【39話】不安
ローブの男は見るからに怪しい。
変なヤツに絡まれてしまった。
「聖属性魔法を使えるあなたは特別な存在だ。我が神に捧げるに相応しき、選ばれし者なのですよ」
「……ソフィア。ここを離れよう」
「さぁ、我が神のために血を捧げていただきましょうか。【アビスソード】」
ローブの男は水の剣を生成。
両手に握ったそれで、ソフィアへ斬りかかった。
「させるかよ!」
【身体機能極限解放】を発動した俺は、ソフィアの前に立って右腕を振り上げた。
振り下ろされた水の剣を受け止める。
「ソフィア! ここから逃げろ!」
「で、でも先輩を置いてなんて……!」
ソフィアは及び腰で、ガタガタと体を震わせていた。
いきなりこんなことになって、怖くて怖くてたまらないはずだ。今すぐ逃げだしたいだろう。
それでも、俺のために勇気を振り絞ってくれてるんだな。
勇気ある美少女に向けて、俺は小さく微笑んだ。
「ありがとう。でも、俺なら大丈夫だ。こんな気持ち悪いやつに負けはしないからよ」
「…………先輩。絶対無事に帰ってきてください! 約束ですからね!」
ソフィアが走り去っていく。
瞳には大粒の涙を浮かべていた。
これでソフィアは大丈夫なはず。あとは……!
ローブの男を睨むと、相手もまた俺を睨み返してきた。
「邪魔をしないでいただきたい! 我が神に、あの少女の血を捧げなければならないのです!」
「てめぇの神だと? そんなもん知るかよ! ソフィアは絶対に殺させねぇぞ!」
「あくまで引く気はないと……。ならば、仕方ありません。無駄な血は流したくはなかったのですが、邪魔をするというのならあなたには死んでいただきましょう」
「やってみろ。できるもんならな……!」
右腕に力を入れた俺はそれを振り払い、受け止めていた水の剣を弾く。
【身体機能極限解放】を発動中の俺の腕力は、相当なものになっている。
受けから攻めの姿勢に転じれば、こうすることくらいは容易かった。
「なんという力!?」
俺の右腕が生んだ衝撃に、ローブの男は耐えきれなかった。
弾かれた水の剣が両手から飛んでいく。
「お前には聞きたいことがある」
ローブの男の襟首を強引に掴んだ俺は、近くの壁に強く押し付けた。
「どうしてソフィアを狙った!」
「我が神に血を捧げるためです」
「さっきもそんなこと言ってたが、それはどういう意味だ! お前は何者だ!」
「……あなたに答える必要性を感じませんね」
「そうか……それなら力づくでも聞き出してやる!」
右手を振り上げる。
しかしローブの男は、殴られることを恐れていなかった。
気味の悪い笑みを浮かべている。
「そんなことをしても無駄です」
歯を食いしばったローブの男は、ガクンと体を震わせた。
口元から大量の血が滴り落ちる。
ローブの男は舌を噛んで自殺してしまった。
「クソッ……!」
なんの情報も引き出すことはできなかった。
顔に苛立ちを浮かべた俺は、ローブの男を掴んでいた左手を突き放す。
「そこまでして情報を守ろうとしたってことは、たぶんこいつは個人じゃない。なにか大きな組織に属しているのかもしれないな」
もしそうだとすれば、これで終わりではないはずだ。必ず次がある。
この男はソフィアを狙っていた。
組織にはなにか、ソフィアを狙う必要があるのだろうか?
情報を引き出せなかったことを、俺はまた悔やんだ。




