【2話】ラスボス姉妹とのファーストコンタクト
「ミケル様。朝食の準備が整いました。食堂までお越しください」
「わかった。ありがとう」
午前七時三十分。
メイドから報告を受けた俺は、寝間着から学生服に着替えていく。
ここからほどないところにある、シエルテ魔法学園。
そこには十二歳から二十歳までの貴族が学生として通っていて、座学や実技を行いながら魔法への理解を深めていく。
そして俺も、そのうちの一人だ。
「よし。行くか」
青色のジャケットとズボンに、赤色のネクタイ。
着替えを終えたは、食堂へと向かった。
食堂の中央にある横長の食卓テーブルには、既に二人の先客がいた。
互いに近寄りたくないと言わんばかりに、両端に離れて座っている。
この二人が『コジャマジョ』にて世界を滅ぼしたラスボス姉妹――イレイスとリリンだ。
左端に静かに佇んで座っているのが姉のイレイス、十六歳。
水属性魔法の使い手だ。
背中まで伸びた青色の髪に、アイスブルーの瞳をしている。
細身で高身長。スラリと伸びた手足。
綺麗に整ったスタイルは見事な八頭身となっている。
無機質な顔立ちは作り物のようだった。
精巧でいて非常に美しく、誰もが目を引くような美貌の持ち主だ。
そして反対側。
右端でふんぞり返っているのが妹のリリン、十四歳。
火属性魔法の使い手だ。
両端でツーサイドアップに束ねられた金色の髪に、真紅の瞳をしている。
パーツの整った顔立ちには、少女のようなあどけなさ。
チラリと覗く八重歯がチャームポイントの、クールビューティーで大人の雰囲気な姉とは対照的な、幼さの残る美少女だ。
なお、体型は小柄だが、胸についている二つのものは歳に見合わないくらいに大きい。
なだらかな水平線を描いているイレイスとは、ここもまた対照的だった。
イレイスもリリンも、青色のジャケットとプリーツスカート――シエルテ魔法学園の制服を着用している。
彼女たちも俺と同じ。シエルテ魔法学園の学生だ。
そんな二人は、互いに不機嫌オーラを放っている。
食堂に漂うのは、鋭くひりついた非常な険悪な空気だ。
……毎度のことながら息が詰まりそうになるな。
息苦しさを感じながら二人の向かい側へ回り込んだ俺は、テーブルの真ん中の席まで移動する。
誰が言い出した訳でもないしそういうルールもないのだが、この三人で食事をするときの三人のポジションは毎度同じだ。
イレイスとリリンはバチバチに険悪。
そんな二人と俺は関わりたくない。
各々のそんな思惑が交錯した結果、このトライアングルな配置が生まれた。
ちなみに、食卓を囲むメンバーはこれで全員だ。
親父と新しい母親――イレイスとリリンの実母は、結婚した翌日から新婚旅行に出かけている。
帰ってくるのは、なんと三年後らしい。
家の仕事を俺と執事に押し付けて、新婚旅行に行きやがった親父に思うところはたくさんあるが……ここで愚痴を言ってもしょうがない。
「朝食をお持ちました」
やれやれ顔でイスに腰を下ろすと、それに合わせたかのように朝食が運ばれてきた。
そうして始まるのは無言の食事。
聞こえるのは、カチャカチャという食器の音だけ。
レイグラッド家の食事風景は、一か月前からずっとこうだ。
馴れ合う気のない三人が集まったこの食卓で、会話なんて生まれるはずもなかった。
いっさいの会話もなく食事が終わる……というのがいつものパターン。
だが、今日の俺はいつもとは違った。
険悪姉妹の仲をどうにかしてくっつけなければならないという、使命を帯びている。
「あ、あのさ……せっかくだし、何か話そうぜ?」
二人へ初めて話しかけた俺は、とりあえずコミュニケーションを取ろうと試みてみる。
まずは簡単な会話から初めて、二人の仲を徐々に縮めていこうという魂胆だった。
しかし、
「は? 普通に嫌なんですけど? てか、話しかけてこないでよ。気持ち悪いから」
「私も同じ意見です」
飛んできた二つの声には、拒絶と嫌悪感がたっぷりと詰まっていた。
二人と交わした記念すべき初めての会話が、これだった。
さすがこれはあんまりだ……少し泣けてくる。
「は? 真似しないでよ気持ち悪い。気持ちわるっ、あー気持ちわるっ!」
「気持ち悪い、という言葉を繰り返し使っていますが……それしか言葉を知らないのですか?」
「なんですって……! 私に喧嘩売ってんの!?」
「事実を指摘したまでです。頭空っぽな低能さん」
姉妹が同時に席を立つ。
激しい罵り合いを繰り広げながら、食堂から出て行った。
コミュニケーションを取ろうとした俺の試みは、こうして見事に失敗に終わってしまった。
「好かれていないのはなんとなく分かっていたけど、まさかここまで嫌われていたとは……」
あいつらは最初から、俺と会話する気なんてまったくなかった。
今の関係のままでは、二人の仲を縮めるサポートをしようにも無理だ。
「まずはあいつらと仲良くなるところから始めないとか。とてつもなく長い道のりになりそうだな……」
二人からの好感度は最悪。
話を聞いてもらえるくらいの関係になるには、いったいどれだけの時間がかかるのだろうか。
想像するだけでも気が遠くなってくる。