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【21話】婚約指輪

 

「イレイスさんとリリンちゃんだよね。初めまして、フィアネです」

「幼馴染かなにか知らないけど……私、絶対負けないから! 分かったかクソメガネ!」

「こちらこそ初めまして……卑怯な泥棒猫さん」


 姉妹にはフィアネのことをフィアネには姉妹のことを、事前に軽く伝えてある。

 事前情報なしにいきなり顔を合わせたら姉妹が何を言うか分かったもんなじゃないので、俺は先手を打っていた。

 

 意味なかったけどな……。

 

 姉妹は開幕から嫌味たっぷりの喧嘩腰。

 そういうことを防ぎたくて取った俺の行動だったのだが、悲しいくらいに報われなかった。

 

「うん! よろしくね!」


 フィアネは柔らかな笑顔を見せる。

 すべてを包み込むような優しい笑みだ。

 二人から飛んできた言葉を、フィアネはまったく気にしていなかった。

 

 シオンもそうだが、フィアネも細かいことは気にしないタイプで助かったぜ。

 

 一波乱起こりそうだった場面だったが、フィアネの人柄のおかげで何事もなく終了。

 街ゆく人でごった返している路上を、四人は歩いていく。

 

 道の端には多くの出店がずらっと並んでいた。

 今年も例年に倣って大盛況のようだ。

 

「今年も人がいっぱいいるね」

「そこまでして来るような価値無いと思うけどな」

「みーくんはやっぱり辛口だね」


 フィアネとの会話は、平和そのもの。

 学園の教室で昼食を食べているときと、まったく同じ雰囲気だ。

 

「私のミケくんの悪口を言うとは……。ミケくん、泥棒猫に魔法を使う許可をください」

「あんたたちは去年も来たの?」

「あぁ。毎年来てる」


 リリンの問いにだけ答える。

 イレイスは何言ってるかよく分からなかったので、完全にスルーした。悪く思わないでくれ。


「お前はどうだ? こういうところに来るの初めてか?」

「ううん。前に住んでいたところでもフェスティバルはあって、小さい時には家族みんなで出かけたわ。……あの時は()()、こいつとの仲も良かった――悪くはなかったから」


 俺に無視されてショックを受けているイレイスを、リリンが顎で指した。

 リリンの表情が、一瞬だけ寂しそうになった気がする。

 

 こいつら、前は仲が良かったのか。

 今の様子からはとても信じられないけど、本人がそう言っているのならそうなんだろうな。

 

「あっ、これ見てよみーくん!」


 アクセサリーを売っている出店の前で、フィアネが足を止めた。

 はしゃぎながら俺の肩を叩く。

 

「この指輪、あのときみーくんがプレゼントしてくれたものと同じやつだよ!」

「…………プレゼント? そんなことした覚え、俺にはないぞ」


 嘘だ。本当は覚えている。

 

 

 あれは七年前――フィアネと出会った年のこと。

 フィアネと一緒にフェルティバルに来ていた俺は安物の指輪を二つ買って、一つをフィアネにプレゼントした。


「これは結婚指輪だ! 俺はずっと、お前の傍にいるからな!」

「うん! 私、みーくんのお嫁さんになる!」


 確か、そんな風な会話をした気がする。

 どうしてプロポーズなんてしたのかなんて今となっては思い出せないが、恥ずかしい限りだ。忘れたふりをする。

 

「えー、ひどいよみーくん。私、今でも大切に持っているのに……」


 俺も大切に保管しているが、こればかりは本当のことを言えない。

 少ししょんぼりしているフィアネに、すまん、と心の中で謝る。

 

「この安物の指輪がなんだと言うのですか? 答えなさい泥棒猫」


 切羽詰まった顔で尋問してくるイレイスに、フィアネは少し照れたように笑う。


「昔ね、結婚指輪、って言ってみーくんがプレゼントしてくれたんだよ」


 イレイスとリリンは大きく目を見開いた。

 そして、いっせいに行動を始める。

 

 話題にしていた指輪をそれぞれ手に取った二人は、俺の胸にグリグリと強く押し当ててきた。

 

 光の消えた瞳で見つめながら、無言で押し込んでくる。

 買え、という半端ないプレッシャーをかけられる。

 

「わ、分かった! 買ってやるからもうやめろ!」


 無言の美少女二人に指輪を押し付けられている男、というよく分からない構図は、通行人たちの注目を集めまくっていた。

 どうして指輪を欲しがっているのかは分からないが、とにかく恥ずかしいことこの上ない。とっとと終わらせてしまいたかった。

 

 二人の手から指輪をぶん取り、店主のところへ持っていく。

 会計を済ませた俺は、「ほらよ」とイレイスとリリンに渡した。

 

 姉妹の輝きを失っていた瞳が、パァっと光を取り戻した。

 

 こんなのただの指輪だぞ。どんだけ嬉しかったんだよ。

 

 そんなことを思いつつも、喜んでくれたことがちょっと嬉しかった。

 悟られないように微笑みつつ、行くぞ、と声をかけた。

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