3.
呂律も怪しい男が金、金とわめいたのであっ、と合点がいった。
ヴィーラとその一味に囲まれた際に騒ぎを起こす為、廃ビルから金貨をばら撒いた。それをこの男は知っているのだ。
早く、お金を渡して去ってもらわなければ。
しかし、今は手持ちが何もない。ソフィアが巾着を持って行って、その中にあるがソフィアは。
そんなことを考え焦っているうちに、男はナイフを振り回しながら向かってくる。
危ない! そう思った時には、アルベールと男が接触していた。
「くっ……! リルルから、離れろ!」
アルベールが男を殴り倒して、地面に転がす。
護衛たちも駆けつけ、男を拘束した。
「リルル、大丈夫か。っ、痛っ……」
「アルベール! ナイフが……」
アルベールの左腕には、ナイフが深く刺さっていた。
ジャケットの上にまで、血が滲んできている。
だがアルベールは、痛みに顔を歪めながらも言った。
「大丈夫だ、命に関わる傷じゃない」
「早く、ナイフを抜かなきゃ……」
「病院で抜いてもらおう。今ここで抜くと、出血がひどくなる」
「じゃあ、早く病院へ!」
リルルメイサは泣き出しそうだった。
護衛たちに手を貸され、病院に行くアルベール。幸いにも、大きな病院はすぐ近くにある。
リルルメイサも付いて行こうとした時に、ソフィアが声を掛けてきた。
「お嬢さま、カフェに行きませんか」
「そんなの、行ってる場合じゃないでしょう」
「では屋敷に戻りましょう」
「ソフィア、駄目よ。私も病院に行くわ」
「お嬢さまが病院に行ったところで、怪我が軽くなるわけでも早く治るわけでもないんですよ。それに、心配することないですよ」
余りに冷たい言い様に、驚いた。ソフィアはそんなに彼のことを嫌っているのだろうかと思いながら、必死に説得する。
「そうかもしれないけれど、心配なの。アルベールもきっと心細い思いをしているわ。私を庇ってくれたんだもの、付き添ってあげたいわ」
「よく考えてください、お嬢さま。アルベールさまはお強いんですよ。盗人の何人かが出てきても、簡単に叩きのめせるくらい」
確か、シャリオスの屋敷が火事になるのを食い止める時に、資材泥棒をやっつけてくれた。その事を思い出して頷く。
「そうだったわね。でも、今は私が近くに居たから庇ってくれたのかも」
「今回の賊は一人。それも、薬をやっているのか震えて様子がおかしかった。そんな相手なんて、簡単に気絶させられるでしょう。刺されたのは、わざと腕でナイフを受け止めたからじゃないですか」
酷すぎる言い方だ。
「わざと怪我をするなんて、そんな訳ないわ。自分から痛い思いをする人なんて、居る訳ないもの」
「お嬢さま、あの資材泥棒の後、馬車に乗って屋敷に向かう前に、アルベールさまが言った言葉、覚えていませんか。私は覚えています」
「何だったっけ」
「若旦那さまに殴られたのは、わざとだと。そうおっしゃったのですよ」
「……!」
そう言われてみれば、そうだった。
資材泥棒もナイフを振り回していたけれど、簡単に複数人を倒していた。
それを考え付くと、身体が震える。
ソフィアはしたり顔で頷いて口を開いた。
「目的の為には、そういう人だって……、ちょっと、お嬢さま!」
「でも、私、心配だから行ってくるわ。ソフィアは屋敷に戻って、このことを知らせてきて」
そう言って病院に付いていく。
ソフィアは屋敷への知らせをフランクに頼んだようで、一緒に病院に付いてきてくれた。
なんだかんだ言いながら、結局は共に居てくれるのだ。
ソフィアの冷めた静かな態度は分かっていたものの、アルベールが心配でそれどころではなかった。ナイフにわざと刺されるなんて、痛いし尋常ではない。そんなことを彼がするなんて、考えられなかった。
治療中だったが、医者の許しを得て同席することが出来たので心配しながら見守る。
彼のナイフの傷は深く、命に別状はないものの完治まではしばらくかかりそうだった。
包帯を巻いても血が滲んでくる、痛々しい姿に手をぎゅっと握りしめる。
その手を見て、アルベールは微笑んでそっと手を取ってくれた。
「アルベール、大丈夫なの」
「勿論だ、少し不自由することになるだろうけど」
「そんな……」
ソフィアがボソッと呟く。
「利き腕じゃないですし」
「ゴホン! リルルがお見舞いに来てくれるなら、俺も元気になるよ」
「お見舞いに行っても、早く治りはしないんじゃ……」
「痛みが酷い。熱も出そうだ。でも、リルルが来てくれたら気がまぎれるから」
そうまで言われて、断るわけにはいかない。頷いて言った。
「分かったわ、行かせてもらうわね」
「うん、じゃあまた明日」
痛い筈なのに、アルベールはニコニコしていた。
屋敷に戻ると、父と兄が待ち構えていて久しぶりに会うかのように心配していた。
「おかえり、リルル。大丈夫だったかい」
「ええ、勿論」
「アルベールも何とも無かったのだろう? 無事に着いて良かったよ」
「それが……」
リルルメイサが説明しようとすると、ソフィアが口を開いた。
「報告させて頂きます」
きっと彼女の方が上手く説明出来るだろうと任せる。
皆で居間に移動して座ってソフィアの報告を聞いた。
確かに上手く言ってくれたが、なんとソフィアは最後の『ナイフに刺されたが自ら刺されたのではないか疑惑』についても口にしたのだ。
そこはリルルメイサも口を挟む。
「アルベールは私を庇ってくれたのよ? そんな風に言うものではないわ」
だが、父と兄は顔を見合わせてから言った。
「いや。その可能性もあると、私は思う」
「僕もだ」
「お兄さま、お父さままで。そんな、痛いことをわざわざする人なんて居るの?」
すると父が少し迷ったように口を開いた。
「……これは、リルルには言わないでおこうと思っていたんだが」
父が何を言い出すのかと、耳を澄ます。




