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【32話】格の違い


 バイスの【オールエレメンツ】によって受けた傷は、右手首のわずかなダメージのみ。

 軽傷――というよりも、この場合は無傷という表現の方が近いくらいだった。

 

「…………冗談だろ」


 バイスの顔が凍る。

 化け物でも見ているかのように怯え、一歩後ろに後ずさった。

 

「俺もSSランク冒険者だぞ。なのに、おかしいだろ……! なんだよこの差は……!」

「もう終わりだ。はやく降参しろ」


 奥義を破られたバイスには、もう勝つ手立てが残っていない。

 ここに勝負は決した。


「……ふ、ふざけんな! 俺様はまだ負けてねぇんだよ!!」


 唇を噛んだバイスは、観覧席に向けて片腕をかざした。

 その先には、俺のパーティーメンバー――イレイス、リリン、シオンがいる。

 

 へっへっへ、とゲスな笑いがバイスの口から漏れた。

 

「降参するのはお前の方だぜミケル! さもないと、大切なお仲間は死ぬことになるぜ!」

「てめぇ……! 汚ねぇぞ!!」

「なんとでも言え! 最後に勝つのはお前じゃねぇ、この俺様なんだよ!!」

「何を言っているのかな? 対戦相手以外に危害を加えようとするのはルール違反だよ。その時点で君の負けさ」


 言葉を口にしたのは、バイスの目の前に立つアンドレア。

 彼女は観覧席にいたはずだが、なんと一瞬にしてここまで移動してみせた。

 

 まるで瞬間移動のような愕然たるスピードに、バイスは目を大きく見開いた。

 

「な!? ふざけんな――」

「おやすみー」


 アンドレアは腰に携えていたサーベルの柄を、バイスのみぞおちへ向けて刺突。

 一撃で気を失ったバイスは、白目を剥いて地面に倒れた。

 

「同じSSランクでも格があるんだよ。差があるのは当然さ……て、もう聞こえてないだろうけど」

 

 冷たく笑ったアンドレアが動かなくなったバイスを見下ろす。

 道端のゴミでも見ているかのような、どこまでも冷え切っている目だ。

 

 今の突き、とんでもないスピードだった。それに、観覧席からここまで一瞬で距離を詰めた移動速度……この人、ただ者じゃない……!

 

 アンドレアが冒険者として活躍していたのは、俺が冒険者になる前のこと。

 だから俺は、アンドレアの実力というものをよく知らなかった。

 

 でも、動きを見た今なら分かる。

 この人は紛れもない強者。たぶん、バイスなんかよりもずっと上だ。

 

「ミケルくん……だっけ?」


 俺を見てきたアンドレアの口元が大きな弧を描く。

 屈託のないその笑顔は、どこか不気味で不敵。ゾクリとした感触が背筋に走る。

 

「私って強い人にしか興味ないんだけど……面白いね、君。ぜひ一度、戦ってみたいな」

「……はい。絶対にやりましょう……!」


 アンドレアとの戦いは壮絶なものとなる。

 これは確信めいた予感だ。

 

 たぶん――というか絶対に、どちらかが死ぬことになるだろう。

 

 それなのに俺はワクワクしていた。

 強者である彼女と、本気の殺し合いをしたくてしょうがない。

 

「やっぱり君は面白いね。会えてよかったよ」


 アンドレアが一番の笑みを見せる。

 戦いが好きで好きでしょうがないと言っているかのようなその美しい顔はどこまでも純粋で、狂気すら感じる。

 彼女の二つ名である『戦闘狂』、そのものを表していた。

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