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柩に腰掛けて  作者: 棗
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 怒りというものは意外と持続しないものだとしみじみと感じた。

 2人の青年と1人の少年に素肌を晒したことは羞恥と怒りと衝撃と色々な感情を綯い交ぜにして桜子を少なからず傷つけた。

 しかもあの失笑。

 ディオネにしろイオにしろ医者が患者の身体を診るのと大差ない感覚しか持っていなかったのだろうし、そうであって欲しいと思う、が思春期真っ只中の桜子にとっては、人格崩壊しかねない人生最大のショックだ。

 あの3人と同じ空間にいることが出来ず、籠城して数時間が経っていた。

 しかし、怒り続けることも出来ないが、意地のようなもののせいで自分から出て行くことも出来ず、結局自分が置かれた状況も把握できないまま無為な時間を過ごしている。

 明かりが乏しい室内は静まり返り、気が滅入ってくる。

 窓から外を眺めてみるが、周りには明かりは見えず木ばかりが欝蒼と茂り桜子の不安に拍車をかける。

 カーテンを引いて窓から離れかけたとき、その窓をノックする音がした。

「うッ」

 振り返ると窓の外でイオが手にしたポットを振っていた。





「それ以上痩せたら困るでしょ?」

 そう言いながら片手に皿に盛られたサンドイッチとカップを指に下げ、片手にポットを持ったままバランスをとりながら器用に窓枠を乗り越えて入ってきたのは、桜子の身体をを「成長途中」とのたまった張本人だ。

「事情は聞いてるから怒らない、怒らない」

 口を開きかけた桜子を掌と少し眠たそうな視線で黙らせる。

 ジャケットを脱ぎ、白いシャツのボタンを開けて幾分ラフな格好のイオは、警戒心たっぷりの桜子の脇をすり抜けベッドサイドのテーブルに手にしていたもの置いた。

「デボラさんからの差し入れ」

「・・・・・・・・・」

「毒なんて入ってないから。なんだったら毒見でもいたしましょうか?」

 腰に手を当てて唇の端を少し上げて失笑している。

「ディオネさんとやらはともかく、デボラさんはそんなことしないでしょうから、結構です」

「そう、それはよかった」

 イオは目を細くしながら微笑むと、カップに紅茶を注いで恭しく桜子に差し出した。

「・・・ありがとうございます」

 出来るだけ『怒っているんだぞ』モードのままベットに腰掛けて口をつける。

「!」

「それ、レグが淹れたの。あいつは味覚も発達してないからねぇ」

 そう言いながら桜子の隣に腰掛ける。

 桜子が思わず離れかけると、ぽんと頭に大きな掌が載せられた。

「何もしないから怖がらないで。レグの説明じゃ100年経っても理解できないだろうからさ、代わりにと思って」

 そういうと、腕を伸ばしてサンドイッチを2切れ取ると、有無を言わさず1切れを桜子に持たせ、自分もおいしそうに頬張った。

「僕たちは現世(君らの世界)で言う『悪魔』ってやつ。厳密に言うと『悪魔見習い』なんだけどね。レグの言ってる『師匠』ってのが悪魔で僕らはその弟子なの。悪魔ってのも色んなタイプがいるんだけど、師匠は人間と契約して、成功したら代償を貰うんだ。それが今回みたいに即、魂を頂く場合もあれば、死んだ後って場合も、寿命を半分とかこれからの人生で使う運の全てってのもある。その代償を回収するのが僕らの主な仕事」

 分かる?と言いたげな様子で顔を覗き込まれたおで、渋々頷く。

 イオは長い足をゆっくりとした動作で組みながら、視線を天井に向けて短何かを考えるような仕草をした。

 桜子はイオが話し出すのを待つ間に紅茶に口をつけかけ、慌ててカップをサイドテーブルへ置いた。

「で、今回は君の隣人の飯沼柚子が『ある契約』をした。内容は知っても仕方ないから話さないけど、即、魂を持って行かれるほどの契約だった。で、レグが初仕事ってことで張り切って魂の回収に逝ったんだけど、間違って君の魂を『半分だけ』回収しちゃったの。

回収された魂が僕らが何とかできる場所に保管されてるなら、こっそり君に返して、後は知らん顔してりゃ済むんだけど、コレがそう簡単にいかなくてね。しかも、魂を半分削り取られたってのは身体が重傷を負ったのと同じで、そのままにしておくと魂が死んでしまう。半分だけの魂なんてどこも引き取り手が無いから、永久に彷徨わなくちゃならなくなる」

 御伽噺を聞くように構えていたが、重傷だの、永久に魂が彷徨うだの、桜子はぞっとした。

 知らず知らずの内に手を強く握り締めていた。

 イオも桜子の顔を見て困ったように視線を逸らした。

「・・・で、応急処置的だけど、冥界(僕らの世界)に連れ帰って来たんだ。ここでなら魂が半分だろうと生きていけるから」

 逸らしていた視線を再び桜子に向けると、イオは勢いよく頭を下げた。

「申し訳ない。初仕事だから僕が付いていけばよかったんだ」

 桜子はどう声をかけたら良いのか、なんと言ったら良いのか分からず、ただ自分の拳を見詰めて大きく呼吸を繰り返した。

「どうやったら、魂・・・返ってくるんですか?」

 やっと出てきたのはそんな言葉だった。

 謝るイオに対する言葉ではなく、自分のことばかり。

 言ってしまってから桜子は苦い思いに唇を噛んだ。

「返ってくるよ。回収された魂は師匠だけしか知らない場所に保管されてるから、師匠さえ帰ってくれば・・・。でも糸の切れた凧みたいな人だから・・・」

 妙に自信のこもった前半の言葉と、消え入りそうな後半の言葉の、なんと落差の激しいことか。

 桜子は密かに落胆し、それが悟られないことを願った。

 イオにしろレグにしろ憎めないのだ。

 そして、ハタと気が付いた。

「・・・・・・なんで裸?」

 イオは一瞬笑いを堪えるような顔をしてから口を開いた。

「魂が半分でも君は『生きた人間』だから、本来なら冥界には来られない。だから少々無理をして君を運んだんだ」

 そこで口を噤むと、扉に向かって声をかけた。

「ディオネ、入ってきたら?」

「は?立ち聞き?」

「ディオネのことだから、素直になれないんだろうね」

 と、肩を竦める。

 すると、しばらくの沈黙の後、ぎこちないノックが聞こえてきた。

「どーぞー」

 イオが返事をすると、いやにゆっくりと扉が開いた。

「彼女が裸の理由を説明して欲しいってさ」

「どうして私に説明させるのですか?」

「裸にしたのがディオネ君だから」

 その言葉を受けて、桜子がぎろりと睨むがディオネはどこ吹く風。

「言ったでしょう。人間の匂いを持ち込みたくなかったからです」

 腕を組み、座ったままの桜子を見下すような態度に、イオがため息をつく。

「僕たちからしたら『人間』には独特の香りがあるんだ。君自体は魂を取られた時点でそういったものは無くなったんだけど、衣服に残ったのまでは無くならないから置いてきたの。決して趣味じゃなくて必要だったから」

 そこでディオネが言葉を継いだ。

「冥界に入るのも全くフリーパスではありません。生きた人間なんて持ち込んだのが分かったら冥界から追放されてしまいます。だから我々が人間を持ち込んだと気付かれる要素は排除しなければなりませんでした」



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