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【38話】特別な存在


「シオンの野郎、俺に雑用押し付けやがって。次に会ったら文句言ってやる」


 生徒会絡みの雑用を終えた俺は、ぶつくさ文句を垂れながら中庭を歩いていく。

 入りたくもなかった生徒会に時間が奪われたともなれば、悪態の一つでもつきたくなるのは当然だよな。

 

「せ、先輩!」


 後ろから声をかけられる。

 振り向いてみれば、一年Cクラスの金髪美少女、ソフィアがそこにいた。

 

「お前も今帰りか?」

「はい。美化委員の仕事をしていたんです。先輩は何を?」

「俺は生徒会の仕事を押し付けられたんだ」


 他愛のない会話をしながら、ソフィアと横並びになって中庭を歩いていく。

 そうしていくうちに校門へと着いた。

 

「ソフィアの家はどっちの方向にあるんだ?」

「右です」

「そうか。俺は逆方向だからここでお別れだな。それじゃまた明日な」

「あの……私も途中まで先輩について行っていいですか?」

「別にいいけど、何か理由でもあるのか?」

「えっと…………そ、そのですね! 実は昨日お姉ちゃんと喧嘩しちゃって……。あんまり家に帰りたくないんです」


 続けて、「お姉ちゃんごめん。嘘ついちゃった」とソフィアは呟いたが、あまりにも小さい声だったので俺は聞き取れていなかった。


「お前もか」

「せ、先輩もご家族と喧嘩しているんですか?」

「……そんなところだな」


 近頃、イレイスとリリンの俺への風当たりが強くなっている。

 交流会での出来事をシオンから聞いたのがその理由だ。

 

 アイギスとキスしたことについての説明をさんざん求められているのだが、俺は答える術を持っていない。

 なぜなら俺自身も、どうしてそうなったのか分かっていないから。

 

 しかしそれを説明した所で、姉妹は納得してくれなかった。

 激しく理由を問い詰めてくる。

 

 面倒くさいことこの上ない。

 

 という訳で今は、二人がいるレイグラッド邸にあまり帰りたくなかった。

 

「なるべくゆっくり帰るか。家に帰りたくない者どうしだからな」

「はい!」


 満面の笑みを浮かべたソフィアが元気いっぱいに頷いた。

 どうしてそんなに喜んでいるのかは分からないが、屈託のない彼女の笑顔は俺を幸せな気分にさせてくれた。

 

 

 レイグラッド邸への道のりは街道沿いを突っ切るのが最短なのだが、今日は時間をかけて帰りたい。

 少し遠回りのルートである人通りの少ない路地裏を、俺は帰り道に選んだ。

 

「あ、猫さんです。かわいい~」


 歩いていると、一匹の野良猫が俺たちの方へ寄ってきた。

 猫が好きなのだろうか、ソフィアの目がハートマークになった。

 

「あれ? なんか動きが変だな」

 

 野良猫の動きはぎこちなく、ふらついていた。

 よく見てみれば、右足から血を流している。軽い擦り傷で、大きな怪我ではないようだ。

 

「怪我しているな。病院に連れていこう」

「待ってください。これくらいの傷なら、私がなんとかできます……だぶん」


 しゃがんだソフィアは地面に猫を寝かした。

 横倒しになった猫の体に、両手の手のひらをを優しくあてる。

 

「【セイントヒール】」


 ソフィアの体が金色の光に包まれる。

 それは、聖属性魔法特有の光だった。

 

 聖属性魔法の特徴は優れた治癒。

 怪我を負った猫の右足に、ソフィアは治癒をかけているのだろう。

 

「これでよし」


 猫の体からソフィアが両手を離した。

 

 立ち上がった猫はふらつくことなく、すくすくと歩いていく。

 右足に負った怪我はもう平気なようだ。

 

 治癒を無事に成功させたソフィアは立ち上がり、去っていく猫に手を振った。

 

「ばいばい」

「にゃあ」


 猫の鳴き声が上がる。

 もしかしたら今の声は、怪我を治してくれたソフィアへのお礼なのかもしれない。

 

「うまくいってよかったな。それにしても、聖属性魔法か。目の前で見たのはこれが初めてだな」


 使い手が扱える魔法は自らに適性がある一属性のみ。

 そのほとんどは、火・水・土・風の四属性に大別される。

 それらに当てはまらない聖属性魔法を使える者は、希少な存在と言われている。

 

「いいもの見せてもらった。ソフィアはすごいな」

「いいえ。私ができるのは、さっきのような小さな傷を治すことくらいです。高い治癒効果を持つ魔法は使えませんし、なんにもすごくありません」

「そんなことはない。聖属性魔法の使い手ってだけでもすごいことだ。胸を張れよ」

「そうですよ。あなたは特別な存在なのですから」


 突然聞こえてきた背後からの声に、俺もソフィアも振り向く。

 

 そこには、黒いローブを着た見知らぬ男が立っていた。

 気味の悪い狂気じみた笑みを口元に浮かべながら、ソフィアを凝視している。

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