【17話】キングオーガ
四人はモンスターフォレストの禁域を歩いていた。
キングオーガは禁域の最深部にいるらしい。
禁域にはSランク冒険者以上の者しか入ることができない――という冒険者ギルドが決めたルールがある。
俺とシオンは問題ないが、冒険者ではないイレイスとリリンはその条件を満たしていない。
しかし今回ギルドは、二人の入場を特別に許可してくれた。
俺とシオンが同行しているから問題ないだろう、という判断らしい。
個人的にはそこでダメと言って欲しかったのだが、許可が出てしまったものはしょうがない。
こうなった以上は、キングオーガとの戦いをとことん楽しんでやる。
「イレイスもリリンも肝が据わってるね。禁域にいるっていうのに、怖がるそぶりひとつしてないもん」
「当然よ。私は強いもの。モンスターなんか一瞬で灰にしてやるわ」
「私はリリンよりももっと強い。問題ありません」
視線を交差させた二人はバチバチ。
危険なモンスターだらけの禁域でもお構いなしだった。
こいつらにとっては、場所がどこかとは関係ないのだろう。
きっとそこが地獄の底でも喧嘩しているに違いない。
「そっか。二人とも強いんだね」
火花を散らしている二人を、シオンは興味深そうに眺めて笑っている。
こんなのを見てなにが楽しいんだか。まったく理解に苦しむぜ。
しかし、なんだか調子が狂うな。
こいつらといると緊張感が薄れる。
ここが禁域だということを、危うく忘れそうになってしまうほどだった。
「結構奥深くまで来たな」
「うん。この辺りはもう最深部だね」
入り口付近と比べて、空気が段違いに鋭くなっていた。
禁域は元々殺気が濃いところっだが、最深部はさらに濃くなっている。新米冒険者なら、この空気に当てられただけでも気を失ってしまうだろう。
そんな恐ろしい空気を浴びても、シオンの様子には変わりがなかった。
Sランク冒険者の実力は伊達ではないということだろう。
でも、イレイスとリリンは違った。
少し前から口数が少なくなっていて、険しい顔をしている。
むせ返りそうになるくらいの濃い殺気にあてられ、気分を悪くしていた。
冒険者じゃない二人は、こうなってしまうのも仕方ない。
むしろ、意識を保っているだけでも褒めてあげるべきだ。
でも、倒れるのは時間の問題だな。早く依頼を達成してここから出ないと。
グッと拳を握りしめる。
それに合わせたかのように、前方から地響きのような足音が聞こえてきた。
「来たか……!」
「うん、間違いないよ」
ゆっくりと近づいてきたそれは、やがて俺たちの前に姿を晒した。
今回の討伐目標――キングオーガだ。
オーガと同じ二足歩行のモンスターではあるが、大きさが段違いだ。
オーガの全長は二メートルほど。対する目の前のキングオーガはなんと、十メートルはほどはあった。
巨大な体躯には、余すことなく筋肉が盛り上がっている。
それを覆っているのは、金色に輝く分厚い皮膚だ。
さらに、腕の本数も違う。
オーガやアークオーガの腕が二本だったのに対し、その四倍。実に八本もの猛々しい腕を持っている。
それぞれには、巨木のような大きさのこん棒が握られていた。
普通の人間があんなものに叩きつけられたら、抵抗する間もなくぺしゃんこに潰されてしまうだろう。
「……アークオーガと違って手下はいないみたいだな」
キングオーガは単独だった。
見たところ、手下を連れてきている様子はない。
「じゃあ行ってくる。イレイスとリリンはお前に任せたぞ、シオン」
「任せて! 後ろは気にせず、思う存分暴れてきていいからね!」
一番欲しかった、なんとも心強い言葉が返ってくる。
これでもう心配はいらない。
「ちょっと! あいつめっちゃ強いんでしょ! ミケルだけに戦わせて、あんたは何もしないつもりなの!?」
「淫乱女に同意です」
二人から上がったのは非難の声。
ひとりで戦う俺のことを心配してくれているのだろう。
二人ともありがとうな。でも、その心配は不要だ。
「普通はそうだろうね。でもミケは普通じゃない。文字通りの規格外なんだ。僕の魔法はむしろ邪魔になるだけだよ」
シオンの攻撃魔法は強力だが、そのどれもが広範囲。
近距離で戦うしか手段を持たない俺にも、ダメージが入ってしまう危険性があった。
それに言っちゃ悪いが、目の前のモンスターはシオンの魔法で大きなダメージを入れられるような相手ではない。
キングオーガの防御力は並外れている。規格外と言ってもいい。
Sランク冒険者であるシオンの魔法でも、大きなダメージを与えるのは難しいだろう。
下手に魔法を撃っても無駄に興奮させるだけ。
かえって逆効果となってしまう。
シオンはそれを知っているからこそ、姉妹にああ言ってくれた。
普段はマイペースな癖に、こういうときだけは俺のことを考えてくれるだもんな。まったく……最高のバディだよお前は。
小さく笑った俺はキングオーガを討つための魔法、【身体機能極限解放】を発動。
爆発的な速度で間合いを詰め、左右のくるぶしに挨拶代わりの蹴りをお見舞いする。
「まったく見えなかったわ。今、何が起こったの……」
「なんという……これがミケくんの――SSランク冒険者の戦いなのですか」
「オオッ!?」
後方からは姉妹。
前方からはキングオーガ。
どちらからも驚愕の声が上がった。
両のくるぶしを蹴られたキングオーガはよろめき、両膝を地面につけた。
膝立ち状態になる。
デカかった図体がストンと小さくなった。
それでもまだ十分デカいけどな。
「でもこれで少しはやりやすく――おっ!」
キングオーガが、手に持っているこん棒をまっすぐに振り下ろしてきた。
その一撃を、横に跳んで俺は回避。
こん棒に叩きつけられた地面は、爆音とともに土煙を舞わせた。
地面はひび割れ、深く陥没している。無事な平面の場所との差が浮き彫りだ。
キングオーガのこん棒は、思っていた通りにとてつもない破壊力をしていた。




