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6.


 執務室の中には、リルルメイサとジョシュアの二人だけが入室した。


「私は外で控えております」


 ソフィアが殊勝にそう言ったので、頷いて中のソファに座る。

 ジョシュアが書類を手渡してくれた。


「これが調査報告書だよ。馬車にもアルベール本人にも、保険がかかっていたからね。保険会社は詳しく調査したし、我が家からも別口で調査はかけた。何故アルベールが死ななければいけなかったのか。何か過失があったのか。誰の責任なのか」

「っ……」


 そこまで詳しく調べているのか、と今更ながらに思い当たる。それならリルルメイサの出る幕などない。

 けれど、本当に少しでも呪いの可能性はないのだろうか。

 書類には、アルベールがいつ王都を出て、どこに立ち寄ってどういう足取りだったのか、詳細が記載されていた。

 ページをめくっていくと、ジョシュアが説明してくれる。


「アルベールは宝石店で指輪を受け取るとすぐ領地に戻ることにしたようだ。どこにも寄らず、一直線にこっちに向かっている。そんなにリルルに早く指輪を渡したかったのかな」

「……指輪を? でも私、そんな話は何も聞いていなかったの」


 彼が指輪をくれることも知らなかった。

 夫人に押し付けられるように頂いた指輪は、父に預かってもらっている。とてもじゃないがはめることなど出来ない。気持ち的に無理だ。


「事故は、山道で起こった。突然、がけ崩れが起こって馬車ごと崖下に転落したんだ。しかし、その馬車がアルベールの身体だけは守ってくれた。御者は遥か下に流され、後から発見された遺体は酷いものだった」

「……その山道を通らなければ、事故に遭わなかったのね」

「山の天気は変わりやすい。行けると思った行程だが、その日は突然大雨になったらしい。その前に雨が降っていたら、アルベールが急がず旅をしていたら、ともしもを言い出したらキリがない」

「この御者の方、伯爵家の方じゃないのね」


 書類には亡くなった御者についても記載されていた。名前はチャーリー・チャーチ。なんだか語呂がいい名前なのでフと気になった。伯爵家の使用人ではなく、また家族も居ない天涯孤独の身と書いてあった。


「ああ。アルベールが王都で気に入って、よく使っていた御者らしい。うちの御者だったらまた違った結末になったかもしれないが、それも今言ってもどうしようもないだろう」


 書類を見ても、呪いのハンカチが何かを及ぼしたとはどこにも書かれていない。

 でも、アルベールのトランクには捨てた筈の呪いのハンカチが入っていた。それは謎のままだ。

 じっと考え込んでいると、ジョシュアが溜息と共に立ち上がった。


「過去ばかりを振り返えらず、前向きにやっていかなければならないとは分かっている。だが、どうにもやりきれない」

「ジョシュアお兄さま」

「おいで、リルル」


 ジョシュアが両手を広げて誘っている。

 子供の頃は、走って彼の胸に飛び込んでいた。抱っこしてもらって、抱きついていた。

 アルベールにはそれをいつも怒られ、嫌味を言われていた。

 リルルメイサは静かに近づいて、そっと抱擁した。ジョシュアには慰めを必要としていると感じたからだ。

 彼が思い出話をする。


「リルルを可愛がると、いつもアルベールが焼きもちを焼いて怒っていた。それなのにあいつはリルルをいじめてばかりで、全く気難しやだった」

「ジョシュアお兄さまを取られると思ったのね」

「ふふ、そうじゃないよ。可愛いリルル」


 リルルのプラチナブロンドの髪を撫でて、ジョシュアは淡い微笑みを浮かべる。

 ジョシュアと寄り添っていると、ノックの音が響いた。


「ジョシュアさま、お客人を連れてくるようお義母さまがお呼びですわ」


 またヴィーラの声だ。

 彼女はジョシュアを常にマークし、誰をも寄せ付けないようにしているのだろうか。


「……行きましょうか」

「ああ」


 ジョシュアが扉を開けると、そこにはヴィーラだけでソフィアは居なかった。どこへ行ったのだろうときょろきょろしたが、姿が見当たらない。

 そのまま義母の部屋に向かうと、義母はベッドに腰かけてぼんやりとしていた。


「ヘイズウェイ夫人……」


 家名で呼びかけても、ぼんやりしている。

 しかし、ヴィーラが声を出した瞬間、それは一変した。


「今日は落ち着かれているようだわ」


 その声が聞こえた瞬間、夫人は身体を震わせて興奮し始めた。


「その女を追い出して頂戴!」

「え……」

「この泥棒猫! これ以上屋敷から盗みをさせないわ!」

「えっ、えっ」


 夫人が指を指したのは、リルルメイサだった。

 驚いてきょろきょろするが、夫人は興奮して金切り声を出した。


「その女が私からアルベールを取ったのよ! ジョシュアは取らせないわ!」

「……母上に鎮静剤を。行こう、リルル」


 その後で会った伯爵も、やつれて年齢より老けて見えた。ついこの間までは、若々しく元気だったのに。


「妻は精神的なショックで気鬱の病になったらしい。少し離れた郊外の別荘で療養させようと思っているんだ」


 そう疲れたように言う伯爵に、何も言えることはなかった。



 そろそろお暇します、と切り出した時、ジョシュアは残念そうだった。


「夕食も一緒にしていけばいいのに」

「今日は帰ります」

「そうか。では次はきっと。君は僕の慰めなんだよ、リルル。昔から、リルルは僕の心を癒してくれていた」


 幼い頃から、甘やかしてくれるジョシュアが大好きだった。

 それを戒めるのはアルベール。

 ジョシュアは誰にでも親切だから甘やかしているのだ、とアルベールは言っていたが、癒しになっていたとは。

 これも、彼の誤解なのだったら伝えたいなと思った。でも、また焼きもちを焼いて怒ってしまうだろうな、とも。


「アルベールがまた、焼きもちを焼くかしら」

「……そうだね」

「お嬢さま、そろそろ」


 どこかに行っていたソフィアが催促して、伯爵家を辞す。

 馬車の中で、ソフィアは怒涛のお喋りを始めた。


「女中部屋に探りに行ったんですよ! 聞き込み調査ってやつです。そしたらもう、あの女狐が酷いのなんのって。屋敷を牛耳って、奥さま付きの使用人はクビにしていってるらしいですよ。それで、自分の子飼いのメイドを増やしていってるとか」

「すごいわね、ソフィアは。探偵の才能があるかもしれないわね」


 素直に感心すると、ソフィアはえっへんと胸を張って言った。


「それで、私、推理したんですよ。多分、伯爵夫人が精神的におかしくなってるのも、あの女のせいじゃないかって思うんですよね。全ては伯爵家を乗っ取る為に、仕組んでいるんですよ!」

「伯爵家を乗っ取るなら、夫人より伯爵本人をおかしくした方がいいんじゃないかしら」

「うっ……、お嬢さまのくせに鋭い指摘をしてくるじゃないですか。それは、その~。やりやすい、弱い所から攻めてるんじゃにでしょうか」

「そうかしら。流石に婚約者の身分でそんなことをしたら、ジョシュア兄さまが気付いて止めるんじゃないかしら」

「それは~、やっぱり女同士のことだから、ジョシュアさまと伯爵さまは気付かないとか……」

「じゃあジョシュアお兄さまに教えて差し上げましょう」

「もー、お嬢様。そんなに詰めてこないでくださいよ」


 詰めたつもりはないのだが。しかし流石に穴だらけで推理にもなっていないとソフィアは認めたようだ。

 リルルメイサは宥めるように言ってあげる。


「でもあのお屋敷の中は、今までにない雰囲気ではあったわ」

「そうですよね! 絶対、何かありますよ」


 その何かが分からないのだが。

 そんな話をしていると、遠くからゴロゴロと雷の音が聞こえてきた。御者台から声がかかる。


「少し、速度をあげます」

「ええ、分かったわ」


 どうやら夕立が近いようだ。フランクが言った通りになりそうだ。

 屋敷に着く頃には、ぽつぽつと降り出していた。本当に予報通りだった。馬車から降りて感嘆の声をあげる。


「すごいわ、フランク。お天気が分かるのね」

「……なんとなく、です」

「それでもすごいわ。これからも、よろしくね」


 彼は嬉しそうに無言で頷いた。


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