脅迫
「奥さんが誰かに恨まれるようなことはありましたか?」と、嘉渡が訊いた。一軒家の玄関先では、背中に当たる寒風と室内の暖かい空気が混ざり合う。
「正直ないとはいえません。仕事が仕事ですから」
「脅迫などは?」
「たまにですが、電話や手紙がありました」
被害者の夫は、憔悴しきった様子だった。
「浮気は?」
「え?」
「浮気です。奥さんは、浮気をしていましたか?」
「ないと思いますが……」
「そう、ご協力に感謝します」
そういうと、彼女は握手を交わしてゆっくりとした口調で言った。
「奥さんが切断されたのは、ご存じ?」
「え?」
彼は呆けたような顔で彼女を見たあと、握手したまま咽び泣いた。
「ありがとう、なにかあれば連絡ください」
振り払うようにして手を解いた彼女は、名刺を渡してその場を去った。
――
「なんであんなことを聞いたんですか?」
「あの人は多分犯人じゃないわ」
「は?」
「切断について聞いたとき握手の手が緩んだの」
「それが?」
「想像を超えていた話だったということよ。自分が関わっていたのであれば、緊張して一瞬でも硬くなるはずよ」
「なるほど……」
合理的といえば合理的なのだろうが、釈然とはしない。とはいえ、強い嫌悪感を抱く気にもなれなかった。年のせいだろうか、捜査方法の違いぐらいで腹に収めようとしている。もしかして、術後の経過でも悪いのか?
「どこ触ってるのよ。トイレ?」
無意識に股間に手が伸びていた。
「いや、手術してね。まだ痛むんだ」
「そう……なんの手術?」
「パイプカット」
「ふうん……なぜ?」
「これ以上、子供を作る余裕はないんでね」
「そんなにいるの?」
「前妻との間に一人、今の女房との間に二人」
「ふうん……ちょっと待って。いま署長から連絡が入ったわ。本件について語るジャーナリストがテレビに出ているそうよ」
そういうと、彼女はスマホの画面を俺に近付けた。
――
「君にチャンスを与えよう」
電話越しの声に聞き覚えはなかった。
「本当にアンタが殺ったのか?」
静まり返った深夜のオフィス。
自分の声が響き渡るようで鳥肌が立つ。
「信じないのかい? 報道の前にメールを見たのだろう?」
「ああ」
「それでも信じないのであれば、他のジャーナリストにチャンスを与えるまでだ」
「分かった、信じるよ。それで、次は何をやらかす気なんだ? いや、その前になぜ前野洋子を殺す必要があった? それから下半身は誰なんだ?」
「まずはメールを開きなさい。そして、その情報を公にしなさい」
そういうと、電話が切れた。俺は受信箱を開く。その中には、救済者を名乗る人物の二通目のメールが届いていた。俺は、文章を漁るようにして読んだ。
「まじかよ……」
添付されてる映像のファイルを開く。
そこには、おぞましい光景が広がっていた。