1.
シャリオスに相談した結果、二つの策を授けてくれた。
一つは、護衛をつけることだ。護衛には王都から付き添ってもらう。大袈裟ではないのかとアルベールに言われたが、ドルーゼ商会のことがあるからと重ねて頼むと納得してくれた。
そしてもう一つは、リルルメイサが迎えに行くことだった。
というわけで、三月十五日。リルルメイサは領地内で一番王都に近い郊外に出向いていた。
領地外に出ることは父と兄が許さなかったので、ここが一番遠い外出地点だ。
もう領地の中なので今日明日中には到着するだろうし、おそらく余裕とは思うが一応だ。
郊外とはいえ、関所のある街なので宿屋や飲食店、旅人の為の店などなかなか賑わっている。
「ソフィア、今度はあっちのお店に行ってみたいわ」
「お嬢さま、あっちで串焼き売ってますよ!」
「買いましょ。シャリオスさんとフランクも食べる?」
「頂こう」
シャリオスが返事をし、フランクもこくりと頷く。
外には座れるように、丸太を半分に切って横に倒した簡易な長椅子が置いてある。そこにみんなで並んでもぐもぐしながら話す。
「通り過ぎたことはあっても、ここで過ごすのは初めてよね。いい所だわ」
「お嬢さま、しょっぱいものの次は甘いものにしませんか」
「さっきあっちにカフェがあるのを見かけたな。行こうか」
「……おい。貴様ら、何をしているんだ」
こちらを見下ろして怖い顔をしているのはアルベールだった。
リルルメイサはおや、と思いながら答えた。
「あら、アルベール。ここで休憩? 貴方が通り過ぎた後、後ろから追いかける形で走ろうと思っていたのよ」
「ここで休憩? じゃない。アシュレイ商会の馬車が停まっているのが見えたから降りたんだ。一体何をしてるんだ」
すると、シャリオスがニヤッと笑って言った。
「来ちゃった」
「何なんだ! 俺がむさ苦しい護衛に挟まれて馬車に詰め込まれているってのに、お前たちは楽しそうにきゃっきゃして、腹の立つ!」
見れば、ガタイの良い護衛が三人も立ってこちらを見ている。
アシュレイ商会と伯爵家は、大盤振る舞いにも護衛を三人雇ったようだ。一人は騎馬で、二人は馬車に同乗しアルベールを守る陣形だ。
シャリオスがまあまあと宥める。
「そうじゃないと君の命が守れないから仕方ない。俺たちは後から付いて行って、何かあったら駆けつけるからお先にどうぞ」
「俺もそっちの馬車に乗る」
「それだと護衛の意味無くなるだろ」
「じゃあリルルをこっちの馬車に……」
「それはいけません、旦那さまは馬車の同乗は駄目だとキツくおっしゃっていました」
ソフィアがすぐに遮ってピシャリと言った。アルベールはぐぬぬ、となっている。
彼の機嫌が悪いのを見てとって、リルルメイサは取り成すことにした。
「アルベールも串焼き、食べる?」
「いらん」
「じゃあ甘い物、食べに行く?」
「……行く」
カフェでみんなでお茶をして、甘い物を食べたらアルベールの機嫌も大分良くなったらしい。また馬車に乗り込む時に少しごねていたが、すぐ後ろから付いて行くから、と宥めて先行してもらった。
まだ領地の端っこだが、中心街まで急げば今日中に帰れる。しかし急いでも前々回のように馬車の事故にあったりするかもしれない。
リルルメイサたちの馬車の御者は、フランクにやってもらっている。順調に走っていたが、しばらくすると彼が言った。
「……もうすぐ、雨が降るかも、しれません」
「では次の街で雨宿りを」
シャリオスが指示し、騎馬の護衛にも伝える。
アルベールの護衛たちは、また休憩かという雰囲気で(やれやれ、これだから坊ちゃん嬢ちゃんの護衛は)という心の声が聞こえてくるようであった。
次の街といっても、小さな集落であったので、宿屋と飲み屋、食事処が数軒ずつあるようなこじんまりとした場所だ。
アルベールは開いている宿、といっても民宿のような小さな一軒家を貸し切って、雨宿りをすることにした。まだ降ってもいないのに雨宿りとは、と怪訝な顔をしていた皆だったが、すぐにその認識は改まった。
ぽつぽつ降り出したと思うと、物凄い雷雨となったのだ。
「これは……」
「出発せず見送っておいて良かったでしょう。フランクは凄いのよ」
自分のことではないが、自慢げにしてしまう。
護衛たちの、こちらを甘くみている雰囲気もすっかり変わっていた。
「夕立だから、もうすぐ止みそうかな。行けそうなら出発しよう」
シャリオスの言葉に皆が頷いた時だった。
木が割れるような大きな音がバキィっ! と聞こえたのだ。
「落雷か?」
「それとはまた違うような」
「見てきます!」
護衛が走って行き、そしてすぐに戻ってきた。
「大変です、馬車が!」
外はもう小雨になっていて、遠くの空は明るくなってきている。
しかし、馬小屋に置いてあった、アルベールが乗っていた馬車の車輪が見るも無残にばっきりと割れていた。
リルルメイサはホッとして言った。
「休憩にして良かったわね。走っている途中だったら大変だわ」
「リルル……」
アルベールが隣に来て、手を繋ぐ。その手をきゅっと握り返すと、彼の温かみを感じた。
アルベールは、生きている。
それを実感して、本当に良かったのだと思った。
「アルベール、このまま無事に帰ってきて」
「ああ」




