5.
シャリオスが指したのは、確かにお屋敷というには小さい。しかし周囲を塀に囲まれ、庭も広い一軒家だ。
「リルル!」
辻馬車から降りると、アルベールも馬から飛び降り駆け寄ってくる。しかし、リルルメイサはそれを無視して言った。
「塀の裏手に、資材が積まれていてそこから出火したと聞いたわ」
「資材? そう言われてみれば、塀の一部が老朽化したから修繕するとか言ってたな」
「そちらに回りましょう」
「おい、リルル!」
うるさいな、という態度を隠しもせずリルルメイサはアルベールにも告げた。
「今からここで火災が起こる、かもしれないの。貴方も来るならこき使うわ」
「火災が起こるかも、だ? 何を言ってるんだ」
「裏手に回りましょう」
ぞろぞろと移動すると、確かに資材が壁に付けられた状態で置かれている。
「本当に資材がありましたね。お嬢さま、どうされますか」
「シャリオスさん。この資材、お庭に置けますか?」
「置く場所はあるが、一体誰が移動させるんだ?」
その問いに、リルルメイサは当然のごとく答えた。
「全員でするのよ」
「えぇ~……」
不満の声を漏らしたのはソフィアだったが、リルルメイサはもう一度宣言した。
「ここに居る全員で移動させるのよ」
辻馬車の御者には、少し離れた空き地で待っていてもらい、アルベールが乗ってきた馬も一緒に見てもらうことにした。当然、御者にはたっぷり賃金を払った。
フランクは率先して資材を持って移動してくれ、せっせと運んでくれた。
ソフィアとシャリオスは、ぶつくさ言いながらだが動いてくれている。勿論、リルルメイサも軽い物など持ちやすい物を移動させた。
アルベールには流石に肉体労働をさせられないと思って、荷物の見張りと灯りを照らす為に裏で立っていてもらった。灯りはシャリオスの家から借りた物だ。
突然帰ってきた息子が
『資材を外に置きっぱなしだと不用心だから』
と言った時、彼の母は戸惑っていたが灯りを貸してくれた。
順調に資材を移動させていると、裏から騒ぎ声がするのが聞こえてきた。
男たちの声だ。アルベールの声もする。
「お前たち、盗人か!」
「俺らが先に目を付けてたんだ! 勝手に横取りするんじゃねえ!」
「盗人猛々しいとはこのことだな!」
アルベールが泥棒と間違えられているらしい?
しかも、その言いがかりをつけているのも泥棒らしい?
分からないが、リルルメイサは慌てて言った。
「シャリオスさん! あれはこの家の物だって早く伝えて!」
「分かってる!」
皆で走って駆けつけると、盗人は三人も居た。アルベールが囲まれていて、その中にはナイフを持っている男も居た。
リルルメイサはヒヤリとする。また彼が殺されたらどうしようと、反射的に死に顔がよぎる。
「ど、泥棒~!」
大きな声を出そうとしたが、声はかすれていた。
しかし、盗人たちの注意はこちらに引くことが出来た。
シャリオスも声をあげる。
「おい、その資材は我が家の物だ。警吏を呼ぶぞ!」
「違う、誤解だ! コイツが盗もうとしてたのを、俺らが見つけたんだ!」
「嘘をつくな! 先に目を付けたとか、横取りとか言っていただろうが」
よせばいいのに、アルベールがそんな風に言って盗人たちを咎める。
彼が刺されたら大変だと、リルルメイサはハラハラして言った。
「アル、やめて……」
「こいつらを捕まえる!」
逆上した盗人の一人がナイフを振り回す。
アルベールが危ない!
そう思ったが、彼はスッとナイフを避けて男の顎を殴りつけた。すると、その男は一発で気絶してしまったのである。
慌てたのは盗人の仲間たちだ。
「やべぇ!」
「逃げろ!」
その時に、彼らが持っていた灯りがガチャンと地面に落ちた。その弾みで、資材に火が付く。
「あっ、マズい! 火が!」
フランクがそれ以上燃え移らないよう、慌てて資材を蹴って塀から離す。シャリオスとアルベールが上着を脱いで叩きつけ、火を弱めようとする。だが火は消えない。
その時、ソフィアが遠くから声をかけてきた。
「これ! 運んで! お水、貰ってきました!」
見れば、桶いっぱいにお水が入っていて、ソフィアはそれをヨタヨタと運んできているのだ。
フランクがすぐに走って取りに行き、そして資材についた火に水をザバーっとかけた。
結局、被害は少しの資材、それにシャリオスとアルベールの上着だけという結果になった。
「はぁ……、これで、大丈夫なのかしら」
何もしていないが、ドッと疲れた。
そう呟いたリルルメイサに、シャリオスが突っ込む。
「君が分からなかったら、誰にも分からないだろ」
「私にも分からないけれど。今夜は家で見張っていて」
「分かった」
「貴方にはこれから協力して貰わないといけないの」
そう言うと、シャリオスはニヤリと笑った。
「面白そうだが、こちらにメリットは?」
「希望の研究職になるには推薦が必要で、それにはお金がかかるんでしょう?」
「そうだが」
「協力してくれるなら、推薦に必要なものを用意するわ。金銭でも後押しでもね」
アルベールが口出ししてくる。
「一体、こいつに何をさせるつもりなんだ」
「まあ、色々よ」
「俺がその協力とやらをする。だからこの男に頼る必要はない」
アルベールがぴしゃりと言って、シャリオスはニヤニヤ笑いのままだ。
リルルメイサは疲れた表情でシャリオスに告げた。
「この先、どうやってもこの方が亡くなるの。私はそれを防ぎたいの」
「……はぁっ⁈」
「へぇ~」
勿論、驚いたのはアルベールでニヤニヤして相づちをうったのはシャリオスだ。
リルルメイサはこれ以上話をしたくないと暇を告げた。
「とりあえず、今日はもう帰るわ」
「ああ、また後日詳細を聞かせてもらおう」
そこでシャリオスとは別れたが、アルベールはついてくる。
「あの男は誰だ。いつ知り合ったんだ」
「詳細はまた後日、よ」
「リルル、ちゃんと説明しろ」
「疲れているのよ」
待ってくれていた辻馬車の元に行って、そこに乗り込むとアルベールは驚くことを御者に告げた。
「プレイストン伯爵家の屋敷までやってくれ」
「えっ! どうして」
「お前は今日、屋敷から逃げ出すように帰っただろ。母上や兄上にも、ちゃんと挨拶しろ」
だからと言って、こんな夜に押しかけるなど迷惑だろう。
「それはまた明日にでもすれば……」
「どうせ、今夜は皆が泊まる用意をしているんだ。泊まっていけ」
伯爵家のゲストルームは二十を超えているし、夫人の誕生日で宿泊客もいる予定だった。
だが、リルルメイサは泊まらず帰る予定だった。屋敷が近いから泊まる必要などない。
「泊まらないで帰るわ。お父さまも心配しているかだろうし」
「お前の父たちも、まだ屋敷に居るかもな」
「そんな、ちょっと……」
リルルメイサはごねた。しかし、この場に居る中で一番偉いのはアルベールなのだ。
御者も、分かりましたとアルベールの言うことを聞く。
心配そうにソフィアに目線をやるも、彼女はあっさり言った。
「誕生日会のディナーにありつけるかもしれませんね」
使用人にも、普段より豪華な食事が振る舞われるのだ。
仕方がない。どちらにせよ、さっき騒ぎを起こしてしまったことを謝らなければいけないし、夫人の誕生日を祝うとといいだろう。
そういえば、とチラリとアルベールの顔を見ると少し頬が腫れて赤くなっている。
「傷、痛む?」
「まあ、多少は」
「それにしても、盗人相手には強かったわね」
兄のイーサンはハッキリ言ってもやしだ。今は商会の仕事ばかりで何も鍛えていない。そのイーサンに殴られたから、アルベールは大したことがないと思っていた。だが、先ほどは盗人を一撃でのしていた。
いざという時は強いのだろうか。
そう思って言ったのだが、アルベールはフッと笑った。嫌な笑みだった。
「ああ、殴られたのはわざとだ」
「えっ……」
「その辺りのことも話さないとな。後で、ゆっくり」
「………………」
辻馬車の中で、ソフィアに相談した。
「お兄さまにはわざと殴られたって、どういうことかしら」
「その方が有利になると思ったのかもしれませんね」
「有利って……」
「揉みあいになったのも婚約するしないがきっかけなんでしょう。アルベールさまは、どうしてもお嬢さまと婚約したいんじゃないですか」
「そんな」
一体、どうして。
しかし、彼のその考えを改めない限りアルベールは何度も死んでしまうのかもしれない。
この辺りのこともシャリオスに相談しよう。そして、婚約せずにアルベールが生き残る手を考えてもらおう。
自分では考え付かないから丸投げだ。




