【37話】本気のキス
まるで、俺が何をしたのか分かっているって顔だな。……でもそうだとして、どうして笑うんだ?
今の行動にアイギスを楽しまるせような何かがあったとは思えない。
疑問を覚えつつも、ともかく俺は足を進めるだけだった。
「これにて交流会を閉会いたします」
長ったらしい締めの挨拶のあとに、主催が閉会を宣言した。
「ミケ、帰ろうか」
「…………おう」
アイギスの微笑み……あれは何だったんだ?
結局、問題は未解決。
モヤモヤを抱えながら歩き出そうとしたところに、
「やぁっ!」
アンドレアが話しかけてきた。
今回はアイギスも一緒だ。
「帰る前にちょっといいかな。お嬢がどうしても、ミケルくんと話をしたいらしくてね」
「……俺と、ですか?」
「さっきの動き、すごかった。あなたの力、もう一度見たい」
アイギスの口の端が上がる。
何かを期待しているかのような笑みだ。
やっぱり俺の動きを見切っていたのか。さすがブリザードプリンセス……ただ者じゃないな。しかし、俺に何を期待しているんだ?
「どうしてそんなことを? それに力を見せるって、どうやればいいんです?」
「そんなの簡単。【フロストドラグーン】」
アイギスが呼び出したのは、七枚の分厚い壁を食い破った恐るべき力を持つあの氷の竜。
それが、一直線に俺へ向かってくる。
「いきなりなんなんだ!?」
俺はとっさに【身体機能極限解放】を発動。
おもいっきり拳を殴りつけて、氷の竜を破壊する。
「あのなぁ! いきなり攻撃するなんて、どういうつもりだよ!!」
王女に対しての物言いにしてはあまりにも失礼だが、そんなものは知ったことではない。
攻撃魔法――それもかなり強力ななものをぶっ放されて、穏やかでいられるはずがないからな。
しかしアイギスは謝罪も反省もしなかった。
銀の瞳に眩しい光を宿し、
「やっぱり私の思った通り」
俺の首元に両腕を回した。
つま先立ちで背伸びしたアイギスは顔をグイっと近づけてきて、そして、俺の唇にキスをした。
本気のキスは頬ではなく唇――いつだかリリンにそんなことを言われたことを思い出す。
だからこれはつまり、本気のキスだった。
でも相手は王女様だぞ! 俺みたいな男に惚れる訳が……いや、でも唇にキスされたし……。あああああ! 訳分かんねぇ!!
思考回路がパンクしてしまった俺は、頭が真っ白になる。
「私、強い人が好き。だから、ミケルが好き」
「あはははは! お嬢が男に惚れるなんてこれが初めてだよ! 最高だ! やっぱりミケルくんは面白いね!」
「アンドレア。私、ミケルと結婚したい。どうすればいい?」
「え? 本気で言っているんですか?」
「うん」
「いやー、それは難しいんじゃないですかね。ミケルくん王族じゃないだろうし、反対する人はきっと大勢いますよ。例えば、国王様とか」
「邪魔者……そいつらを全員殺したらミケルと結婚できるの?」
「……お嬢は相変わらず発想がぶっ飛んでますね。そういうところ、私は大好きですけど」
アイギスとアンドレアが何か言っているようだが、まったく頭に入ってこなかった。
頭が真っ白になっているせいで、今はもうそれどころじゃない。
「でもね、お嬢。結婚というのは相手のことをよく知った上で決めるものですよ」
「そうなの?」
「はい。結婚すれば、その相手と長い時間を共にすることになります。そりが合わない相手と一緒に生活するのは苦痛以外の何物でもないですよ」
「……アンドレアがそう言うなら、分かった。じゃあ私、ミケルのこともっと知る」
俺の首に絡めていた腕をアイギスが放した。
「じゃあね。私の愛しい人。必ずまた会いに来る」
「また会おうね、ミケルくん」
去っていく二人の背中を、俺は呆然と見送ることしかできない。
「ブリザードプリンセスに惚れられるなんて、やっるう!」
テンションが上がっているシオンに肩をバシバシ叩かれても、俺はなんの反応を返すこともできなかった。
後日。
シオンは交流会での出来事を、生徒会メンバーに楽しそうに話した。
その生徒会メンバーには当然、イレイスとリリンも含まれている。
第三王女と俺がキスをしたことを知った姉妹は、それはもうすごい剣幕で俺を責め立ててきたのだった。




