプキンを使って、アイギスの口の周りについたケチャップを拭い取っていく。
でも本当、人形みたいに綺麗な顔してるよな。
手を動かしながら、俺はアイギスの顔面を見入っていた。
見れば見るほどに美しい。ケチャップでべちゃべちゃになっても、その輝きは褪せることがなくて――。
「もう汚れてない」
「お、おう!」
いつの間にかアイギスの口の周りはすっかり綺麗になっていた。
顔に見入っていたせいで気付かなかった。
俺は慌てて手を放す。
「ハンバーガーうまかったか?」
「初めて食べてたけど結構おいしかった。今度シェフに作らせる」
やっぱり初めてだったんだな。……アクセサリーショップも初めてだったし、普段どんな生活を送ってんだ?
王女様のプライベートが気になってしまう。
「学園が休みの日は何しているんだ?」
「令嬢教育と社交パーティー。この前の休日は、婚約者と会ってきた。どれも退屈。つまんない」
「……婚約者がいたのかよ。お前よくそれで、俺にキスをしてきたな」
「お父様が勝手に決めてきた相手だから興味ない。それに私より弱いから好きじゃない。いつもみたく婚約破棄する」
「……うん? いつもみたく?」
「これで五十人目」
そういえば、こんな噂があったことを俺は思い出した。
絶世の美貌を持つ第三王女という絶対的な肩書を持つアイギスに、婚約希望者は後を絶たない。
しかしこれまで、一人残らず婚約破棄されている。理由は『自分より弱いから』というもの。
そんな、婚約者を容赦なく切り捨てる氷のように冷酷な行いからも、『ブリザードプリンセス』と言われている。
というかそもそもアイギスより強い男なんて、この世にわずかしかいないよな。
婚約者に求めるハードルが高すぎるんじゃないか? 余計なお世話だけどさ……。
「今日は今までで一番楽しい日だった。ミケルは?」
「俺も楽しかったよ」
突拍子もない発言には驚かされてばかりだったが、彼女との時間を俺は結構楽しんでいた。
なんというか一緒にいて飽きないタイプだ。
始めはどうなるかと思ったが、今はデートをしてよかったと感じている。
「また会いに来てもいい?」
「もちろん。今度は別のところに連れていってやるよ」
「ありがとう。楽しみにしてる」
腰を上げたアイギスに、「気を付けて帰れよ」と別れの挨拶を送る。
しかしアイギスは歩き出そうとしない。
体を横に向けて、俺の瞳をまっすぐに見つめてきた。
「最後にひとつ、言うことがある。これは私の直感。だから、信じるかどうかはミケルが決めていい」
「……お、おう」
「近々、大きな出来事に立ち会うことになる。そこで決断を迫られる。世界を変えてしまうほど重要なこと」
またもやアイギスは突拍子もないことを言ってきた。
しかし真剣な瞳に射抜かれているか、その言葉が真実味を帯びているように思えた。
不穏な予言を無視することはできない俺は、緊張しながら生唾を飲み込む。
「いったい俺は何を決断するんだよ」
「そこまでは分からない。でも、『私の直感はよく当たる』ってアンドレアはいつも言ってる。だから覚えておいて。それじゃあ」
「……また、な」
背を向けたアイギスにぎこちない挨拶しかできない。
彼女の言葉が引っかかって、そっちばかりに気をとられてしまった。




