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1.


 リルル。おい、リルル。ボーっとしてるんじゃない。寝ているのか?

 おい!



 遠くで声が聞こえてきて、ハッとする。

 急激に意識が戻って、目の焦点が合わない。

 リルルメイサは瞬きをパチパチとした。

 目の前に新聞があった。

 カフェのテーブルの上だ。オープンテラスのスペースにあるテーブルだ。


「おい、聞いてるのか」


 聞き覚えのある声がして、顔を横に向ける。

 そこには、懐かしい顔があった。


「あ、アルベール……?」

「なんだ」


 生きている。生きて、動いて、喋っている。

 確かにあの日、遺体安置所で物言わぬ骸となっていた人が、そこに居た。


「うそ、生きてる……」

「はぁ? ふざけてんのか」


 食い入るように見つめても、やっぱり生きている。

 あの時、安置所で見えなかった瞳は煌めいていて、生命力が輝いていた。そして、しっかりとこっちを見ている。

 あの時は色を失っていた唇も、皮肉げに歪んだ笑みを浮かべる。

 感激でじわり、とリルルメイサの瞳に涙が溢れてきた。


「夢なのかしら。それとも、まだ死んでない……?」

「おい、さっきから何なんだ。人を勝手に殺すな」


 目の前の新聞には、ジョシュアが伯爵令嬢ヴィーラと婚約したと書かれてある。

 しかし注視すべきはその日付だ。新聞をガバッともち上げて日付を読み上げる。


「王国暦八百二十二年、十一月八日!」


 さっきまで、四月だった。今日から四月だとソフィアが言っていたのでよく覚えている。

 そして、アルベールが亡くなったのは王国暦八百二十三年の三月だ。

 本当に、時間を飛び越えてしまったのかもしれない。

 本当は死んでいるけれど、白昼夢でも見ているのかしら。

 自分のほっぺを引っ張ろうと、リルルメイサは手で頬を掴んだ。

 するとアルベールが慌てて止めた。


「何やってんだ、やめろ」


 リルルメイサの手を取って頬から引きはがす。

 その手には、温度があった。

 温かい。

 あの時触れた彼の身体は、冷たくて命が失われていた。


「命……」

「はぁ? おい、そんなこと言ってふざけても話は終わらないぞ。って、おい、泣くなよ!」


 確かに死んでいたアルベールが生きているのだと分かると、リルルメイサの両目から涙が溢れ出た。

 その時、少し離れたテーブルから見守ってくれていたソフィアが駆け付けてきた。


「お嬢さま! どうされたんですか、また嫌なことを言われて苛められたんですか?」


 付添人として控えていたが、リルルメイサが泣き出したので様子を見に来たのだろう。ハンカチで涙を拭きながら訊ねてくれたが、首を横に振った。


「いいえ。違うの」

「今日はもう帰りますか? 話なんてせずに帰っていいですよ」


 ソフィアの暴言に、アルベールがキツい視線になる。


「いくらお前が泣こうとも、兄貴が婚約した事実は変わらんからな。諦めるんだな」

「それは分かってるわ。それより、話があるの。どうしても聞いてもらわなくちゃいけないの。ソフィアも一緒に聞いて」

「分かりました。でもどうしたんですか、お嬢さま」


 ソフィアはアルベールがトランクケースを置いていた椅子に座り、膝の上にそのトランクを抱えた。

 だが、アルベールは唇を歪めた。


「何故俺が、こんな無礼な使用人と一緒に話を聞かなきゃいけないんだ」


 このままでは、話を聞いても貰えずアルベールが立ち去るかもしれない。

 リルルメイサは焦って、先ほどから繋がれたままの手を、更に両手でぎゅっと握って言った。


「話を聞いてもらえるまで、この手を離さないわ!」

「……ぐぅっ」


 何故かアルベールが妙な呻き声を出した。

 どうしたのだろう、と不思議に思って顔を見ると焦った様子だった。彼のそんな狼狽えた姿を見るのは初めてだ。

 ソフィアが妙に冷めた声を出す。


「アルベールさま、何か喜んでます?」

「……別に、喜んでなんかいない! だが、そこまで言うなら話は聞いてやろう」

「ありがとう、アルベール。貴方は来年三月に死にます」

「はあ⁉」


 全く信じていない様子の二人に、リルルメイサは説明した。ジョシュアに見せてもらった調査報告書をそのまま告げたのだ。

 最後まで告げると、アルベールは嫌味な笑い方をした。


「つまり、このままだと俺は王都からの帰路で馬車の事故に遭って死ぬと」

「そう!」


 分かってくれたのかと勢い込んで同意したが、帰ってきたのは冷笑だった。


「馬鹿馬鹿しい。そんなことが信じられるか」

「お嬢さま、タイムトラベルの冒険小説でもお読みになられたんですか」

「ソフィアまで……」


 信じて貰えないようだ。

 それもそうだ。こんなこと、誰が信じるだろう。

 でも、それでも。事態を変えたい。

 リルルメイサは必死に続けた。


「アルベールは事業の為に私と婚姻関係を結びたいのよね? でも大丈夫。そんなことをしなくても、アシュレイ商会は協力するしきっと事業は成功するわ。お父さまが腕の見せ所だって言ってたもの」

「婚約をしたくないから、こんな話を持ち出したのか。リルル」


 アルベールの声は低くなっている。瞳が怒りに煌めいているようだ。

 リルルメイサは何故か弁解しなければ、という気持ちになって口を開いた。


「だって、帰ってきたら婚約しようって話だったから。それが無かったら、事故も起こらないしアルベールも死なないだろうから」


 焦って早口で言い訳がましく述べると、彼は少し黙り込んで考えた。

 こういう時、彼はリルルメイサとは頭脳の出来が違うと見せてくるのでヒヤリとする。意地悪に関しても、悪魔的なキレがあった。機転がきくし、鋭い弁舌も出来る。

 嫌なことを言われなければいいのだが、と首をすくめていると、アルベールは意地の悪そうな笑みを浮かべた。


「つまり、お前は過去を変えたいわけだ。婚約の約束をして王都に行き、戻って来る途中に事故を起こすというその過程を」

「過去、になるのかな。分からないけど、変えたいのはその通りよ」

「だったら、以前と違うことをすればいい」


 それはそうかもしれない。だが、アルベールの表情はとびっきりの意地悪をするときのものになっている。

 思わず手を引っ込めようとするリルルメイサ。

 だが、その手はぐっと握られ離してもらえなかった。


「前と違うことって、アルベール。どうするつもりなの……」

「以前は、俺が帰ってきてから婚約をしようって話になったんだな」

「そうよ」

「だったら、今してしまえばいい。王都に向かう前に婚約して、何ならお前も一緒に行けばいい、リルル」

「そんなぁ!」


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