1.
帰りの馬車で、ソフィアはやっぱりぶつくさ言っていた。
「あーあ、お嬢さまは本当にお人よしなんだから。結局あいつに良いように丸め込まれてしまって。私、お嬢さまが結婚してもお側に居られますかねえ」
「えっ、ソフィア。一緒に来てくれないの?」
もし誰と結婚しても、ねえやのソフィアはずっと一緒と思っていた。
しかし彼女は眉間に皺を寄せて渋い表情をする。
「お嬢さまがそう希望しても、あいつは私を遠ざけるような気がしますね。お嬢さまを孤立させて、周囲に味方は自分だけって状況を作るような顔をしてるんですから」
「どんな顔よ」
「嫉妬に狂った男の顔です」
居ないところでは、あいつ呼ばわりでボロクソ言っている。流石ソフィアだ。
それにしても、と小首を傾げて呟く。
「私、未だにアルベールが私のことを好きで嫉妬するなんて、信じられないのよね」
「お嬢さまは昔、散々苛められて謗られたから分かっていないかもしれませんが。お嬢さまは、美しく成長されてとても可愛らしいご令嬢なんですよ」
「そうなの?」
それもいまいち信じられない。豚だ不器量だと馬鹿にされまくったからだ。
「ああ、言葉の呪いにかけられて、お気の毒なお嬢さま。もっと自信満々になって欲しいのに」
「呪い……」
今回だったか、前回だったか、もう忘れてしまったが確かソフィアは
『呪われているのはお嬢さまの方』
という風なことを言っていた。
その呪縛にかかっているかもどうか分からないが、それが解けたら自信がついて立派な淑女になれるのだろうか。
それも、想像がつかない。
「……まあいいわ。急いで礼拝堂に向かってちょうだい」
時間を遡ったからには、元に戻らなくてはいけない。
リルルメイサが時を渡ったのは、今日のすぐ後だ。早く行って、扉を閉めてもらわなければ。
シャリオスには、前もって来てもらうようお願いしてあった。
「よく分からないが、君が開けた扉をすぐ閉めたらいいんだな」
「ええ、よろしくね」
研究者になる推薦も既にしているから、シャリオスは鷹揚に頷いて引き受けてくれた。
リルルメイサは扉を開け、中に入る。
ガシャン!
一瞬、周囲が暗闇に包まれ、そしてすぐに同じ風景が見えた。
いつもなら場所が移動しているのに、今回は移動していない。
ひょっとして、時間がギリギリすぎて上手く戻れなかったのだろうか。
そう思ったが、後ろに居た筈のシャリオスとソフィアは居ない。
とりあえず、屋敷に戻ろうかと扉を開けて戻る。
礼拝堂の前を、箒で掃いている老齢にさしかかった神官が居た。
「これはこれは、お嬢さま。お墓参りですか?」
「え、ええ。あの、神官さま、ですよね?」
「はい、そうですよ」
知らない神官だった。先代の引退したよぼよぼの高齢神官よりは若く見えて、かくしゃくとしている。先代の後、本来ならシャリオスが神官となった。しかし火事が起こらず、悲観しなかった彼は神官にならずに神学研究者になった。赴任されたのはこの神官になった筈だ。多分。
「あの、シャリオスさんは、ご存知ですか?」
「はて……、存じ上げませんが」
「そう、ですか。では、失礼します」
そそくさと礼拝堂を後にする。
屋敷に戻ろうと歩いていると、シャリオスが走ってくるのが見えた。
「おーい! やったな!」
「シャリオスさん、記憶があるのね」
「ああ! 本当に、ありがとう! 君は最高のお嬢さまだ!」
駆け寄ってきたシャリオスが、ガバッと抱きついてリルルメイサを抱っこする。そしてくるくると回って笑った。
「ちょっ、おろして!」
「本当に信じられない。俺は全てを諦め、自分を呪うしか出来なかったのに。君のお陰で全てが上手くいった!」
「分かったから!」
ようやくおろしてもらい、息を整える。
シャリオスは笑顔で言った。
「君が困ったことがあれば、何でも言ってくれ。出来る限り、解決するよう助けるから」
「じゃあ、早速言わせて欲しいんだけれど」
「もうあるのか。何かな」
「この力を使ってアルベールを助けることは成功したんだけれど、彼をおかしくしてしまったようなの」
時間を遡る度に、彼の心を変えてしまったのではないかという推理を披露する。
シャリオスはじっと聞いた後、しれっとした顔で否定した。
「それは違うだろうな」
「え!」
自信満々の推理に、すぐダメ出しされて狼狽える。
だが彼は冷静に話し出した。
「一番最初に時が戻ったことを思い出してほしい」
「一番最初……」
「そうだ。前にも言ったが、過去への扉を閉めることが出来るのは、以前の俺のように過去に強い執着がある人間だけだろう。それは推測通りで正しい筈だ。おそらく、俺にはもう扉を閉めても君を過去に送る力はない」
「そうなのね……」
「一度目の時だが、俺は過去が変えられるなんて知らなかった。思ってもみなかった。そしてそれを知った後、二度目は願った。あの火事の前に戻ってほしいと。だから、二度目は俺が望む地点、火事の前に君は戻ってくれた」
「ふんふん」
「だとしたら、一度目、誰があの時点に君を戻したんだ?」
「えっ。誰かしら。偶然……?」
突然、質問されても分からない。
シャリオスは顎を撫でながら言った。
「おそらく、アルベールだな。彼は、死ぬ間際に君のことを思った。最後に会った君のことを思い浮かべたんだろう。だから、一度目はアルベールに呼ばれた地点に戻ったのだと思う」
「アルベールに、呼ばれた? でも、彼は、私たちが戻ろうとした時には既に亡くなっていたのに?」
わけが分からず、首を傾げながら言うとシャリオスが断言する。
「死者に呼ばれたんだろう。時間を遡る力だって、現実にはあり得ないような不思議なものだ。死んだアルベールに呼ばれるのだっておかしくはない」
「そんなことって、あるのかしら……」
「つまり、彼は死んでも離さないって思ってたわけだ」
「えっ、こわい……」
思わずポロリと本音が零れたら、彼も少し引いたような表情だった。
「これからもっと怖いことを言うが」




