【13話】キス
午後十時。
両腕を枕にしてベッドに寝転がっている俺は、
「あいつ大丈夫かな?」
という疑問を天井に向けて放つ。
クッキーの材料が入った紙袋を強奪されてからというもの、リリンとは顔を合わせていない。
夕食の席には姿を見せなかった。呼びに行ったメイドには、「あとで食べるからいい」と言ったそうだ。
今日のリリンはどこか様子がおかしかった。
心配になってしまう。
「……行ってみるか。キッチン」
どうして来たのよ! 気持ち悪いから出ていって! 、と言われるのは目に見えている。
実際、いらないお節介なのかもしれない。
それでも俺は、リリンが心配だった。
すぐ泣くやつ、ということを知っているからこそ放っておけなかった。
意を決してベッドから降りる、と。
ノックもなしにドアが開いた。
「入るわよ」
部屋に入って来たのは、今まさに会いに行こうと思っていた相手――リリンだった。
ピンクのエプロンを着ている彼女は、甘い匂いを漂わせている。部屋が一瞬にして、その香りに包まれた。
「……お前、大丈夫なのかよ?」
「なにが?」
「今日一日変だったし、夕食にも顔出さないからさ……」
「あら? 心配してくれたの? でも、ご生憎ね。あんたに心配されるほど、私は落ちぶれちゃいないわ」
返ってきたのは憎まれ口が
思った通り、俺のいらないお節介だったらしい。
でもそれを聞けて、俺は妙に安心していた。
生意気で口の悪い、いつもの元気な姿を見れて良かった。
「これ、あんたにあげる」
リリンが包みを差し出してきた。
中には、一口サイズのクッキーがいっぱいに入っている。
「もしかして俺のために作ってくれたのか?」
「――!? そそそ、そんな訳ないでしょ! ちょっと作りすぎちゃっただけよ! 勘違いしないで!」
「だよな」
あのリリンが、俺のためにそんなことしくれるはずないしな。
包みを受け取った俺は、その中の一枚を取り出して口へ放り込む。
「これは……! うまい! うますぎる!」
バターのコクと優しい甘味が完璧にマッチしている。
最高に美味しい。今まで食べてきた菓子の中で、ダントツにナンバーワンだった。
二枚目、三枚目と次々に頬張っていく。
手が止まらない。
「これ本当に全部貰ってもいいのか!?」
「当たり前でしょ。そのために持ってきたんだから。……そんなに美味しかったの?」
「あぁ! こんなに美味いクッキーを食ったのは初めてだ! 毎日でも食いたいくらいだぜ!」
「……! やった!」
リリンは心底嬉しそうな――フィードへの告白が成功したあのときと同じような顔をしたが、それは一瞬。
すぐにハッとしたかと思えば、俯いてしまう。
そして、両手の人差し指をつんつん突き合わせながら、
「そんなに言うなら、今度からはあんたの分も焼いてあげるわ」
消え入りそうな声で言ってきた。
「本当か! そいつは嬉しい! ありがとな、リリン!」
クッキーを食べていない方の手で、リリンの頭を撫でる。
なんとも嬉しい答えに感謝だ。
頭を撫でられているリリンが顔を上げた。
頬を真っ赤に染めて、俺をじっと見つめてくる。
「……私、決めたわ」
「えっ、決めたって何を――」
瞬間、時が止まった。
リリンが俺の頬に口づけをした。
頭が真っ白になる。
思考がぶっ飛んでしまって、もう何が何だか。訳が分からない。
「おやすみなさい、ミケル」
最後に微笑んで、リリンが部屋を出ていく。
時が止まっている俺は、その後ろ姿をぼーっと見ていることしかできなかった。
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