7.
衝撃の推理に、愕然とする。
「そんな。アルベールはそんなに深く恨まれているの……」
「おい! 俺は恨まれる覚えはないぞ」
何の話かは分かっていないがノリよく会話をするアルベールに、リルルメイサは端的に説明した。
「貴方はこれから、誰かに殺されるみたい。それは私のせいではないと思いたいけれど、婚約の話が出てからこうなるってことは関係あるのかもしれない……」
「リルルの夫の座を狙う男が、俺を邪魔だと思っているとか?」
「えっ!」
すんなり受け入れ新たな推理を披露するアルベールに、シャリオスは顎を撫でて考える。
「アシュレイ商会に跡取り息子はいる。確かに娘婿の座は恵まれるだろうが、貴族の子弟を殺める程のものだろうか」
「リルルを心から愛しているから、結婚する相手を憎んで殺したのかも」
「そんなことしそうなのは、君だけだろ」
「…………」
アルベールは黙り込んだが、シャリオスは続ける。
「大体、愛憎が絡むにしては計画が念入りで冷静すぎる。もっと利益か、あるいは伯爵家の因縁か政治絡みか、その辺りだと推測される」
「冷静に恋敵を殺そうとする男もいるかもしれないだろ。リルル、他に男は居ないのか? 俺が婚約者となったことに殺意を抱くような」
「そんな人、居ないわ」
「本当だろうな」
「本当だってば」
戸惑うリルルメイサに、シャリオスがぶつぶつ言う。
「どれだけ嫉妬深いんだよ、念押しまでして」
「もし自分が殺されるってなら、そこを疑うだろ」
「いや、それよりも王都での行動だろう。向こうで社交シーズン、どう過ごすつもりなのか教えてほしい」
シャリオスの問いかけに、アルベールは素直に応じた。
「一番の目的は王宮で開催される舞踏会だ。それから伯爵家としては外せない夜会がいくつか。アシュレイ商会と組んで行う新事業についてもいくつか会合はあるが、こっちの本格稼働は未だだ」
「うーん、そうか。それから、そうだな。一応聞いておく。リルル、ちょっと耳を塞いであっちを向いていてくれないか」
聞かせたくない話を二人でするらしい。
リルルメイサは素直に応じ、両手で耳を塞いでそっぽを向いた。
気付けば、すぐ傍にソフィアが立っている。耳から手を放し、尋ねた。
「どうしたの、ソフィア」
「お嬢さまが聞いちゃいけないなら、その分私が耳になります」
「無理に聞こうとするのは良くないわ。もし話したくなったら、その時に聞かせてもらえるわよ」
「いいえ、こういうのはちゃんと把握しとかなきゃいけないんです。本当に、男どもはしょーもない」
ソフィアが吐き捨てるように言う。
アルベールとシャリオスは、小声で話し込んでいる。
「そんなの、いるわけない!」
「本当に? 一人も?」
「当たり前だ! 誰とも深い仲にはなっていない。そんなことすれば、すぐにアシュレイ商会の耳に入るからな。あいつらに仲を引き裂かれてたまるか」
「商売女も?」
「神官サマもそんなこと言うんだな。だがそういうのもオススメはしない。鼻欠けになりたいなら別だが」
「神官じゃないぞ、俺は」
二人の会話の内容は、リルルメイサにはよく分からない。だがソフィアは理解してじっと聞いているようだ。
二人はリルルメイサが不思議そうに、そしてソフィアがジト目で見つめているのに気付き、同時に咳払いした。
シャリオスが取って付けたように口を開く。
「アルベールは貴族の放蕩息子かと思ったが、意外と品行方正に暮らしてるんだな」
「こっちにも色々あるんだ。一番欲しいものを手に入れるには、身綺麗にしなきゃいけないからな」
アルベールにも欲しいものがあるんだな、と思った。それが何かは分からないが、彼は努力してそれを得ようとしているらしい。
意地悪で性格のねじ曲がった彼のことだ、何が欲しいのか尋ねたらきっと心無い言葉を浴びせてくるだろう。リルルメイサはそのことにスルーして、思ったことを述べた。
「それにしても、二人共私の言葉を信じてくれるのね。未来のことが分かるだなんて、おかしな話なのに」
「俺は報酬が貰えるなら、おかしな話でも論理的に考察するさ。推薦、忘れるなよ」
「ええ、勿論」
アルベールは少し逡巡してから口を開いた。
「……俺は、アシュレイ家で起こった、少し不思議な話を覚えている」
アシュレイ家では不思議なことが起こると、ソフィアがたまに言っているが、そういう類の話だろうか。
「どんな不思議なこと?」
リルルメイサが促すと、アルベールは思い出話を始めた。
それは十年以上前の話だった。
アルベールとリルルメイサは、アシュレイ家の裏山に続く森に迷い込んだことがあった。大人でも迷ったら遭難する深い森だ。子供たちの足ではなかなか脱出出来るものではない。
しゃがみ込んで半べそをかいているリルルメイサを何とか移動させ森から出ようとしていると、そこにリルルメイサの母、マーサが迎えに来てくれた。マーサこそ、この少し後に森で行方不明になるのだが、この時はまだ健在だった。
マーサは二人を森の外にまで導いてくれた。皆がアルベールたちを探して、山狩りをしようとしている所だった。二人は皆の元にかけていく。マーサはその背後から追いかけてくる、筈だった。
だが、アルベールたちを迎え入れるリルルメイサの父の横に、マーサも居たのだ。
えっ。
思わずアルベールは背後の森を振り返る。
だが、そこには誰も居なかった。




