3.
夕食は一人の時もあれば、父か兄、もしくは両方が一緒の時もある。
アルベールが亡くなってからは、二人のうちどちらかが夜に在宅しリルルメイサと共に食事を取ろうとスケジュールを調整してくれていた。二人共忙しいのに、とても優しい。
今日は兄のイーサンが一緒の日だ。
六歳上のイーサンは、リルルメイサとは違って優秀で既に父の片腕として頭角を現しているらしい。おそらく、父に似たのだろう。
リルルメイサは母に似ているらしい。少々ぼんやりしたところもとても一人ではやっていけそうにないのんびりしたところも母に似ているとかで、父兄はそこが可愛いとか、そのままでいいと言ってくれている。
『いつまでもボサッとしてるんじゃない。このままずっと家族の世話になるつもりか。少しは自立しろ』
ただ一人、罵ってきていた人は、もう居ない。
「……また落ち込んだ顔をしているよ、リルル」
気付けば食事の手を止めていたようだ。
料理人たちが作ってくれた、最高級の食材だけを使われたディナーを口にする。一時期は食欲が落ちていたが、今ではすっかり戻ったので量も食べられる。
「いいえ。私、いつでも食欲はあるのよ。病気の時だって、食欲が無くならなくて」
「それが一番だよ、リルル。たくさんお食べ」
兄も父も、リルルメイサが食事をたくさん取ると喜んでくれる。もっと食べろとお代わりも進めてくれる。
それは遠慮したが、デザートまでしっかり食べてから兄に今日のことを告げた。
「今日、神殿をハシゴしたの」
「ハハハ。それはたくさんご利益がありそうだね」
「それで、うちの礼拝堂を片付けた方が良いと思ったんだけれど、フランクを借りてもいいかしら」
フランクは屋敷の下男だ。
元は、商会の方で勤めていたのだが、とにかく口下手で口が重い。身体は人より大きく目立つのに、商会では必須の愛想がなく機転もきかない。それは少々愚鈍のように周囲に印象付けられ、商会の同輩に苛められていた。
それならあまり口をきかなくてもいい屋敷の下働きはどうだろう、と配置転換をしたところ、上手くやれるようになったのだ。
フランクなら片付けなどの力仕事にはうってつけだと思ったのだが、イーサンは少し渋った。
「フランクも男だからな。リルルとずっと一緒に居て、妙な気でも起こしたら頂けない」
「お兄さま、そんな心配は無用ですわ。神官さまも、ソフィアもいるんだから」
「シャリオス神官だって、若い男だろう。絶対二人きりになってはいけないよ。心配だな」
兄の心配性は無限大のところまできている。
男は皆、妹のことを好きになって攫ってしまうのではないかと考えているらしい。
『お前に近付くのは金目当ての男だ、簡単に騙されているんじゃない』
死んでもなお、アルベールの声は聞こえ続けている。
「アルベールは……」
「もう忘れよう、リルル。昔の彼は意地が悪かったし、大きくなってからはそこまで親密じゃなかっただろう」
遮るようにそう言われた。アルベールとイーサンは年が同じだったので、昔の彼の所業もよく知っていた。
成長してからは、アルベールも賢くなったので、イーサンには本性を現わさずリルルメイサにだけ意地悪を続けていた。その積年の恨みが、呪いという形に繋がったのかもしれない。
「でも、私のせいかもしれないから……」
「分かった。リルルの気が済むなら、礼拝堂を片付けて良いしフランクに手伝わせよう」
「ありがとう、お兄さま」
「くれぐれも気を付けるんだよ。シャリオス神官も、気の毒な方だが深入りはしないように」
「はい、お兄さま」
何が気の毒かは分からないが、深入りするなという言葉に従った。
***
翌日からソフィアの指揮の元、礼拝堂兼住居の片付けが始まった。
シャリオス神官は「適当でいい」と何ら動こうともしなかった。
「こういうのは、何も見ずに全部突っ込んでしまえばいいんですよ」
ソフィアは大胆にもそう宣言し、全てを箱に詰めて物置に積むよう指示した。
フランクは黙々とそれに従って動いていく。
リルルメイサは、昔の書物や面白そうな読み物を見つけては読みふけっていた。
「お嬢さま、余計に散らかしてどうするんですか」
「昔の本って面白いわね」
「はぁ、まあ数冊ならいいですよ。屋敷に持って帰って読んでも。私も面白そうなの持って帰ろうっと」
「そうしましょ」
片付けも何も、荷物を全て物置にぶちこんだだけなので数日の作業で終わった。
「神官さま、次はどうしますか」
確認すると、シャリオスは歯切れ悪く言う。
「あ~……、まだ事故に納得がいってないのか」
「はい。私がそう願ったというのは、消せない事実ですので」
するとシャリオスは次にこう言い出した。
「だったら、次は納得いくまで事故のことを調べるべきだな」
「事故のことを、調べる……?」
ソフィアが口を出す。
「警吏も伯爵家も、商会でも調べたけど全てが偶然の事故だったって調査結果が出てましたよ」
「まあそうだろうな。事故なんてそんなもんだ。だが、君とは関係のない所で、どう阻止しようもなく事故が起こったのだと、徹底的に調べるべきだ。それが遺された者の為になるだろう」
「でも、そんなこと、勝手に調べても良いのでしょうか」
確認すると、シャリオスは死んだ目のまま雑に言った。
「構わねえだろ、別に。気になるなら最初に伯爵家に行って確認をすればいい」
面倒くさいのか、口調も構わなくなってきた。
およそ神官らしくない破戒神官は、また長椅子で横になった。
ソフィアがそれを見ながら口を開く。
「まあでも、理には適ってるような気もします。お嬢さまが納得されるってのが一番ですからね」
「……俺の時も、そうした」
「え?」
シャリオスがボソッと呟いたが、よく分からなかった。
尋ね返したが、彼は手だけ伸ばしてこちらにシッシッと追い払う素振りを見せた。
「もう来なくて良いからな」
絶大な富と権力を持つ商会の娘に、そんなことを言えるのはすごいな、と思った。