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【33話】病弱な美少女


 昼休憩が始まって十分ほど。

 昼食のパンを手に持っている俺は、中庭のベンチを目指して歩いた。

 

 昼食はいつも教室でフィアネと食べているのだが、フィアネは今日学園を欠席している。

 なんでも体調不良らしい。

 

 昼食の相方に休まれたしまったことで、今日の昼食はひとりきり。

 教室でひとりで食べるというのもなんなので人気(ひとけ)のない場所に行こうと考えた俺は、中庭のベンチを選んだ。

 

「先客がいたか」


 目的地である中庭のベンチには、既に数人の女子生徒がいた。

 一人だけがベンチに座り、他の女子はベンチを囲むようにして立っている。

 小柄な背格好からして、彼女たちは一年生か二年生だろう。

 

 ずいぶんと変わった昼食の食べ方だな。……ともかく、ここで食うのは無理そうだ。

 

 仕方ないので他の場所で食べようとしたら、

 

「あら、本日は登校なさっていたのですね。もう二度と来なくても良かったのに」


 ベンチの方からそんな声が聞こえてきた。

 その後には嘲笑と、すすり泣く声がする。

 

 嘲笑は立っている女子生徒たちから。

 泣き声は座っている女子生徒。

 

 みんなで仲良くランチをしているのかと思ったが、どうやら違ったみたいだ。

 何が起こっているのか、俺は即座に理解した。

 

「おい、お前ら。何やってんだ」


 いじめの現場を前にして、放っておけるような俺ではない。

 ベンチに近づいた俺は、立っている女子生徒たちへ声をかける。

 

「はい?」

 

 酷い言葉で傷つけていた女子生徒が、気だるげに声を上げた。

 きっとこの子が、いじめグループのリーダーだろう。

 

「思っていることをありのままに言って差し上げただけですわ」


 立っている女子生徒たちから、再び嘲笑が沸き起こる。

 

 かなり舐められているな。ここはガツンと言った方がいいか。

 

 なんて考えていると、リーダーの隣の子が急にハッとした顔になった。

 リーダーの肩を慌てて叩く。

 

「この人、生徒会のミケル・レイグラッドです!」

「え……学園屈指の実力者であるイザベラ副会長に決闘で勝利したという、あの人ですの!?」

「はい! しかもその見返りに、副会長を奴隷扱いして毎日調教しているド変態らしいです!」


 女子生徒たちは、俺をいっせいに凝視。

 顔を青ざめさせ、

 

「奴隷なんて嫌だー!!」


 と叫びながら走っていってしまった。

 

 奴隷になんてしていないけど……。てか、ド変態はイザベラの方なんだが……。

 

 いじめを()められたのは良かったのだが、事実無根の噂話が流れていることに精神が大ダメージを負う。

 くだらない噂話を一番最初に流したやつを、とりあえず一発ぶん殴りたい。

 

「あ、あの……ありがとうございました」


 座っている女子生徒が頭を下げた。

 

 背中まで伸びた金色の長い髪が、ふわりと柔らかに揺れた。

 丸まった背中はぶるぶると震えていて、しゃくり上げながらポロポロと涙を流している。

 

 このまま放っておけないよな……。

 

 いじめっ子たちを追っ払ったことで俺の役目はもう終わっているのだが、このまま去っていくというのはどうも心が痛む。

 

「隣、座ってもいいかな?」

「え、あの……」


 顔を上げた女子生徒は、なんとも可愛らしい顔立ちをしていた。

 くりくりとした緑の瞳を見開き、困惑した様子で視線を泳がせている。


「ここで昼食を食べたいんだけど、いいか? 嫌だったら、断ってくれていい。遠慮せずに言ってくれ」


 女子生徒は少し悩むような素振(そぶ)りを見せてから、首を横に振った。

 

 ありがとう、と礼を言ってから俺は隣に腰を下ろす。

 

 手に持っていたパンを食べると、女子生徒も脇に置いていたパンを食べ始めた。

 小刻みに口を動かしながら、チラチラと俺に視線を向けてくる。

 

 もしかして俺が話すのを待っているのか?

 

「そういえば自己紹介がまだだったな。俺は四年Cクラスのミケル・レイグラッドだ」

「わ、私は一年Cクラスのソフィア・ヘールズ……です」


 ヘールズってどこかで聞いたような……うーん。

 

 心当たりのある名前に記憶をたどっていると、蚊の鳴くような小さな声が隣から聞こえてきた。

 

「ミケル先輩は、とってもお強いんですね」

「それはもしかして、さっきのことを言ってるのか? ……そうだ! あいつらが言った、副会長を奴隷にしているっていうのは嘘だからな! ド変態なのは俺じゃなくて副会長の方だ!」


 すかさず訂正をを入れてみるがソフィアは無反応。

 

 まずい! このままだと俺が変態になってしまう!

 

 事実無根の疑いを晴らすため、さらなる追撃をかけようとしていると、

 

「羨ましいです」


 ソフィアは空を見上げながら、ポツリと呟く。

 相変わらず声は小さかったが、そこにはたっぷりの感情が詰まっていた。

 

 もしかしてこの子もイザベラを奴隷にしたいのか?

 そんなくだらないことを考えるも、やっぱりそれは違っていた。

 

「私、生まれつき体が弱くて、学園をお休みしてしまうことが多いんです。そのせいで、クラスで一番目立つ子に目をつけられちゃって……」

「それでさっきみたいなことになっていると……」

「はい……。こうなってしまったのは全部私のせい……私が弱いからなんです」

「いや、ソフィアは悪くないだろ。体質だったらしょうがない。いじめられる理由なんてどこにもない。悪いのはどう考えても、あいつらの方だ」

「……先輩は優しい人ですね。今の言い方、ちょっとだけお姉ちゃんに似てました」

「俺は別に優しい人間じゃないよ」

「そういうところもお姉ちゃんそっくりです」


 ずっと暗かったソフィアの表情が明るくなる。

『お姉ちゃん』というワードを口にするソフィアは、すごく嬉しそうにしていた。


「お姉ちゃんのことが大好きなんだな」

「はい! お姉ちゃんはとっても綺麗でかっこいいんです! どんなところがというと――」


 大好きな『お姉ちゃん』について、ソフィアが喜々として語り始めた。

 瞳はキラキラと輝いていて、どれだけ好きかというのがよく伝わってくる。

 

 元気になったみたいで良かった。

 

 笑顔のソフィアに、俺もまた笑顔で相槌を打っていく。

 

 そんな風に話をしていたら、昼休憩終了五分前を告げるチャイムが鳴った。

 

「……あ。もうこんな時間に。戻らないといけません……よね?」

「そうだな。ありがとうなソフィア。お姉ちゃんの話をいっぱい聞けて楽しかったよ」

「私の方こそ、ありがとうございました……!」

「おう、じゃあな」

「……あ、あの、先輩!」


 必死な表情を見せたソフィア。

 スカートの裾をギュッと掴む。


「私いつも、ここで一人でお昼を食べているんです。だからその、先輩が良ければ……明日も来てくれたら嬉しい、です」

「悪いな。昼はいつも別のやつと、教室で食ってるんだ。だから行けないと思う」

「……いえ、いいんです! 気にしないでください!」


 ソフィアが笑う。

 でもそれは作り物の笑顔。奥に隠れているのは、深い悲しみだ。

 

 泣いてこそいないものの、それはとても深い。

 いじめっ子に文句を言われて泣いていたあの時よりも、ずっと悲しそうに見えた。

 

 どうにかできないものか、と考える。

 せっかく笑顔になったというのに、元通りの悲しい顔にさせたくはなかった。

 

「明日からの昼休憩は四年Cクラスに来い。一緒に飯を食おうぜ」

「…………え、私なんかがお邪魔してもよろしいのですか?」

「あぁ。大歓迎だ。それと、いつも俺と一緒に飯を食ってるのは人畜無害のいいヤツだから安心していい。すぐにソフィアも仲良くなれるさ」


 フィアネに許可は取ってないけど、あいつのことだ。問題ないだろう。

 むしろ、仲間が増えて楽しいね! 、と喜んでくれるはずだ。

 

 ソフィアは少し驚きながら、

 

「……今日会ったばかりの私に、どうして先輩はそこまで優しくしてくれるのですか?」


 と口にした。

 

「特に理由はない。目の前で困っている女の子がいたから助けたいと思っただけだ。しかもとびきりの美少女だったから、なおさらな。……と、そろそろ戻らないとまずいな。じゃあなソフィア。また明日!」


 ソフィアに軽く手を振った俺は、急いで背を向ける。

 

 だから俺は、気がつかなかった。

 

 はい、また明日、と呟くソフィアの瞳にきらめく星が宿っていることを。

 頬が真っ赤に染まっていることを。

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