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4.



 その日の夕食は、父と一緒だった。

 当然のように、礼拝堂の掃除を手伝っていることは父にも報告がいっていた。


「片付けはどうかな」

「もう終わったので、来なくて良いと言われたわ」


「よしよし。片付けが終わったご褒美だ。どこかに連れて行ってあげよう。何か欲しいものは無いかな? 美味しいお店も新しく作ったんだ、家族で行ってみよう」

「それでしたら、プレイストン伯爵家に伺いたいわ」

「それは。もう忘れて、関わらないのが一番じゃないか。終わったことだろう、リルル」


 父はもう、アルベールのことは忘れてしまえと言っている。


『甘やかされすぎて、都合の悪いことを見て見ぬふりか。愚鈍で怠惰で最低だ』


 また彼の声が頭の中でする。これは、呪いの後遺症なのだろうか。


「神官さまは、納得するまで調べることが遺された者の為だとおっしゃっていたの」

「ふぅむ、それも一理あるが。事故のことはこちらでも調査したんだ。怪しいことは何もなかった。それをなぞって、リルルは納得できるかい?」


 それは分からない。けれど、目の光のない神官が自分もそうしたと言っていた。

 彼も、何らかの折り合いをつけたのだろう。


「……私、調べてみたいわ。自分とは関係のない所で事故が起こって、それは仕方のなかったことだと納得したいの」

「では、調査が終わったらもう彼のことは忘れる。伯爵家とも親密に関わらない。それが約束できるなら許そう」


 流石、やり手商人の父だ。一つの許しに二つ条件を付けてきた。

 こくりと頷いてから、確認する。


「でも、良いの? 伯爵家と親密になった方が、商会の為になるでしょう」

「なんだって! 誰がリルルにそんなことを言ったんだい?」


 父がカトラリーを投げ出す勢いで皿の上に置いた。

 その真剣な表情に、たじたじとなりながら思い出す。


「えっと、最初に言ったのはアルベールで、その次はジェイコブかしら……」


 ジェイコブはアシュレイ商会の大番頭だ。先代の祖父からずっと仕えていて、商会を大きくかつ安定させることに心血を注いでいる。

 あの日、最後に会った時。

 カフェで新聞を見せられ、アルベールの兄の婚約を知らされた。もういくら兄がお前を甘やかそうと、他の女の物になったのだから近付くなと言われて悲しい気持ちになった。

 アルベール曰くでは、婚約者がいる男性に近付くのはいけないことらしい。

 その後、リルルメイサたちも婚約するべきだと説得された。

 アルベールの論調はこのようなものだった。


 次の大きな事業は、この国どころか世界をも一変させる規模だ。それには伯爵家だけでも、商会だけでも上手くやっていけない。二つの力を合わせなければいけない。その為には、結婚が一番だ。嘘だと思うなら、商会の誰かにも聞いてみろ。お前を甘やかさない誰かの意見だぞ。

 アルベールにそんな話をされた後、商会に寄ってジェイコブの話を聞いたのだった。

 ジェイコブにアルベールとの結婚は商会の役に立つか聞いてみたら、今までになく興奮していた。


『そりゃあ、役に立つなんてもんじゃないですよ! これはすごいことですよ、お嬢さま。本当に国が、世界が変わります。今までは移動も輸送も、馬車か人力か、とにかく馬力が全てだったんです。それを全部機械にしようって話ですよ。それを我らアシュレイ商会の手で出来る! ただの一商会じゃあこの事業に関わることも出来ません。大貴族の名の下に動けるってんなら、うちが王都一、世界一の商会になりますよ!』


 詳しい事業の説明は分からなかったが、婚約してそのまま結婚した方が良いのだと理解した。だが、アルベールと結婚はしたくない。


『アルベールと結婚したって、上手くいきっこないわ……』

『お嬢さま。お嬢様の着てる服も食べてる物も全て、アシュレイ商会が稼いだから得られているんです。人生で一度くらい、我慢してください。他の者は皆、ずっとずっと辛抱してるんです。お嬢さまが一回辛抱したら、世界が豊かになれるかもしれないんですよ!』

『分かったわ……』


 アルベールから、正式に婚約を申し込む書面が父に届いた時、人生で一回の我慢だと思って頷いた。父にも兄にも確認されたが、それで良いと答えた。

 伯爵家も乗り気だったので、とんとん拍子に話は進んで社交シーズンが終わり、アルベールが領地に戻って来たら婚約式を行う手はずだったのだ。

 話を聞いた父は、ギリギリと歯噛みをした。


「あの野郎! ジェイコブめ。許さん!」

「お父さま。でもジェイコブの言ったことは正しいのでしょう?」


 確認すると、父はリルルメイサをじっと見つめた。慈しむ眼差しだった。


「確かに、その手もある。だが、別の手だっていくらでもある」

「いくらでも?」

「そうだ。うちの商会を舐めてもらっちゃ困る。大体、娘を不幸せにしてまで発展なんてする必要なんかないとも。リルルはそんなこと考えなくて良いんだ」

「じゃあ、私が結婚しなくても、その事業が発展する方法はあったの?」


 確認すると、父は大きく頷いた。


「当然だとも。現に今、アルベールが亡くなってリルルが伯爵家と関わらないままでも、事業は進んでいく。そこは父さまの腕の見せ所だな」


 痩せぎすで力こぶなど無いのに、父はおどけて腕を曲げて見せた。

 部屋に戻ってから、このことをアルベールに教えてあげたかったな、と考える。

 彼は、結婚しなければ事業は成功しないと考えているようだった。そんなことしなくても大丈夫だと伝えてあげたい。そうすれば、婚約が嫌で彼を呪うことも無いだろうから。



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