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2.


 気付いた時には、自分の部屋で眠っていた。

 ハッと起き上がるが、今がいつで何故寝ていたかが思い出せない。


「あっ、お嬢さま。良かった、気が付かれて」

「ソフィア。今っていつ?」


 夢見が悪かったのだろう。胸がドキドキしているが、産まれた時からずっと傍で仕えてくれているねえやのソフィアが微笑んでくれているので落ち着いてきた。

 彼女はいつも通り冷静に教えてくれる。


「はい、今は三月十六日の午後四時半です」

「お昼寝、ぐっすりしてしまったのかしら」

「いいえ。お嬢さまは遺体安置所で気絶してしまって、旦那さまが連れ帰ってくれたんですよ」

「そんな……」


 じゃあ、あれは本当にあったことなのだ。

 一気に落ち込むが、ソフィアは平気そうだった。


「まあ、亡くなったのは可哀想ですけど、これでお嬢さまは二度と苛められなくて済むじゃないですか。あいつのお嬢さまへの態度は私、腹に据えかねていましたよ。意地悪の域を超えた、悪質な嫌がらせでしたもん」

「……私が、呪い殺してしまったのかも」

「はぁ?」


 ソフィアは何を言ってるんだという顔をしている。まあそうだろう。この世界には呪いなんてものはない。


「どうしよう。私、そんなつもりじゃなかったのに。でも願ったからアルベールは本当に亡くなってしまった」

「しっかりしてください、お嬢さま。そんな訳ないですよ。事故なんでしょう」

「でも……」

「気にすることはありませんよ。それがあいつの寿命だったんですよ」


 ソフィアはそう慰めてくれる。

 しかし、リルルメイサの罪悪感は収まってくれなかった。

 父にも、兄にも相談してみた。

 二人共


『あれは事故だった、気に病むな』


 と言ってくれたが気が晴れない。

 そうこうしているうちに葬儀の日になったが、棺の中で花に囲まれたアルベールを見ているのが辛かった。土に埋められていくアルベールを見て、誰もがすすり泣いている。

 自分のせいでこの事態が引き起こされたことに、暗い気持ちになるのだった。


***


 葬儀の後、ソフィアが気晴らしに色々提案してくれた。

 買い物や観劇、読書や食事。動物と触れ合ったり運動してみたり、とにかく気が紛れて楽しい気分になることを。

 しかし、そのどれもが慰めにならなかった。

 自分がアルベールを呪い殺してしまったとしか思えないので、気が重いのだ。

 ソフィアが叱咤してくれる。


「もう、お嬢さまったら。このままじゃ本当に気鬱の病になってしまいますよ!」

「私のせいだもの……」

「じゃあ、その態でいいので懺悔にいきましょう」

「そうね……」


 ソフィアに連れられ、この領地一番の大神殿に向かうことになった。

 勿論、アシュレイ商会の威光は神殿にも轟いているので、一番偉い神官が揉み手をせんばかりに出迎えてくれた。


「これはこれはお嬢さま。本日はご祈祷でしょうか?」

「お嬢さまは、アルベールさまの事故の件でご自分をいたく責めておいでなのです。心を慰める説法でもお願いしたいんですが」


 ソフィアが端的に説明してくれたので、こくんと頷いて追加説明をしておく。


「私のせいでアルベールが亡くなったと思うのです。彼は亡くなって良い方ではありませんでした」


 流石に、神殿で神官相手に呪い殺したとは言いにくい。ふわっとぼやかして告げると、神官は勿体ぶって口を開いた。


「突然の別れなので、残された者は己の過失を探してしまうものです。しかし、このままではアルベールさまが天に昇れなくなってしまいます。実においたわしいことです。一番上等な祈祷を捧げましょう」

「……そうですね」

「おお! ではさっそくこちらへ!」


 ソフィアが小声で「もう! ボラれるだけなのに!」と文句を言っていたが、ありがたいご祈祷を受けて彼の冥福を祈る。

 だが、心はちっとも楽にならなかった。

 帰りの馬車の中で、ソフィアは永遠にぶつくさ言っていた。


「あんな生臭坊主の懐を儲けさせるだけの祈祷なんて! それなら私がやりますよ! 全く、お嬢さまはお人よしで騙されやすいんだから!」


 似たようなことを、アルベールが言っていたことを思い出す。


『少しは人を疑えよ。お前は搾取されるだけの人間か? いや、考える力もないなら人間以下の家畜だな』


 嫌なことを思い出してしまった。


「……ついでだから、お母さまのお墓参りに行きましょう」

「そうですね」


 ソフィアが御者に行き先を指示してくれる。お墓と言っても、アシュレイ家の敷地内にあるお墓兼礼拝堂だ。

 アシュレイ家のお墓と、墓守兼礼拝担当の神官が一人だけ居る、我が家専門の小さな礼拝堂だ。


 実は、リルルメイサの母は生死不明で行方知れずだ。

 裏山の森に向かって歩いていくのを見た、という者がいたが、詳細は不明だ。ある日、姿が消えてしまった。父は半狂乱になって森や山に捜索隊を出したが、手がかり一つ見つからないまま十年が経ってしまった。

 きっと、何か事故が起こって亡くなってしまったが遺体は見つからないのだろうと家族は諦めの区切りとしてお墓を建てていた。


 母が眠らないお墓に祈りを捧げ、じっと考える。

 母が行方不明になって以来、父も兄もリルルメイサに以前より甘くなり、一切叱らなくなった。こんなに大切にされているのだから、やはりいつまでも落ち込んでいないで元気になるべきだろう。

 しかしアルベールを呪い殺すよう願って、二度と到着させないようにしたのは自分だ。そんなつもりは無かった、とは思うがそれは殺人事件の犯人の常套句でもある。

 はぁ、と溜息を吐いてからフと思い出した。


「……そういえば、新しい神官さまとご挨拶がまだだったわ」


 何か月か前に、神官が赴任したと聞いていた。今まで、お墓には足を運んでもお参りだけして礼拝堂には行っていなかった。今回、せっかくなら挨拶して説法でも聞いてみたい。

 とは言っても、有能で優秀な神官は街にある大きな神殿に居る。以前の神官は大分お年を召した老神官で、一日の大半をぼんやり過ごしていた。

 口の悪いソフィアが言う。


「あぁ~、そういえばあの半分ボケた爺さん、引き取られていったんでしたっけ」

「田舎で隠居されたと聞いたわ」

「あの爺さんが墓場でうろうろしてると、ギョッとするからって使用人の間で肝試しみたいな扱いになってたんですよね」

「罰当たりよ、ソフィア」

「じゃあ礼拝堂に行きましょうか」


 二人で連れ立っていく。


「ごめんください」


 挨拶しても、奥から神官が出てくる気配がない。留守だろうか、と思っているとソフィアが「あっ!」と大きな声をあげた。


「どうしたの、ソフィア」

「礼拝の椅子から足が見えてます。豪快に寝てますね」

「えぇ……」


 見ると、確かに足が見えている。長椅子に横になっているようだ。


「ちょっと神官さま、起きてくださいよ」

「……全然、寝てなんかいません。ちょっと目を瞑って考え事をしていただけです」


 むくりと起き上がった神官がそんなことを言った。

 流石のリルルメイサも、それは嘘だと分かる。

 ソフィアは半目になって言った。


「酒臭いんですよ、神官のくせに。生臭坊主すぎです」

「はー。何かご用ですか」


 ダラダラと座り込んだまま、神官はそう尋ねた。

 まだ若い。二十代の前半に見える。しかし、目に光がない。死んだ目をした若い神官は、また長椅子に横になってしまいそうだ。

 その前に相談をする。


「アルベールさまが亡くなったのは、私のせいだと思うのです。彼は亡くなって良い方ではありませんでした」

「人はいずれ、皆死ぬ」

「えっ……」


 死んだ目のまま、神官はそんなことを言った。驚きのあまり、聞こえてはいたが理解が及ばず聞き返してしまう。

 神官は淡々と続けた。


「良い方法があります」

「何ですか? 一番高い祈祷はもう大きな神殿でやってきましたよ」


 ソフィアが牽制したが、神官は気にしない。


「この礼拝堂の掃除、片付けをしましょう」

「はぁ……」


 一体何故、と思うがソフィアは言い返す。


「それはここの神官の仕事でしょ。墓と礼拝堂の掃除は担当神官がやるって決まってます!」

「無心で身体を動かしたらいいんだって。それには礼拝堂の掃除が一番。前任者から何も手を付けてないから無限に動けるし」


 どうやら、自分で片付けるのは面倒だしやる気もないからこちらにやらせようという魂胆らしい。


「分かりました、お父さまに伺ってみます」

「お嬢さま! またもう、お人よしなんだから」

「でも、前任の神官さまが何も片付けていなかったのは本当だもの」


 一日中うつらうつらとしていた老神官には、誰も片付けろとも言わなかった。それを慮ってのことである。

 では、と礼拝堂を辞すと神官はそのまままた長椅子に寝そべった。


「とんでもなくやる気のない新任ですね」


 ソフィアが呆れていたが、まあ色んな人がいるとのんびり構えていた。



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