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【3話】許せないクズども


 イレイスとリリンに罵倒された朝食から数時間が経ち、現時刻は正午。

 シエルテ魔法学園に登校してきた俺は、所属している四年Cクラスの教室でパンを頬張っていた。

 

 今は昼休憩。

 

 今日のパンはなかなかだな。

 

 自席に座って、学園支給の昼食に評価をつけていると、

 

「今日のご飯も美味しいね。みーくんもそう思うでしょ?」

「及第点ってところだな」

「みーくんは相変わらず辛口だね」


 向かい合わせになった対面の机から、えへへ、とほんわかした笑い声が上がる。

 

 平和な笑みを見せてくれているのは、フィアネ・リルティ男爵令嬢。

 俺と同い年同じクラスの、シエルテ魔法学園に在籍している女子生徒だ。

 

 フィアネとは六歳の頃に知り合って、それからずっと関係が続いている。

 クラスも四年連続同じだ。

 

 しかし関係と言っても、特別なもの――交際している訳ではない。

 知り合ってからずっと仲がいいだけの、いわゆる幼馴染というやつだ。

 

 昼食を食べる時は、こうしていつもフィアネと一緒だ。

 学園入学当初から、ずっとそうやってきている。

 

 食事中の話題に選ばれるのは、なんでもない世間話や学園で起こった出来事。

 でも今日は、いつもとは少し毛色が違う話題を口にした。

 

「嫌われている相手と仲良くなりたいんだけどさ……なにかいい方法あるか?」


 明るくて優しいフィアネは、俺と違って友達が多い。

 そんな彼女になら姉妹との距離の縮め方について有益な意見を聞けるかも! 、という考えのもと聞いてみることにした。


「お友達になりたいってこと?」

「友達……まぁ、そうだな。それに近い関係になりたい」

「うーん……特別なことはいらないと思うけど。気付いたら仲良くなってた――それが友達ってものじゃないかな?」

「それはお前の言う通りだけど、相手が曲者でな。一筋縄ではいかないんだよ」

「大丈夫! みーくんならきっとうまいくよ!」


 自信満々に言ってきたフィアネが、メガネの奥にある黄色の瞳を細めてにっこり笑う。

 パサリと揺れたクリーム色の髪の毛先が、彼女の背中をくすぐった。

 

「なんだよその自信は」

 

 根拠もないのにおかしなことだ。

 でもそう言いつつも、俺の口角はわずかに上がっていた。

 

 フィアネが言うなら大丈夫、そんな風に思えてしまう。不思議だ。

 根拠もないのに自信があるのは、俺も同じだった。

 

 これじゃ、フィアネのことをとやかく言えないな。

 

 小さく息を吐いた俺は話を切り上げ、いつもの差し障りない話題を口にした。

 

 

 及第点の昼食を食べ終えた俺は、ひとりで中庭を歩いていた。

 昼休憩の後半は食後の運動も兼ねて、いつも散歩をしている。

 

「フィアネはああ言ってくれたけど……やっぱり厳しいよな」


 冷静になって考えてみると、自然に仲良くなるというのは難しい気がする。

 フィアネのような人畜無害のほわほわしたやつならまだしも、初めて喋る相手を平気で罵倒してくるようなやつらだ。

 気付いたら仲良くなっていた――という展開がまったく想像できない。

 

「でも、何をすればいいんだ……」


 ぼやきながら足を進めていると、

 

「好きです! 私と付き合ってください!」


 という声が校舎裏の方から聞こえてきた。

 

 キンキン響くその声を、俺は今朝方に聞いている。

 険悪姉妹の妹の方――リリンの声だ。

 

 とっさに物陰へ身を隠した俺は、こっそりバレないように校舎裏の様子を観察する。

 あのおっかないリリンの告白相手がどんなやつなのかが、ちょっと気になってしまった。

 

 お! あいつは確か……。

 

 リリンに告白されているのは、緑色の髪をした面の良い爽やか男子生徒。

 そいつは学園の有名人――最上級生のフィードだった。

 

 フィードは風属性魔法の優れた使い手だ。

 王都で開かれる大規模な魔術大会で、入賞した経験もあるらしい。

 

「いいよ。リリンちゃんのこと、かなりタイプだしね」

「本当ですか!? やったー!」


 リリンはその場でぴょんぴょんと飛び跳ねる。

 顔には満面の笑みが浮かんでいた。

 

 あいつ、あんな顔で笑うんだな。

 

 キンコンカンコーン!

 

 大きな鐘の音が鳴り響く。

 リリンの告白成功を祝って……という訳ではなく、昼休憩終了五分前を告げるチャイムだ。

 

「もうこんな時間か。教室に戻らないと。それじゃあねリリンちゃん。また」

「はい!」


 去っていくフィードに、リリンは深く頭を下げた。

 

 成功して良かったな。さて、俺もそろそろ戻るか。

 

 リリンはまだ頭を下げている。

 バレたら何言われるか分からないし、物陰から出るなら今のうちだ。

 

 そうして、物陰から出た瞬間。

 俺の足元に、大きな火の玉が着弾した。

 

「――!? お前なぁ!!」


 火の玉を打ってきた相手――リリンに向けて俺は大きな声で叫ぶ。

 もしほんのわずかでもズレていたら、俺の体に直撃していたに違いない。

 

「なんて危ないことすんだよ!」

「黙れ覗き魔」


 俺の言葉なんて完全に無視。

 冷たく言い放ったリリンの言葉には、ありったけの殺意がこもっていた。

 

「今度同じことしてみなさい。燃えカスにしてやるから」


 ゴミを見るかのような目で俺を睨んで、リリンは去っていった。

 告白が成功してぴょんぴょん飛び跳ねていた少女の影は、もうどこにも見当たらなかった。

 

******

 

「…………ついてねぇ」


 放課後。

 俺以外の生徒が誰もいなくなった四年Cクラスの教室に、俺の呟きが溶ける。

 

 朝は姉妹に罵倒され。

 昼は妹の方に火の玉をぶちこまれ。

 そして放課後は、教師から雑用を頼まれ。

 

 ……散々だ。

 厄日があるとするなら、確実に今日がその日だろう。

 

「帰ろう」


 教室から、教室棟のエントランス。エントランスから中庭へ。

 夕焼けの赤に照らされながら、トボトボとした足取りで進んで行く。

 

「リリンちゃんもかわいそうになぁ」


 校舎裏の方から聞こえてきたのは、聞き覚えのある名前だった。

 

 かわいそうって……何のことだ?

 

 気になった俺は、昼休憩のときと同じようにして物陰から様子を見る。

 

 そこには、ニット帽を被った見知らぬ男子生徒、そしてフィードがいる。

 先ほどの声はフィードの声ではない。ニット帽の男子生徒が発したものだった。

 

「優しい爽やか美男子――フィードさんのことを、そんな風に思ってるんじゃないですか」

「あ? その通りじゃねえか」

「飽きたらすぐ捨てるを繰り返している人でなしの癖に、よく言いますね」

「しょうがねぇだろ。俺を満足させられないクズ女ばっかなんだから」

「フィードさんを満足させられる女なんて、この世にいないでしょ。……今回はどれくらい持つでしょうね」

「顔は良いけど、生意気で頭悪そうだったしな。早く捨てるかも」

「そうだ。捨てたあとでいいんで、俺に譲ってくださいよ。リリンちゃん、めっちゃタイプなんですよね!」

「別に構わないけどよ……お前、ああいうのが好きだったのか?」

「生意気そうな女って、調教しがいがあるじゃないですか。そういう女をぶん殴って言うこと聞かせる――これがまた最高に楽しいんですよね!」

「……人でなしはどっちだよ」


 プッ、ゲラゲラゲラ!!

 校舎裏の二人は、そろって下品な笑い声を上げた。

 

 …………こいつら。許せねぇ……!

 

 初めて会話する相手を罵倒したり、ためらいなく火の玉をぶっ放してくるような危ないやつ――それがリリンだ。

 そんなやつが何を考えているかなんて、俺には分からない。

 

 でも、告白が成功にしたときに見せたあの満面の笑み。

 あれだけは本心だった、と自信を持って言える。

 

 それをこいつらは、笑って踏み潰しやがった。

 

 いくらリリンが訳分からんやつだとしても、本心を嘲笑されていいはずがない。

 そんな権利は誰にもないし、絶対にあってはいけない。

 

 人の気持ちをもてあそんで楽しむようなクズ野郎ども。

 そういうやつらのことを、俺はどうしても許せなかった。

 

 ギリリと奥歯を噛み、拳を握りしめる。

 

 一発ぶん殴ってやる……!

 

 意を決して物陰から出て行こうとした、そのとき。

 不意に後ろから腕を掴まれた。

 

「お前……!」


 俺の腕を掴んできたのはクズ野郎の被害に遭った悲しき少女――リリンだった。

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