【16話】我慢しようと思っていたのに
シオンが声をかけてきたとたん、照れていた二人の視線が一気に俺へと向く。
なんとも鋭い。
特にイレイスのは、視線で人を殺せそうなくらいに尖っていた。
「ミケくん。いきなりやってきた、この馴れ馴れしいメス猫はなんですか?」
「こいつはシオン。俺と同じ冒険者だ。かれこれ三年ほど、一緒にパーティーを組んでる。……あと非常に分かりづらいがな、こいつはメスじゃない。オスだ」
「は? どっからどう見ても女の子じゃない」
「あはは! よく言われるよそれ!」
懐から一枚のカードを取り出したシオンは、それを俺たちに見せた。
シオンが手に持っているのは、ギルドカード。
名前、年齢、冒険者ランクといった、個人の各情報が記載されている。
冒険者はこれを常に携帯している必要がある。ギルドのルールだ。
そしてこのギルドカードには、性別も記載されている。
シオンのギルドカードの性別欄には、『男』を表す文言が記載されていた。
現実を知ったイレイスとリリンは、目を丸くしていた。
そうそう、俺も初めは驚いたもんだぜ。
「こんなの詐欺じゃない! あんた本当に人間なの!?」
「メス猫ではなくオス猫ということですか。……ふむ。ならば去勢しないといけませんね」
「あははははは! 面白い子たちだね! あ、もしかしてこの子たちがミケが前に言ってた義理の姉妹?」
色々言われているが、シオンはまったく気にしていない。
鉄のマイペースさは、こんなことでは揺るがないみたいだ。
「あぁ。姉のイレイスと妹のリリンだ。俺と同じ学園に通っている」
「この子たちも冒険者なの?」
「いや、そういうんじゃない。なんでも冒険者としての俺を見たいらしくてな。それで連れてきた」
「それならピッタリの依頼があるよ! ミケが来たら一緒に受けようと思ってね、もう確保してあるんだ!」
シオンは手に持っていた依頼書を大きく広げる。
それは、キングオーガの討伐依頼だった。
キングオーガというのは、オーガの最上位種だ。
桁外れに強力なモンスターで、あのアークオーガの数十倍は強力と言われている。
こういう危険度の高いモンスターを相手にするような依頼には、受注するにあたってのルール――受注条件が課されている。
これを満たさない場合には依頼を受けることができない。
そして今回の依頼の受注条件は、『パーティーにSランク冒険者十人以上、またはSSランク冒険者一人以上がいること』というもの。
これまで見たことないくらいに、非常に厳しい条件だ。キングオーガがどれだけ危険なモンスターかというのが、ここからもよく分かる。
キングオーガ……どれくらい強いんだろうか。ぜひ戦ってみたいぜ。
自分の力がどれほどのものか試したい――そんな理由で俺は冒険者になった。
だからこそ、強い相手と戦ってみたい、という本能がざわつく。
でも今日だけは、我慢しないといけない。
俺が受けようとしているのは、新米冒険者でもこなせるような簡単な依頼だ。
間違っても、こんな危険な依頼ではなかった。
「悪いなシオン。今日は別の――って、あれ?」
気がつけば、俺以外の三人でなにやら話をしている。
少し考えごとをしていた間に、いつの間にかそうなっていたみたいだ。
「ミケの冒険者ランクは一番上のSSなんだ。これはね、王国でもたった四人しかいなんだよ! どう、すごいでしょ!」
シオンの話に、イレイスとリリンは夢中だった。
目をいっぱいに輝かせて、大きく頷いている。
「どんな相手にもミケは負けない。あのキングオーガにだってそうさ。ミケはいつもかっこいいんだけどね、強い相手と戦っているときは特にかっこいいんだよ! 二人も見てみたいでしょ!」
二人はまたまた大きく頷いた。歪んだ口元がニターと笑みを浮かべている。
強敵を討ち滅ぼす俺の姿でも、頭に描いているんだろうか。
シオンめ! 俺がSSランク冒険者だってバラしやがったな! いや、それよりもちょっと待て。なんか変な方向に話が進んでないか?
しかし気づいた時には、もう手遅れだった。
三人は完全に、俺がキングオーガの討伐依頼を受けるものだと思い込んでいる。
受けない、とは雰囲気的に言い出せなくなっていた。
シオンめ……覚えとけよ!
心の中で恨み言を言いながら、シオンから依頼書を受け取った。




