【4話】圧倒
「……あんたなにする気なの? 関係ないやつは引っ込んでてよ……!」
口調はいつも通りの不機嫌。
でも、表情は全然違う。
リリンの真紅の瞳には、大粒の涙が溜まっていた。
でも泣いている所を俺に見せたくないのか、流すまいと必死に我慢している。
好きな相手に裏切られて大泣きしたいはずなのに、それでも決して泣こうとはしない。
こういう状況でも、リリンという女はプライドを守ろうしていた。
まったく大したもんだよ、お前は。
ここまでくるともう、へこたれないタフな精神力に賞賛する他ない。
微笑んだ俺は、掴まれている腕でリリンの頭を優しく撫でた。
「頑張ったな。偉いぞ」
「な、なによそれ!」
リリンは動揺したが、それは一瞬。
すぐに立て直した。
「もう一度言うわ! 無関係のあんたは引っ込んでて!」
「関係か……それならあるぞ。お前は俺の大切な妹だからな」
「――!?」
「そろそろ行ってくる。あとは俺がやっとくからお前は家に帰ってろ」
掴まれている手をそっと外した俺は、物陰から飛び出た。
クズ野郎二人を睨みつけながら、まっすぐ向かっていく。
「てかよ、リリンのやついつまで待たせんだ。遅すぎだろ」
「確か、教室に忘れ物を取りに行くとか言ってましたよね」
「……なんか待つのも面倒になってきたな。帰るか」
「フィードさんってば、さっそく酷いことするなぁ。……うん? 誰かこっちに向かってきますよ」
クズ野郎二人の視線が俺へと向いたところで、俺は足を止める。
「よお、クズども。話は全て聞かせてもらった」
「あ? いきなり現れて何言ってんだてめぇは。てか誰だよ?」
「四年Cクラス所属、ミケル・レイグラッド。お前たちをぶん殴りに来た」
「ミケル・レイグラッド……どこかで聞いたような――あ! 思い出した!」
ぷぷ、あはははは!!
ニット帽野郎が腹を抱えて笑い出す。
「フィードさん! こいつ『底辺クン』ですよ!」
ニット帽野郎が口にした『底辺クン』という言葉。
それはシエルテ魔法学園での、俺につけられたあだ名だった。
シエルテ魔法学園では、一学年につきA、B、Cと三つのクラスに分かれている。
クラス分けの基準となるのは、生徒の魔法力だ。
Aクラス――高度な魔法を扱うことのできる、一握りの天才だけがここに振り分けられる。イレイスやリリン、そしてフィードもこのクラスに所属している。
Bクラス――それなりの能力はあるものの、Aクラスには入れないような生徒がここに振り分けられる。三つのクラスの中で一番人数が多い。
Cクラス――Bクラスの基準にすら満たない者の行き場がここ。世間一般でいうところの、落ちこぼれというやつだ。
シエルテ魔法学園に入学して四年、俺の所属はずっとCクラスだ。
さらに落ちこぼればかりが集まるCクラスの中でも、俺の成績はダントツのワーストワン。
それが俺に付けられたあだ名、『底辺クン』の由来だった。
「ハハッ! こんな雑魚、フィードさんの手を煩わせるまでもない! 俺が殴り殺してやるぜ!!」
拳を振り上げたニット帽野郎が、俺目掛けてまっすぐに突っ込んできた。
自分の勝利を信じて疑わない、そんな顔をしている。
「じゃあな底辺クン!」
「――【身体機能極限解放】」
俺が発動したのは、身体機能を強化する魔法。
ニット帽野郎が突き出した拳をひらりと躱し、一瞬のうちに背後へ回り込む。
「なんだその動き!?」
驚くニット帽野郎のうなじへ、軽くタッチするくらいの力加減で肘を落とす。
微塵も力をこめないよう、細心の注意を払いながら。
こうでもしないと、こいつの首をへし折っちまうからな。
肘が触れた瞬間、爆音とともにニット帽野郎の体が地面に打ち付けられた。
衝撃で、土が勢いよくめくれ上がる。
地面にめり込んだニット帽の手足は死にかけの虫みたいにピクピクと動き、しまいにはだらんと崩れた。
かろうじで息はあるようだが、完全に気を失っていた。