【12話】リリンの相談
「なにぼさっと突っ立ってんのよ。行くわよ」
「お、おう」
リリンと一緒に店の中へ入る。
広々とした店内には、食料や飲み物がズラリと並べられていた。
買い物かごを手に取ったリリンの横について、店内を回っていく。
へー。こういうところには初めてきたけど、結構面白いもんだな。
初めて見るような食材なんかがいっぱいあって、見ているだけでも面白い。
次にシオンに会ったときは、このことを話してやろう。好奇心旺盛なあいつなら、きっと興味を持って喜ぶはずだ。
そんな吞気なことを考えている俺の隣で、リリンはいたって真剣だった。
これがいいわね、なんてぶつぶつ呟きながら、買い物かごに商品を入れていく。
「クッキーを作るのか」
買い物かごに入っているのは、小麦粉、バター、卵、砂糖。
料理に疎い俺でも、ここまでくればリリンが作ろうとしているものに見当がつく。
「お菓子を作っている間は、嫌なことを忘れられるの。今日はずっとイライラしっぱなしだったから、ストレス解消しなくちゃ」
「まさかお前にお菓子作りの趣味があるとはな……」
「それどういう意味よ?」
料理とは無縁そうな見た目してるし、と言おうと思ったが……怒られそうなので黙っておく。
また険悪なムードになりたくないしな。
「お菓子作りは昔からしてたのか?」
「うん! 小っちゃいときはよくね、お母様とお姉――」
弾んだ返事をするも、なにか言いかけたところで、リリンの口が止まった。
「やっぱりなんでもないわ」
真紅の瞳が悲しそうに揺れる。
その瞳が、これ以上踏み込むことを俺に思いとどまらせた。
買い物を終えた俺とリリンは、レイグラッド邸への帰り道を歩いていく。
あたりはもう、ぼんやりと薄暗い。夜が近づき始めている。
「ねぇ」
クッキーの材料が入った紙袋を片手で抱えながら歩く俺に、リリンが話しかけてきた。
「私さ、彼氏選びに失敗しちゃったじゃない?」
「フィードか……あいつは最悪だったな。そもそも、どうしてあいつを選んだんだ?」
「そんなの、顔も良いし魔法の能力も高かったからよ」
「つまりは外面に惹かれた訳だな」
「うん。とっても痛い目を見たわ。だから今度はね、絶対に間違えたくないの。それでなんだけど……次に告白するならどういう人が良いと思う?」
「……顔より中身を重視した方がいいかもな」
なんとなく、それっぽいことを言ってみる。
当たり障りのないつまらん意見かもしれないが、女性との交際経験ゼロの俺からすればこれでも頑張った方だった。
「……アバウトすぎるわよ。もっと具体的に」
「え……そうだな。お前のことを大切にしてくれそうなやつとか?」
「た、たとえばよ! 辛くて痛くて悔しくて、泣いちゃうくらいに悲しいときに、そんな私を助けてくれて頭を撫でてくれる人…………とか?」
リリンの視線が、俺と地面を行ったり来たり。
チラチラさまよっている。
急に挙動不審になったことを疑問に思いつつも、「だいたいそんなところじゃないか」と言ってみる。
「……うん? どうしたんだリリン?」
リリンがじっと見つめてくる。
頬が赤くなっている気がするが、暗いせいでよく見えない。
そして、プイっと顔を背けた。
なに考えてるのよ私……! 、と小さく呟く。
ほんとだよ……。なにを考えてるんだお前は?
そんなことを思いながら足を動かしていると、レイグラッド邸が見えてきた。
「材料はキッチンに運べばいいのか?」
しかしリリンはその場に立ち止まってしまった。
下を向いたままで、返事はない。
「おいリリン。話聞いてるのかよ。この紙袋だけど――わっ!」
勢いよく顔を上げたリリンが、ブゥンと両手を伸ばす。
俺の片腕に抱かれていた紙袋を、ひったくりさながらに無理矢理かすめ取った。
「ここでいい! あとは私がやるから!」
まくし立ててきたリリンは、タッタッタとレイグラッド邸へ駆けていってしまう。
一人取り残されてしまった俺は、ついさっきまで紙袋を抱えていた片腕を見ながら、
「ほんと、なに考えてるんだよあいつは。訳分かんねぇ」
と脱力した。




