2.
彼の前置きに、思わず不服そうな声を出してしまう。
「えぇ~……」
「まあ聞け。一番最初に死んだ時から、それでも離したくないと思っていた程だ。だったら、時間を遡ったから変化したんじゃない。君と触れ合う時間が長くなるほど、地の部分を見せてきているんだろう」
「地の部分?」
「そうだ。今までは取り繕って、冷たくて態度が悪かった。君のことなんて何とも思っていない、という風だったろう」
「そうよ」
今までは、本当に態度が悪かった。
しかし、一緒に居る時間が重なるにつれて、段々態度が変わっていった。
「君と居ると、恰好をつける余裕がなくなった。もっと一緒に居たいから何でもする。その為には殴られようがナイフで刺されようが、ってことだ」
「ってことだ、って言われても全然理解出来ないんだけど⁉」
リルルメイサには理解不能な思考だった。
「まあとにかく、死んでも諦めないってほど愛されているんだ。君が結婚を断わろうと、どんな手でも使いそうだな」
「こわい、こわいって」
「諦めろ」
「あの、どうにかならないかしら?」
一応、尋ねてみる。
シャリオスはまたしれっと言った。
「一番最初に、アルベールを死んだままにしておかなかった時点で君の負けだ」
「勝ち負けの話なの?」
「そんなもんだろう。ま、それほど愛してくれる男と巡り合えるのもなかなか無い機会だろう。窮屈な愛に溺れるのもいいんじゃないか」
完全に、他人事だからどうでもいい感が出ている。
「……さっき、困った時には助けてくれるって言ってたのに」
「出来る限り、解決するよう助けると言ったんだ。今回は、諦めて愛されていろ」
「………………」
シャリオスは肩をポンと叩いて感謝の意を込めると、そのまま去って行った。
確かに、最初にアルベールを死んだままにしておかなかったのがいけなかったのだろう。でも、助ける方法があるのにそのまま放っておくなんて出来そうもなかった。
そこまで考えて、ハッとする。
助ける方法は、母の書いたメモだった。
ではあれは、母が助けた方がいいと不思議な力を示してくれたとは考えられないだろうか。
きっとそうだ。アルベールが死ぬのは嫌だったし、それで良いことにしよう。
彼の重く深い気持ちについては先送りし、とりあえず自室に戻った。
すると、今まで何度探しても見つからなかったあの母のメモが、机の上に置いてあった。
「えっ! どうして」
信じられない思いで、そのメモを見る。
そして二度見した。
前と、違ったことが書いてあったのだ。
~過去の自分を助けてあげる方法~
1.物置にある背表紙が真っ白の本を見つける
2.目を瞑ってパッと開いたページに飛び込む
※助けに行くに相応しい恰好、準備をしておくと良し
確か、前に書いてあったのは『あの時ああ言えば良かったと思い出す時のおまじない』だった。
これを試すと、ひょっとしたらまた何かが変わる?
この屋敷には、不思議なことが起こると使用人たちの間でよく言われている。ソフィアも言っていた。
だが、リルルメイサには何が不思議でどれがそうでないかは、よく分かっていなかった。
今、この状況こそが不思議なのではないだろうか。
メモを見ながら立ち尽くしていると、ノックの音がしてソフィアが入ってきた。
「お嬢さま、奴が来ましたよ。婚約の申し込みですよきっと! このままでいいんですか」
「えっ、ソフィア。今はいつかしら……」
「もう、何言ってるんですかお嬢さまったら。ああ、一応お着換えしましょうか。その外出着は客人を迎え入れるのには相応しくありません」
「そうね」
今からアルベールと会うなら、貴人と対面するに相応しい装いが必要になる。
気軽に裏庭に出向く為の、子供っぽいワンピースではいけないのだ。
だが、脱ごうとした時にノックが聞こえた。
ソフィアが応じる。
「はい、今お嬢さまはお着換え中です。後にしてください」
しかし、扉はそのまま開いた。
驚いて目を丸くするが、アルベールがするりと入室してきた。
まだ怪我は治っていないようで、シャツは着ているがジャケットは肩から羽織っている。
シャツの中の肉体は、鍛えていることを見て知ってしまった。それを思い出すと、ちょっと恥ずかしくなってフイっと顔を背ける。
ソフィアは、目を吊り上げて怒鳴りだした。
「ちょっと! 礼儀知らずにも程があるでしょう! 早く出て行ってください!」
「リルル、そのワンピース姿も可愛いな」
「えっ……」
散々、馬鹿にされていたような、昔ながらのワンピースなのに。
彼のことを怖いと思っているのは本当なのに。
でも、こんなに見つめられるとドキドキしてソワソワしてしまう。どうしてだろう、彼の視線に温度があるように感じるのは。
チラリとアルベールを見上げた後、また目を逸らす。だが、彼はじっと視線をこちらに向けていると感じた。
今はもう、完全に恥ずかしくなっていた。こんなに見ないでほしい。
くるりと後ろを向いて言う。
「着替えるから、出て行って……」
「俺は構わないのに」
そう言うアルベールに、ソフィアが再び怒鳴る。
「アルベールさま! 節度ある態度を取ってくださいよ! 早く出て行って!」
「分かったよ。恥ずかしがってるリルルも可愛い」
去って行く足音がして、扉がバタンと閉められた。
「全く、こんなことじゃお嬢さまの貞操がすぐにでも危なくなりそうですよ。って、お嬢さま。そんな顔を真っ赤にして! これじゃあ奴の好きにされてしまいますよ!」
「そんなこと言われても、どうしていいか分からないわ。どうしよう、ソフィア……」
「お嬢さま、気を確かに。奴は性格がめちゃくちゃ悪いろくでもない男ですよ」
「分かってはいるんだけど。何だか、恥ずかしくてアルベールの前に居るのが嫌だわ」
すると、ソフィアは(あちゃ~)という表情で天を仰いだ。
「はあ、私のお嬢さまが。本当にチョロイんだから。そういうとこも可愛いんだけど」
「どうしたの、何を言っているのソフィア」
「いいんですよ、お嬢さまは何も知らなくても。知らないまま、奴を散々振り回してやってください!」
「……?」
ソフィアが言っている意味はよく分からなかった。




