5.
あの騒動から数日後、アシュレイ家の屋敷にシャリオスとアルベールがやって来ていた。
シャリオスの考察を聞かせてもらう会だ。
「おそらく、二回ともアルベールを殺したのはドルーゼ商会だろう。けれど、これだけ揉めたらもう派手に動けない。次は大丈夫だろう」
「そうだったら、いいけれど」
本当に、もうアルベールは死なないのだろうか。すぐには安心出来ない。アルベールが王都に行って帰ってくるまでは。
そう思っていると、シャリオスが言った。
「そんなに心配なら、君もアルベールと一緒に王都に行って帰ってくればいい」
「えっ、それはちょっと」
「俺は別に構わない」
リルルメイサとアルベールが同時に発言する。それを聞いたシャリオスがくつくつと笑って言った。
「ま、王都に行かないとしても手はある」
「その手、とは?」
「それはまた今度。推薦、忘れるなよ。二人共」
シャリオスがアルベールにも念を押す。
「分かってる」
「分かったわ」
「では俺はこれで」
「あ……、ごきげんよう、シャリオスさん」
シャリオスが出て行ったので、後はアルベールと二人になった。正確には、部屋の隅にはソフィアも控えているが。
すぐにアルベールが口火を切った。
「俺の死が回避出来たなら、結婚してくれ」
また結婚の話が出てきてしまった。俯いてじっとテーブルの上の茶器を見つめる。
「……でも、まだ分からないし、それに、融資のことなら、結婚しなくてもお父さまは……」
「ああ、違うな。俺はまた、逃げてばかりだ。今まで、リルルを逃がさないように追い詰めて結婚に持ち込もうとばかりしていた。自分の気持ちは隠したままで。はっきり言う。ちゃんと告白させてくれ」
「…………」
「俺はリルルを愛しているんだ。だから結婚してほしい」
「えっ! 本当?」
驚いて聞き返し、顔をあげた。
アルベールは真面目な、しかし緊張した面持ちでじっとこちらを見ていた。
そんな訳あるか、バーカという言葉が返ってくるかと思ったが、彼はやけくそになったような、それでいて恥ずかしそうに顔を赤くして言う。
「本当だ。俺は、ずっと昔から、子供の頃から、お前が好きだったんだよ!」
「嘘だ~、私、アルベールから好意を感じたことは一度も無いもの」
「だからそれは、リルルはずっと兄上が好きだったから。少しでも気を惹こうとして嫌なことをたくさん言ってしまった」
とても迷惑だ。嫌そうな表情で顔をしかめて言い返す。
「そんなことしても、私は嫌われてると思っていたしそんな人のこと好きにならないでしょう」
「分かってる。でも一度それを始めたら止められなくなった。泣いたり悲しそうにするリルルを見る度、そうさせているのは俺なんだと歪んだ喜びを出してしまった。本当にすまない」
「じゃあ、アルベールの好きって、悲しませて泣かせることなの?」
そんな人とは絶対に結婚したくない。そう思って尋ねると、彼は慌てて言う。
「違う! そうじゃない。一緒に居たい。話をして笑いかけてほしい。何より、俺を見てほしい」
「見る?」
「そうだ。リルルの瞳に、俺を、俺だけを映してほしいんだ」
最近は、時が戻るまでは、アルベールの顔を久しく見ていなかった。会っても、ずっと俯いて目を合わせないようにしていた。
久しぶりに瞳に彼の瞳を映したのは、一度目に時が戻ったカフェで。そして二度目に時が戻った時の、パーティの談話室で。
そのどちらも、真摯に彼はこっちを見つめ返していた、ような気がする。
「……私には、よく分からないわ。その、見てほしいって言われても」
リルルメイサはまだ恋を知らない。好意とは、父や兄、それにソフィアに対しても同じようなものだ。
だが、アルベールはじっとこちらを見つめたまま続けた。
「それでもいい。リルルはねんねだから、分かってもらえるまで待つ」
「ずっと分からなかったら?」
「いつまでも、傍で待つ」
そのままじーっと見つめられて、リルルメイサはすぐに視線を落とした。あまり見られていると、そわそわしてしまうし恥ずかしい。
「あのっ、あんまりじろじろ見られるのは嫌だわ」
「恥ずかしがってるのも、可愛いな」
「ちょっと、アルベール……」
今までと態度が違うので、やはり戸惑ってしまう。
「ハハ、すまない。ついリルルを苛めてしまう。でも、可愛いと思ったのは本当だ」
「もう、やめて……」
頭に血が上りそうだし、体温も上がってきて熱い。
アルベールは上機嫌で笑って、そして胸元からベルベットの小箱を取り出した。
「これは、今まで酷い態度だったお詫びだ。それと、俺が王都から戻るまで待っていてほしいという気持ちでもある」
彼が小箱を開けて見せると、中には金細工に囲まれた大粒のサファイアが鎮座していた。どうやらサファイアのネックレスらしい。
「またサファイア……」
「また?」
「アルベールは毎回、私にサファイアを残して亡くなってしまうの。受け取るのは不吉に思えるわ」
そう言って断ろうとしたが、彼は無理に手に握らせてから立ち上がった。
「俺の瞳の色を、リルルに身に着けてほしいんだ」
では、前のブローチと更にその前の指輪も、そういった意図があったのだろう。
本当に、アルベールは自分のことをずっと好きなのかもしれない。
そう思うと、ドキドキすると同時に彼が二度も亡くなってしまったことに胸がぎゅっと痛くなる。
「アルベール、死なずに戻ってきてくれる?」
「勿論。自分が死んだなんて話、なかなか信じられないが、それでも気を付けるから。だから、待っていてほしい」
「分かったわ」
「ありがとう、リルル。さあ、見送ってくれ」
「ええ」
玄関ホールまで見送っていくと、最後にふんわりと抱き寄せられて抱擁をした。
こんなことされると、やはりドキドキしてしまう。
「えへん! えへん!」
ソフィアが近寄ってきて大きな咳払いをするので、パッと離れてサヨナラを告げる。
名残惜しそうに、アルベールが出て行くとソフィアが溜息を吐いて言った。
「はあ。結局は絆されてしまうんですよね、お嬢さまったら」
「えっ。私、絆されていた?」
「そうですよ! いつも嫌な態度の性格が悪いアルベールさまが、ちょっとしおらしい態度を見せたら仕方ないなって受け入れてあげてるじゃないですか。それを絆されているって言うんですよ!」
そうだったのか。確かに、受け入れてしまっていた。
「でも、アルベールが無事に帰ってくるかは分からないわけだし」
「戻ってくるのを待つって言ってたじゃないですか。戻ってきたらそのまま結婚一直線ですよ」
「えぇ~。でも、まだ婚約もしていないんだし、すぐには結婚なんてしないと思うわ」
多分。
希望的観測からそう述べると、ソフィアが不満そうにぶつぶつ呟く。
「無理と思いますけど。押しに弱いお嬢さまだし。待っててほしいって、そういう意味だと思うんですよね」
「もう、ソフィアったら。でも私、本当にアルベールには死んでほしくないの。生きて帰ってきてほしいわ」
婚約したくないからと言っても、相手の死を望んでなんていない。それは声を大にして言いたかった。
「はい。それではあのシャリオスとかいう神官くずれに方法を聞きに行きますか?」
「神官くずれって」
「神殿の学者だか研究者になるとか言って何もしてない無職じゃないですか。本当に信用出来るのかも不安ですよ」
ソフィアは辛辣だ。彼が神官になっているところを見たことがないから、仕方ないのかもしれないが。
「信用出来るわよ。私が過去に戻れたのも、シャリオスさんのお陰だもの」
「ハイハイ」
「もう、ソフィアったら」




