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【14話】姉妹から熱い視線を向けられるように


 翌朝。

 食堂でいつもの席に座っている俺は、疲労困憊だった。

 

 全身がだるく、両目の下には大きなクマができている。

 昨夜は一睡もできなかった。それもこれも全部、

 

「おはようミケル」


 食堂に入って来るなり近づいて挨拶してきたこいつ――リリンのせいだ。

 

 俺とは違ってリリンは朝から絶好調な様子。

 ご機嫌に鼻歌まで歌っている。

 

 リリンのやつ、どうして平気なんだ?

 

 昨夜はあんなことをしてきた癖に、素知らぬ顔でいる。

 俺はそのせいで一睡もできなかったというのに、なんだこの違いは。無性に悔しい。

 

「あ、そうだ。今日から私、ここに座るから」

 

 リリンは俺の右隣りの席に腰を下ろした。

 

 どうしてお前まで俺の隣に……?

 

 という疑問が当然出てくるのだが、俺は口にしない。

 それどころじゃなかった。

 

 昨夜の一件のせいで、プニっとしたリリンの桜色の唇に、どうしても視線が向いてしまう。

 意識しないようにしても無理だった。むしろそう思えば思うほど、強く魅入られ意識してしまう。

 

「……唇ばっかり見てる。そんなに気になるの?」


 人差し指を自分の唇にあてがったリリンが、ニヤニヤと笑う。

 

 そんな訳ないだろ、と一応の強がりをしてみるが、効果はまるでなかった。

 リリンの表情はまったく変わっていない。

 

「もう一度してあげてもいいわよ?」

「な、なにを!?」

「そんなの決まってるじゃない」


 心臓の鼓動が一気に早くなる。

 頬に熱が集まっていく。


 拒否するべきか、それともこのまま……。

 

 うああああ!

 どうしたらいいのか分からなくなる。


「…………ぷっ、あははははは!!」


 リリンはお腹を抱えて笑い出した。

 

「昨夜のアレはただの挨拶よ! それなのにあんたってば……ぷぷっ! かわいいところあるじゃない!」


 笑いながら、俺の背中をバシバシ叩いてくる。

 

 クソッ、リリンのやつ……!

 

 怒りとか悔しさとか、そんなものが込み上げてくる。

 こともあろうにこいつは、俺の純情をもてあそんできた。プライドはもうズタズタだ。

 

「もうお前なんて知らん!」


 立ち上がろとするが、背中側から手をまわしてきたリリンに両肩を抑えられてしまう。

 そのままリリンは俺の耳元に顔を近づけて、

 

「ごめんね、おにーちゃん。今度はお詫びに、挨拶じゃない本気のキスをしてあげる。頬じゃなくて唇にする、本気のやつをね」


 なんてことを、甘ったるい声で(ささや)いてきた。

 

 こいつは本気で言っていない。

 さっきとおなじ。からかって俺の反応を楽しみたいだけだ。

 

 それを分かっているのにも関わらず、こうまで接近されてしまうと動揺せずにはいられない。

 吐息が触れる度に心臓が爆発しそうになる。


「離れなさい淫乱」


 その声とともに、俺に絡みついていたリリンが強制的に引き剝がされた。

 

 引き剥がしたのはイレイス。

 ひどく冷めきった視線をリリンへ向けている。

 

「いったいどういうことですか、リリン?」

「どうもこうもないわ。私はただ自分がやりたいことをやっただけよ。あんたと同じね。『いちいち騒がないでください。うっとうしい』――だっけ? 昨日言われた言葉、そっくりそのまま返してあげる」


 仕返し、とでも言わんばかりにリリンが攻勢に出た。

 そうなってしまえば、もうバチバチ。一触即発の危険な雰囲気の出来上がりだ。

 

「あ、あの……」


 背後からメイドが声をかけてきた。

 朝食の配膳をしたいらしい。

 

 ナイスタイミングというべきか、そのおかげで二人の喧嘩は一時中断された。

 殺し合いでも始まるんじゃないかとヒヤヒヤしたが、メイドのファインプレーによって防がれる。ミラクルだった。

 

 配膳が終わって食事がスタートしたのだが、ここで問題が発生した。

 

 左隣のイレイス。

 右隣りのリリン。

 姉妹は、俺に密着するかのようにして席を近づけている。

 

 つまり俺は今、両側を塞がれているような状況だった。

 そのせいで、可動範囲が極端に狭くなってしまった。なんとも食事がし辛い。

 

「リリン。あなたの身勝手な行動のせいで、ミケくんが食べづらそうにしていますよ。離れるか、もう一つ隣の席に移りなさい」

「なんで私が動ないといけないのよ。あんたがそうしたらいいじゃない」

「いやいっそのこと、お前ら二人ともズレろよ」


 折衷案を出してみたのだが、両サイドの二人はこれを華麗にスルー。

 結局誰も動かない。

 

 仕方ないので俺はもう諦めた。

 わずかに動く手で必死になって、食事をしていく。

 

「今日は学園がお休みの日ですね。ミケくんはこの後どうするのですか?」

「王都の中心街に行くつもりだ」


 もっと細かく言うと、王都の中心街にある冒険者ギルドだ。

 冒険者として依頼をこなすのが、俺の週休日の過ごし方だからな。

 

「……ふーん。それじゃ私もついて行ってあげる! ここにいても退屈だしね」

「あー……悪いな。今日の用事は俺ひとり――」

「私も行きます」

 

 冒険者の仕事には危険が伴う。遊びではない。

 だからリリンの提案をやんわりと断ろうとしたのだが、なんとここでイレイスまで参加を表明してきてしまった。

 しかも、

 

「邪魔だからあんたは来ないでよ。ひとりぼっちで寂しく留守番して、本でも読んでれば? 学園でいつもそうしているみたいにさ」


 リリンがそれに嚙みついた。

 いったんは落ち着いていた姉妹の仲が、再び険悪なものになっていく。

 

「私は好きで一人でいるんです。群れなければなにもできないと思っているどこかのおバカさんには、一生かかっても理解できないでしょうけど」

「ちょっと何よそれ! 私に喧嘩売ってんの?」

「あなただとは一言も言っていませんよ。あぁ……自分がバカだという自覚があるんですね」

「……この! もう我慢ならないわ!!」


 リリンが勢いよく席を立つと、合わせるようにイレイスも席を立った。

 それは、受けて立ちますよ、という意思表示に他ならない。

 

 このままでは二人の殺し合いが始まってしまう。

 さっきのようなミラクルにはもう期待できないだろうし、本格的にマズい。

 

 こうなったら俺が、ミラクルを起こすしかない……!

 

 

 それから一時間後。

 俺、イレイス、リリンは、王都の中心街へ来ていた。

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