1.
シャリオスの指示は、まずアシュレイ商会に行って大番頭であるジェイコブの話を聞けとあった。
一人では記憶力に自信がないので、ソフィアを連れて出向く。
一回目の時も、カフェでアルベールと話をした後ここに来た。その記憶通り、ジェイコブは時間を取って話をしてくれることになった。
質問は、シャリオスが紙に書いてあった通りにしていく。
「もし私がアルベールと結婚するとしたら、彼は商会の仕事を手伝うのかしら」
「商会の仕事、というより新事業を商会の仕事にするよう動いてもらうようになりますねえ。お嬢さまには難しいかもしれませんが」
そういう前置きをしながらも、彼は新事業が新しい運輸、移動に関するもので革命的なものだと教えてくれた。
それには数多くの特許技術の申請や、国との折衝も必要なのだという。
「お父さまやお兄さまでは、それは出来ないの?」
「出来ることは出来ますが、時間と手間と、かかる金銭が桁違いになりますよ。大伯爵家の血筋というのは、それはもう凄いものなんです。ただの商会が一つ手続きしている間に、十も二十も飛び越えていくんですから」
「では、もしアルベールとの結婚が無くなってしまったら?」
「その場合、うちの商会が一つずつ手続きしている間に、他の商会が先に特許を取ったり事業を全部かっさらっていくでしょうねぇ。王都にはライバルの商会もあるし、プレイストン伯爵家と政敵の公爵家もありますし。特にそこの公爵家お抱えのドルーゼ商会はあからさまにうちの邪魔をしてくるんですよ。王都で損をしてもうちに商売させないつもりで……」
詳細を言われてもよく分からない。
ソフィアが聞いてくれていると信じて喋らせて、聞いてこいと命じられたことを質問した。
「最後に一つ聞きたいんだけれど。アルベールと私が結婚することで、デメリットはあると思う? 利点は分かったわ。商会が儲かるってこと。反対に、不利になることはあるかしら」
「うーん、商会にはデメリットはありませんが……」
「ありませんが、何?」
言いにくそうにしているジェイコブに促すと、もごもごしながら答えた。
「お嬢さまには、大変かもしれません。結婚したら、夫婦二人で夜会やパーティに参加したり、色々な付き合いも増えるでしょう。王都にも行かなきゃならない。のんびりこっちで過ごしてたお嬢さまには、面倒な人付き合いも経験ないでしょうから」
以前は、我慢してアルベールと結婚しろと頼み込んできたジェイコブが、今回はデメリットも教えてくれている。
話の聞き方、持って行き方によって返答も変わるんだなと感じた。
「そうねえ。お父さまは、商会のことより私の幸せを優先で考えて良いと言ってくれたわ。気乗りはしないけど、少しは考えないとね」
「……商会としては、是非お願いします」
ジェイコブの控えめなお願いを聞きながら、商会を後にした。
次は、伯爵家に向かうことになった。アルベールの兄、ジョシュアに話を聞くのだ。
付添はアルベールがしてくれることになった。
ただし、アルベールは余計なことを話したりジョシュアの話の腰を折るなと厳命されている。
ジョシュアは、喜んでリルルメイサを迎え入れてくれた。先日の騒動以来なので、まずはその謝罪から始まる。
「ジョシュア兄さま、先日はお騒がせしてしまって申し訳ありません」
「リルル、謝らなくて良い。でもアルベールのこと、本気で考えてやってほしいんだ。アルは素直じゃないし分かりにくいけど、昔からリルルのことを……」
「その話はいいから! リルルが聞きたいことを教えてやってくれ!」
さっそく、アルベールが話の腰を折った。しかし、質問するべき事項ではないのでそのままスルーして尋ねる。
「ジョシュア兄さま。アルベールの執務について教えてくださいませ」
「執務? また意外な話だな」
予想とは違ったようだ。おそらく、結婚の話とか今までのアルベールの言動についてとか聞かれると思ったのだろう。
しかし、今回は彼の死因を探るのが目的だ。リルルメイサはこくりと頷いて続けた。
「アルベールはこれから、どんなことをしていくのですか」
「ああ、今までは父の手伝いを僕たち二人でやっていた。しかし、アルベールには最近別のことをしてもらおうかと思っている」
「新事業のエンジン、よね」
ジョシュアはにっこりと微笑んだ。
「そう、よく知っているね。しかし、その事業があるからリルルと結婚する訳ではないよ。もしなくても、アルベールはリルルと結婚したがっただろうから」
「例えばの話だけれど、もしアルベールが外国に行くことになったとか、大けがをしてしばらく動けないとか、そんなことになった場合、伯爵家での事業の扱いはどうなるのかしら」
遠回しに尋ねているが、アルベールが死んだ場合、伯爵家では事業をどう扱うかと尋ねたいのだ。
しかし、ジョシュアは「ははあ」と訳知り顔で困った様子になった。
「もしアルベールとリルルがご縁が無くなった場合、伯爵家とアシュレイ商会はどうなるのかってことかな?」
おそらく、彼は離縁となった場合の心配だと勘違いしている。
アルベールも口を挟む。
「そんなことにはならない」
「しーっ」
アルベールに、静かにというジェスチャーで人差し指を立てて言う。シャリオスの命令を思い出したのか、アルベールは口を閉じた。
その様子を見て、ジョシュアはふふっと笑ってから言った。
「そうだな。その時は気まずいだろうから、アルベールには新事業から離れてもらうことになるだろう。父と僕は、事業より伯爵家の執務をメインにするから、ある程度のことは母に頼むかもしれないな」
「伯爵夫人に……」
「そうだ。母はあれで、昔王宮の女官をしていたんだ。国関係の手続きや、貴族間のやり取りはアルより分かっているかもしれない」
「なるほど。それから、新事業のライバルとなる家があれば教えてほしいわ」
ジョシュアは少し戸惑った様子で言う。
「あるにはあるが、そこにはリルルは近付いてほしくない。良くない評判でいっぱいなんだ」
「勿論、近付かないわ」
「本当に? 話を聞きに行ったりも駄目だよ。危ないからね」
またアルベールが口を挟む。
「どれだけ過保護なんだよ。教えなきゃ、近付くも何もないだろ」
「アルベール、もう」
リルルメイサが話すなと睨んで注意をすると、彼は肩をすくめた。
こういうところが、馬鹿にされていると感じる。
リルルメイサがムッとしていると、ジョシュアは取り成すように微笑んで言った。
「とある公爵家だよ。昔から因縁のある家柄でね。プレイストン伯爵家とは何代も前から折り合いが悪い。強力な商会も抱え込んでる。そこが一番有力な、新事業の競争相手かな」
「商会で聞いた、王都で意地悪してくるって所かしら」
「ドルーゼ商会だね。そこは真っ当でない部分もある、危ない相手だからリルルは絶対近付かないように」
本当に過保護だ、と思ったが素直に頷く。
「はい。分かりました。でも危ない相手って、危険なことをこっちに仕掛けてくる可能性もあるかしら」
ひょっとして、という質問だったがジョシュアは大きく頷いた。
「ああ。あり得ると思っているよ。だから、リルルは危険な場所に出向いたり、一人で出掛けたりしてはいけないよ」
「ええ。分かったわ。それとは話が変わるんだけど。アルベールが恨みを買っている心当たりはないかしら」




