二つの遺体
横たわった遺体は、ロングコートを纏っていた。
季節がら、素足であることに底冷えを感じさせる。
(どっかで見た気が……)
記憶を辿ってみたが取り調べをした中にはいない。まあ、覚えていられるだけの数でもないから、印象に残っていないだけなのかもしれないが。
「詳しいことは、検視待ちだな」
絞殺の可能性を伺わせる痕が首元に見えたが結果を踏まえて捜査に当たった方がバイアスが掛からなくていい。あっち側の運んでいいかという問いに頷きタンカに載せられる様子を眺めていると、ずり落ちるようにして遺体がくの字になった。
「切断されていたのか……」
切り口は鮮やかなものだった。すでに出血が無いことから、それなりに犯行時刻は経っていることだろう。よく見てみればコートの中は何も身に付けてはいない。全裸にしてから凶行に及んだことが容易に想像が付く。何より気になったことは、上半身に比べて下半身が異様に細く傷だらけなことだった。
「いずれにしても、結果を踏まえてだな」
憎悪を掻き消すように俺は鼻で溜息を吐いて歩き出した――
「今は捜査中なので通行できません」
「ドナーが見つかったの! お願いだから通して!!」
橋のたもとでは、バリケードを挟んで女同士が言い合いをしていた。
「どうかしましたか?」
「あなたは?」
「向こう側……未佐尾の刑事です。南波といいます」
バリケード内の彼女に手帳を見せる。年の頃30代ぐらいだろうか。顎を上げて覗き込んで来る姿に俺は後退りしそうになってしまった。
「私は嘉渡。倫裡の刑事よ。なにかしら?」
「なんの話をしていたんですか?」
「旦那さんのドナーが見つかったらしいの。今は捜査中だから通せないって伝えているところよ」
「それって、一刻を争うんじゃないですか?」
「それが?」
「生きてる人間と死んでる人間、どっちが大事なんですか?」
「死んでる人間」
「なっ……」
「私がサインをしないと手術が受けられないの!! 時間がないの!!」
割って入って来た声に目を向けると、遺体の女性と年は然ほど変わらないように見えた。取る物も取りあえずの様子から必死さが伝わってくる。
「捜査中なので通行できません」
「そんなこと言わないで、お願い!!」
「ああ、嘉渡さん。遺体を確認してもらえませんか? 切断されていたようなんです。ここは私に任せて確認して頂けませんか? 死体の方……事件の方が大事なんでしょ?」
考えを巡らせた彼女は、クルリと向きを変えて歩き出した。俺は、その後ろ姿を呆れながら見送りバリケード越しに尋ねた。
「奥さん。車はどちらに?」
「直ぐそこに」
「では、私が誘導しましょう」
「ああ、ありがとうございます!! 」