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柩に腰掛けて  作者: 棗
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004

「あ、気が付いた!」

 ぼんやりとした視界が次第にはっきりしてくると、レグルスの嬉しそうな声がした。

「ここ・・・」

 喉が渇いてひりひりする。

 急に目を開けようとして、あまりの眩しさにぎゅっと瞑りなおす。

「デネブさん、目を覚ましました!」

 何度か瞬きを繰り返しながら周りに視線を向けると、レグルスが心配そうな顔をして覗き込んでいる。

「レグルス君・・・」

 桜子が名前を呼ぶと嬉しそうにベッドのふちに手を掛け、後ろ足を跳ね上げている。

「桜子さんが起きた!起きた!起きた!」

明るい中で見る彼は幼さが目立ち、琥珀色の瞳が輝いて桜子が想像する悪魔からはかけ離れた生命力に溢れている。

「桜子さん、大丈夫ですか?」

「うん、なんとかね」

 ゆっくりと体を起こすと、自分がベッドに寝かされていたことが分かった。

 ただ、桜子の部屋ではない。

 落ち着いた色合いの壁紙。大きな窓には深いグリーンのカーテン。そして大きな暖炉に天蓋のあるベッド。桜子は周りを見回してから恐々レグルスに声をかけた。

「レグルス君、ここどこ?」

「師匠の屋敷です」

「・・・・・・・・・・・ってどこにあるのかしら?」

「アウェルヌスです・・・」

「ってどこぉ?」

 桜子が泣きそうな声を出したとき、大きな扉が開き白髪で小さな婦人が入ってきた。すみれ色の丈の長いワンピースにシンプルなエプロンを付け、滑るように絨毯の上を歩いてくる。

 細い指で唇を隠すようにしながら、ホホホと笑う。

「冥界の入り口って言えば分かるかしら?」

 婦人は手にしていたお盆からソーサーに載ったカップを差し出した。

 思わず両手で受け取り、レグルスの顔を見やると、彼にも大きなカップを渡している。

 レグルスはカップの中身ホットミルクのようだを覗き込んで満面の笑顔を婦人に向けた。

 まるで仲のいい祖母と孫のようだ。

「あ、ありがとうございます。あの冥界って・・・地獄のことですか?」

「若い方はせっかちね」

 婦人はゆったりとした仕草でベッドの縁に腰掛け、椅子を探して右往左往しているレグルスに掌を向けた。

「あなたがここに来たのも驚いたけれど、黒い瞳で黒い髪の女の子なんてはじめて見たわ。とても綺麗ね」

 そう言いながら目を細めて微笑む様子は少女のようだ。

 お礼を言うべきか謙遜すべきところだろうが、動揺してそれどころではない。

 間違って殺されて知らないところへ連れて来られたのだから。誘拐されたようなものだ。

「デネブさんの髪の色、僕大好きです」

「まぁ、ありがとう」

 そんな桜子の心情を知ってかしらずか(少なくともレグルスは知らないだろう)2人は顔を見合わせ、ぎゅっと目を瞑りながら笑いあう。

 質問をはぐらかされたままの桜子は落ち着かないまま、カップを持ち上げてはソーサーに返すを繰り返していた。

「冥界っていうのは亡くなった魂が一番初めに行き着くところ。エデンやヘルの手前なのよ」

 その声に視線を戻すと、デネブが微笑みをたたえた表情のまま桜子を見詰めている。

「詳しい状況はまだ聞いていないけど、ディオネ君の柩から女の子が出てきたんですもの。びっくりしたわ。ご主人様はまたお出掛けになってしまったばかりだし、しばらくゆっくりするといいわ」

 デネブはそう言いながら桜子の頬を優しく撫で、胸元を見やると相好を崩して、

「すぐ着替えを持ってくるわ」

 と、部屋を出て行った。

 釣られて桜子も自分の胸元に視線を下ろして絶句した。

 露になった肩に、乳房に申し訳程度に引っかかったシーツ。

 何も身に着けていなかったのだ。

「何で!!!」

 慌ててシーツを掻き集めて潜り込むように体を隠すと、精神年齢も幼いというか擦れていないレグルスがホットミルクを飲みながらニコニコと説明してくれた。

「桜子さんの体と精神が魂が半分無くなってしまった状況に着いていけなくて、ボウエイホンノウで眠りについてしまったんです。で、ディオネ先輩とイオ先輩が運んでくれたんです。あのまま放っておいたら桜子さんは本当に亡くなっていました」

 説明してくれたのはあり難いが、裸になっている説明にはなっていないし、そもそも間違ったのは君だよね。という言葉は出掛かった寸前で飲み込まれた。

「やっと目が覚めたのですね。人間というのは本当に愚鈍で脆い」

 デネブが出て行った扉から、また音も無く入ってきたディオネを見て桜子の顔が歪む。

 相変わらず上から下までモノトーンで構成された格好に、背中まで伸びた髪が肩から覗いている。

 明るい中で見ても顔色は白く、深い紺色の瞳に思考が吸い寄せられてしまう。

「出来るだけ人間の匂いを屋敷に入れたくなかったので、衣服は捨てました」

「は?!あんたが脱がしたの?!」

「ええ」

 こともなく返事をされ、桜子の顔が怒りと羞恥で赤くなり、唇がワナワナと震えるが言いたい事がありすぎて言葉に出来ない。口から言葉ではなく炎が出てしまいそうだ。

「なんてこと・・・!」

 叫びだした瞬間、強烈な眩暈で風景が反転し、ふかふかの枕の中に倒れてしまった。

「桜子さん!まだ大人しくしててください」

 慌てた様子で身を乗り出す。

「裸体を見られたことを気にしているのなら杞憂というものです。見たくて見たわけではありませんし、ましてや・・・・・・」

 と、目を伏せ顔を手で隠した、が、明らかに笑いを堪えている。

「ま、ましてや何だってのよ!」

「イオ先輩が『成長途中だから仕方ない』って言ってました!!!」

 桜子を庇っているつもりか、慰めているつもりかレグルスがディオネに向かって叫んだ。

 桜子は枕に突っ伏して声にならない叫びを叩き付けた。


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