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【19話】姉妹の決意

 

 モンスターフォレストの入り口付近にある、大きな湖畔。

 シオン対姉妹二人の対決は、場所を移してそこで行われることになった。


「私から行くわよ」

「はい? ここは姉である私が先に決まっているじゃないですか?」

「だからなに? 今それ関係ないでしょ? だからあんたはぺったんこなのよ」

「それこそ関係ありませんよね。オス猫より先にあなたから始末してあげましょうか?」


 姉妹は勝負の順番をどうするかで揉めていた。

 なかなか勝負が始まらない。

 

 そんな二人を、シオンはからかうように笑った。

 

「君たち何言ってるの? 二人ともいっせいにかかってきなよ? そうじゃないと勝負にすらならないからね」


 明らかな挑発に、イレイスとリリンの動きか止まった。

 二人は同時に、シオンの方へ体を向けた。

 

 互いに向かい合い、いよいよ勝負が始まる。

 引き締まった空気が、俺にそう告げていた。

 

「あんまりやりすぎるなよ」

「分かってるわ!」

「殺さない程度には加減するつもりです!」


 イレイスとリリンはそう言ってから、いっせいに魔法を発動した。

 

「【ドラゴンブレス】」

「【アビススパイク】」


 直線状に進む灼熱の炎。

 先端が鋭く尖った極太の水の針。

 

 相反する属性を持つ二つの魔法が、シオンを狙って飛んでいく。

 直撃したらただでは済まないのは確実。というか、たぶん普通に死ぬ。

 

 二人は恐らく本気で殺すつもりで、シオンへ魔法を放っていた。

 

「強いって言ってたけど、あれは本当だったんだね。二人ともすごいよ。Bランク――ひょっとしたらAランク冒険者くらいの力はあるんじゃないかな。でも」


 シオンは前方に巨大な魔法陣を展開した。

 

「これじゃ僕には届かない」

 

 灼熱の炎と水の針は魔法陣に接触し、そして、消失する。

 シオンは魔法陣ひとつで、二人の魔法を完璧に防いでみせた。

 

「嘘よ……。私の使える魔法の中で一番強いのを撃ったのに」

「私の最高火力魔法をこんな簡単に……ありえません」


 自信を持った魔法が簡単に防がれた。

 目の前で起こったその事実を、二人とも受け止めきれないでいた。

 

 決定的だった。

 姉妹とシオンの間には、決定的な実力差があった。

 

「じゃあ次は僕の番だね」


 シオンが笑う。

 

 姉妹の顔が一気に引きつった。

 それは紛れもない、恐怖している顔。禁域の最深部でも怖がる姿を見せなかった二人は、圧倒的な実力差のあるシオンの攻撃に身を震わせていた。

 

「【ブラストランス】」

 

 シオンが放ったのは、巨大な風の槍。

 それはイレイスとリリンの少し上を通り抜けると、後方にある巨木へ激突した。

 極太の幹を難なく貫き、巨木をなぎ倒してしまった。

 

「あちゃー、外しちゃったか」

 

 姉妹の顔が青ざめていく。

 恐らく彼女たちは分かっていた。今の攻撃は外れたのではなく、わざと外したということに。

 

 もし今の攻撃が当たっていたなら、なんてことを考えて青くなっているのだろう。

 

「脅し過ぎだ。だから、やりすぎるなよ、って言ったのに」


 対決が始まる前に俺が言った、やりすぎるなよ、というあの言葉。

 あれはイレイスとリリンに言ったんじゃない。シオンに向けてのものだ。

 

 どうせ俺が何を言っても聞いてくれないと思っていたからこそ止めなかったが、こうなることは最初から分かっていた。

 シオンの実力を知っている俺にしてみれば当然の結果だった。


「いやさ、二人が思ったより強かったら楽しくなっちゃったんだ。ごめんごめん」


 てへっと笑ってとぼけてみせたシオンが、ペロっと舌を出した。

 

「これで用は済んだろ。もう帰ろうぜ」

「うん!」


 空を見上げれば日が傾き始めていた。

 腹が減ってきたことだし、早く帰って夕食にしたい。

 

 俺とシオンが並んで歩きだす。

 

 その後ろを付いてくるイレイスとリリンの足取りはゆっくりで、横並びで歩いているというのに口喧嘩ひとつしないくらいに静かだった。

 いいことなはずなのに、普段とは様子が違う二人のことが俺は心配だった。

 

 

 レイグラッド邸に帰ってくると、ちょうど夕食の時間だった。

 食堂の食卓テーブルに俺が腰を下ろすと、朝食のときと同じようにイレイスとリリンが両隣に座った。

 

 シオンに負けてからというもの、二人は一言も口を開いていない。

 あれからずっと、何かを考えているような顔をしている。

 

 シオンに負けて落ちこんでいるのか? それなら励ますべき――いや、あえてそっとしておくべきなのか……。ダメだ、正解が分からん。

 

 女性経験に乏しい俺は、こういうときの女の子の慰め方が分からなかった。

 誰でもいいから教えてくれ。

 

「私、自分のことを強いって勘違いしてた」


 長きに渡っていた沈黙が破られる。

 それをしたのは、リリンの悔しさに滲んだ声だった。

 

 拳を強く握っている。

 瞳にはうっすらと涙浮かんでいた。

 

「でも今日、自分がどれだけ弱いかって思い知ったわ。それも悔しかったけど、一番悔しかったのはそれじゃない……!」

「一番悔しかったのはオス猫に『弱い君たちじゃミケには不釣り合いだよ』と、言われたような気がしたことです」


 リリンの言葉をイレイスが繋げた。

 イレイスは拳を握っている訳でも、涙目になっている訳でもない。

 それでも声色は大きく揺れていて、リリンと同じ気持ちを抱えている、ということをハッキリと表していた。


「私、もっと強くなりたい……! それで、ミケルに釣り合う女になる!」

「あんなオス猫には負けません……絶対に」


 いや、そんなことしなくてもいいよ――とは、とても言えなかった。

 二人は真剣な表情で、ぐいっと俺に顔を寄せてきている。その瞳には強い決意が宿っていた。

 

 そんな二人の決意を台無しにするような真似、俺にはとてもできない。

 だから自分の心に嘘をついて、「期待してる」なんて言ってみせた。

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