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柩に腰掛けて  作者: 棗
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「あなたはたった今お亡くなりになりました」

 夢というものをこんなに生々しく感じたことはなった。

 それとも「悪夢」といわれる夢だからリアルなのか。

もしくは、自分でも気が付いていなかったが、自殺願望でもあったのか?

 黒いスーツに黒いネクタイ。まるで葬式にでも行くような格好をしたあどけない少年が、少女のような可憐な笑顔で恐ろしいことを桜子に告げた。

「病んでるなぁ」

 ふと目が覚めて、枕の下の携帯電話で時間を確認しようと薄目を開けると、顔の前に少年がいたのだ。

 場所は桜子のベットの中。安らかに(?)眠っていた桜子の真正面。天井を背に顔から30センチと離れていないところにその少年彼女と向かい合わせで浮かんでいる。

 あまりにも現実離れした状態に、桜子の頭は疑問を感じることもなく夢だと確信した。

 桜子が叫びだしもぜず、かろうじて冷静で居られたのは夢だと分かっていたことと、そして少年があまりに綺麗だったからだろう。

 大理石から削り出したかのように滑らかで透き通った真っ白な肌。瞳は琥珀のように金色に輝き長い睫が影を落として、微かに潤んでいる。金色に近いブラウンの髪は硝子で出来たかのように艶やかに輝き、綺麗な卵形の輪郭をふわふわと包み込んでいる。

 頬は白桃のように柔らかな色合いでぷっくりとふくよかに膨らんでいる。

 現実離れした綺麗さというか、自分の部屋に少年がいることがしっくり来ない。舞台で演技でもしている方が余程相応しい。生活感が全く無いのだ。

 華奢な体は細身の漆黒のスーツがよく似合っている。ハーフパンツから出た膝小僧まで小さくて愛らしい。まるで制服か小学校の入学式のような格好だ。

「こんな弟が欲しいなぁ・・・」

 少年は一瞬きょとんとしたが、桜子の言葉を聞こえなかったことされてしまった。

 そして少年は上着の裾を楚々として直し、ネクタイの市を確認して再び仕切りなおすように満面の笑顔を浮かべた。

「飯沼柚子さん、おめでとうございます。あなたの願いは叶えられました」

「はぁ?イイヌマ?」

 自分でもびっくりするような素っ頓狂な声が出た。

「え?」

 胸の前で両手を祈るように組んでいた少年が笑顔のまま首をかしげる。

「あの。あたし角谷桜子です。飯沼さんはお隣ですけど?」

 桜子は少年の額と自分の額がぶつからないように気をつけながら、ゆっくりと体を起こした。寝たままでは失礼な気がしたのだ。

 その間も少年は一旦手元を見た後、大きな瞳で天井を見上げて何かを考え、しばらく彷徨わせていた視線を桜子に戻した。

「えっと・・・先日私どもと契約なさいましたよね?」

 訝しむように少し前屈みになり、誰かの耳を気にするように小声で確認をする。

「・・・・・・いいえ」

 とたんにただでさえ白い少年の顔が青ざめていく。血の引く音が聞こえそうだ。

 陥没しないかと心配したくなるほど少年は強く目を瞑り、右手の人差し指を顔の横でぐるぐる回しながら桜子を説得するように続けた。

「いいえ、あなたは飯沼柚子さんです」

「・・・嘘ついてあげてもいいんですけど、私は角谷です。お間違えですよ」

 なんとなく申し訳なくなり、小声になってしまう。

 少年の瞳に桜子が写りそうなくらい顔を近づけた少年は、懇願するように眉をハの字に下げ、関節が白く浮き出るほど強く握り締めた。

「本当に飯沼さんじゃない?」

 軽く身を引きながら頷く。

「残念ながら柚子さんはお隣のお姉さん」

 少年はキョロキョロと周りを見渡し、隣家が見える窓を見つけると瞳を細くして、見えにくい何かを探すような様子だったが、「あ」と焦ったように呟き、ゆっくりと桜子に視線を戻した。

 そして胸ポケットから手帳を取り出し、桜子の顔と手帳の中身と窓の外を4回見回して床の上へと着地した。

「どうしましょう」

 少年は泣きそうな顔でそう聞いてきた。

「どうしよう、僕あなたを殺してしまいました」

(こんな悪夢をみるなんて、やっぱりあたしは病んでるのか?)

 密かに心配している桜子の前で少年は拳を唇に当てて何やら呟いている。曰く「殺される」「ケイキが伸びる」物騒この上ない。

「契約者じゃないのに、殺しちゃったんです!」

「はぁ」

 何度も殺した殺したと言われても、殺された自覚もなければどうやら隣人と間違われたらしいことは察しが付いていたが、

「夢だし」

 思わず口をついて出た言葉が少年の耳朶に触れようだ。少年は躊躇うように何度か言葉を呑んだ後決心したのか、ネクタイを締め直し、器用に浮いたまま正座をして三度桜子の顔を盗み見るように見詰め、項垂れた。

「本当に本当に現実なんです。夢じゃないんです。申し訳ありません。僕飯沼さんと間違えてあなたの魂を奪っちゃいました。半分だけ」

「半分?」

「はい。師匠様がご契約なさってそれが遂行されたので、僕が代償を頂にきたんです」

「で、間違ったと?」

「はぁ、そのようで・・・」

 こんなにはっきりした夢見たことないな・・・。などと桜子が考えていると少年は「ごめんなさい」といいながら桜子の頬を打った。

 軽い衝撃の後に左の頬にじわりと広がる痛み。

「・・・いたい・・・?」

 そうだ、布団の感覚も、背中の枕の感覚もある。

 指を頬に当てると、頬の温かさとそれに反する指先の冷たさが感じられた。

 体を起こしたときの両腕にかかった体重もちゃんと感じていた。ただ当たり前すぎて意識していなかっただけだったのだ。

「夢じゃないんです!」

「嘘・・・」

 とたんに桜子の背中からベットのクッションやシーツや枕の感覚が消え、頼りない浮遊感が体を包んだ。泡の中に沈んでいくように何の抵抗もなくただ天井が離れていく。生温い湯船のなかへ沈んでいくようだ。

「ああ、意識をしっかり持ってください!あの世に逝っちゃいますよ!!」

 少年は慌てて桜子の左腕を掴んで引き上げた。

 少年の冷たい掌を腕に感じたが、重たい何かに無理やり意識を押し込められるように意識がゆっくりと暗転していく。

 体が動かない。唇が動かない・・・。

「あぁぁぁ、えっと僕の顔見てください。はい、あなたのお名前は?」

 急に頭の中に大鋸屑が詰まったように、何も考えられなくなり聞こえたままに、少年の顔というよりも琥珀色の瞳をただ見上げた。

「さく・・・ら・・・こ」

 喉の奥から小さく空気が漏れる。唇が動かない。発音できているか分からない。

「はい、サクラコさんですね。年齢は?」

「えっと、えっと家族構成は?」

 少年の顔が次第に曇り、大きな瞳に涙が浮かんで膨らんでいく。

(泣かせたらかわいそう)

 そう考えた瞬間、再び天井が近くなり背中にベッドの感覚が戻ってきた。枕の感覚も枕にかかる自分の体重もちゃんと感じることが出来た。ただ浮遊感に酔ってしまったのかひどく気持ちが悪い。

「そのまま意識をしっかり持ってくださいね」

 少年は桜子の腕を離すのがこわいのか、より強く掴んだままで大きく安堵のため息をついた。

 桜子は自分の顔に触れ、腕に触れ、震えている手を握ったり開いたりした後に、ベッドの中で体を起こして何度もクッションを確認した。

 また沈み込んでしまいそうで怖かった。

 自分の体を抱きしめて、何度も何度も確認するように呼吸を繰り返す。体が凍ってしまったかと思うほどに冷たい。

 布団を肩まで持ち上げる。本当は頭まで被って閉じこもってしまいたいが、この泣き虫の少年の前でそんなことをしたら、また泣かせてしまうような気がして出来ない。

 改めて少年を頭の先から爪先まで観察するように見詰めた。

 そこには照明を消した中では見えるはずも無いほどはっきりと少年の姿が浮かび上がっている。胸のポケットチーフの紅い色も、金に近い琥珀色の瞳も大理石のとうな肌の色も白桃の頬も暗闇の中では、月明かりくらいでは判別できるはずが無い。

 急に胸が嫌な痛みで締め付けられた。心臓が頭の中で脈を打っているようだ。

「あたし・・・死んだの?夢じゃないの?」

 声が絡んで上手く出ない。

「死んじゃったの?」


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