6.
カフェのオープンスペースで、アルベールとお茶をしている。そのテーブルには新聞が置かれている。もう三度目の光景だ。
違うのは、そのテーブルにはアルベール以外にシャリオスが同席していること。
そして、新聞記事の内容も違っていた。
『プレイストン伯爵の次男、アルベールとアシュレイ商会の娘、リルルメイサ婚約』
大きな文字のタイトルでそんなことが書かれている。語尾に小さく
『か⁈』
とも添えられている。
リルルメイサは憤った。
「酷い! 違うって言ってるのに! どうして」
アルベールは落ち着いたものだ。冷静にティーカップを持ち上げて言った。
「新聞社なんてそんなもんだ。売れたらそれでいいから、適当な記事を載せる」
涼しい顔をしてお茶を飲むアルベールに、シャリオスは半笑いで口を挟む。
「今回は君が乗り気なコメントを出したから記事になったんじゃないか。アルベール氏いわく、時期は未定だが前向きに検討中だと」
「そんなこと言ったかどうか、記憶にないな」
「またまた。遊んでる風に見えて、結構執着強いよな」
「……余計なことを言うな」
男同士でじゃれ合っているのを見て、いつの間に二人が仲良くなったのだろうと思う。
この数日、リルルメイサは大変だった。
シャリオスの家の火事を止めた後、アルベールと一緒に伯爵家に戻ると一時失踪していた令嬢が戻ってきたと大騒ぎになったのだ。屋敷を飛び出したのに自宅にも戻っていなかったから父と兄が方々に連絡していて、皆に心配されていたのだ。
アルベールがそれを連れ戻してきたということで、二人の関係性も色々尋ねられたが、火事の話をするわけにはいかない。口を濁すと、余計怪しまれてしまった。
とりあえず、そこに居る人たち皆に謝罪をしまくった。
そして疲れているだろうからと伯爵家のゲストルームで勧められるがままに食事を取って、眠くなったからソファで横になってしまった。途中でソフィアに起こされ、半ば眠りながらナイトウェアに着替えさせてもらって本格的にベッドで眠ってしまった。
父と兄への連絡も伯爵家に頼んだが、何故かリルルメイサが眠ってから使いが行ったらしい。二人が駆け付けた時には、リルルメイサはぐっすり寝ているので一緒に宿泊したらどうかという話になったようだ。
リルルメイサは朝から入浴を勧められ、伯爵家にあったモーニングドレスを借りて、朝食を取る。朝食は何故か、アルベールと一緒だった。
この辺りで父と兄が急いでやって来て
『無事で良かった』
『なかなか会えなくて心配していた』
という風なことを口々に言っていた。
昨夜から伯爵家でゆっくりしているし、二人への連絡も頼んでいたのに相変わらず心配性のようだ。リルルメイサはにっこりとして言った。
『お父さま、お兄さま。私は無事だし、何も心配することなんてないわ』
『無理強いされてないかい、リルル』
『無理強い? 何を?』
どちらかと言えば、皆を振り回して連れ歩いているのは自分だという自覚がある。だから他の人には何もされていないのだが、何の話だろうと尋ねると父と兄はもごもご、と口ごもった。これは、娘には聞かせたくない何かがある時の父の癖だ。
リルルメイサは詳細を聞くのはやめてあげた。
そんなこんなで父たちと屋敷に帰ると、しばらくは外出禁止を言い渡された。
そこでシャリオス宛てに、これまでのことを一から順に書いた手紙を書いた。そして、目的である、婚約をせずアルベールが死なない方法はないかと尋ねる文章を添えて送った。
父と兄は、遠回しにアルベールとの関係を尋ねようとしている様子だったが、何もないとしか言えない。
伯爵家からは、何度も招待の手紙が届いていた。夫人にアルベール、伯爵とジョシュアまでそれぞれが招こうとしてくれていた。
これ以上、断り続けるのもどうなのだろうと考えている最中に、シャリオスから返事が来たのだ。
これからの話をしたい、アルベールも一緒にと。
それで、今日のカフェでの会合となったのだ。
リルルメイサは新聞を読みながら、疑問を口にする。
「本当ならジョシュア兄さまとヴィーラさんの婚約発表が記事になっていたのよ。二人、上手くいかなくなったのかしら」
「それはそれは……」
アルベールがニヤリとする。
何だか嫌な笑い方だな、と思ったが推測を述べる。
「私が屋敷を飛び出したから、未来が変わってしまったのね。ジョシュア兄さまがヴィーラさんのことを好きなら、この後婚約するのかしら」
「リルルのことが騒動になったから、実力行使どころじゃなくなったんだろう」
シャリオスの言葉に、リルルメイサは小首を傾げた。
「実力行使って、どなたが?」
「ヴィーラだよ」
「ヴィーラさんは、何をするつもりだったの?」
「勿論、既成事実を……」
「余計なことを言うな!」
シャリオスが説明しようとしたが、アルベールが途中で遮ってしまった。
シャリオスは呆れた顔で言う。
「過保護だなあ」
「リルルは知らなくていい」
父も兄も、アルベールもそういう類のことをよく言う。
リルルメイサには知らないことがたくさんあるのだ。それをシャリオスは鋭く指摘する。
「お嬢さまには世の綺麗な部分しか見せないって? それでこの先、本人の為になるのかな」
「貴様がそんな心配をする必要はない」
「自分が全部教えてあげるって? でもリルルは君と婚約したくないって言ってるけど」
「俺たちのことに口を挟むな」
何故か二人の雰囲気が悪くなって睨みあってしまった。
とにかく話を進めなければと、リルルメイサが口を開いた。
「あの、これからのことを話したいのだけれど。アルベールは四か月後にどうやっても亡くなってしまうの。それを防ぐには、婚約をせずに私が離れるのがいいと思うの。シャリオスはどう思う?」
それを聞いて、シャリオスは手元に書類を置いた。
「これは時系列順に起こった出来事を記したものだ。アルベールの死因は一度目は馬車の事故。しかし御者を有能な者に変えると、今度は盗人が銃殺してしまった。間違いないな」
「……お前たち、一体何の話をしているんだ」
アルベールは二人を気味が悪そうな顔をして眺めたが、リルルメイサはそれを無視して話を進めた。
「ええ、間違いないわ」
「だとすれば、彼の死因は事故ではない。何者かが、明確な殺意をもってアルベールを始末しようとしている」
「……! 本当に? では、誰かのせい? 私の呪いの力でもなく?」
「呪いって。そんなものあるのか?」
「分からないわ……」
自分がアルベールを呪い殺したのではないかと疑っていたが、そうでないならありがたい。しかし呪いが絶対無いかと尋ねられると自信がない。
そんな返事だが、シャリオスはそれも含んで話をし始めた。
「まあ、この世に呪いはないと仮定して推理する。犯人は、一度目は事故に見せかけた。二度目はそれが難しいと判断して直接的な手段に出た。今回も、もし山賊を警戒したところで別の方法で仕掛けられるに違いない」




