4.
三人がやって来たのは酒場だった。
それも男性しか入らないような、柄が悪いお店だ。少なくとも、リルルメイサは入ったこともないし、入りたいとも思ったことはない。
「ソフィアとフランクは、こういうお店に入ったことはある?」
聞いてみると、二人共首を横に振った。
「私、夜遊びはしたことなくて」
「俺も、です」
「じゃあ初めての経験ね。遊びに行くわけじゃないけど」
頼りない三人組が酒場に入っていくと、全員がこちらを見つめた。
その中に、シャリオスの姿は見えない。もっと奥にいるようだ。
あの、若い男たち四人のテーブルだろうか。後ろ姿がそれっぽい人物を見つけ、リルルメイサは奥へと歩いていった。
男性たちは飲みながらワイワイ騒いでゲラゲラ笑っている。そこに、リルルメイサが声をかけた。
「シャリオスさん」
「……は?」
今はまだ初対面となるシャリオスは、リルルメイサを見て驚いていた。
同席の男たちが騒ぎまくる。
「おいおいおい、シャリオス! 誰なんだよこの人!」
「可愛いじゃん! お前、女に来るよう仕込んでたのかよ!」
「いや、知らない! 誰だお前、俺を誑かすよう頼まれたか、金目当てか?」
シャリオスは警戒しまくっているようだ。神官の時より言葉遣いも悪いし、こちらへの経緯もない。
リルルメイサはソフィアに金貨の入った財布を要求し、手のひらに乗せてもらった。
そして、神官のシャリオスに聞いた通りのことを言う。
「とある人物に頼まれて、貴方を迎えに来ました」
「とある人物ぅ? 誰だよ、それは」
「賭けの内容は、最初に女性に一杯奢ってもらった人物が勝ち、というものでしたよね」
「おお! ってことは? シャリオスの勝ちか?」
友人たちが騒ぐが、リルルメイサは金貨を三枚机の上に置いた。
「シャリオスさん以外の方に奢ります」
「何故? どうしてここまでする? 金貨三枚もかけて、一体何がしたいんだ?」
「金貨三枚なんて、私にははした金ですのよ。さ、参りましょうシャリオスさん。貴方の一人負けです」
「おい、一体どうなってんだ……」
既に酔っぱらっていることもあってか、彼は手を引くと大人しくついてきた。そのまま店の外に出る。人の注目を集めていたが、フランクという大柄でいかにも用心棒といった態の男が後ろについていたので、誰にも絡まれずに済んだ。
酒場の外に待たせてあった辻馬車に乗り込むと、シャリオスに告げる。
「今から、貴方のお屋敷に向かいます」
「お屋敷? 屋敷なんていう程の家でもないが、一体あんたは何もんだ」
「私はリルルメイサ・アシュレイ。アシュレイ商会の娘です」
「アシュレイ商会のお嬢様か。それが一体、なんだって俺に」
「貴方を連れて行くよう頼んだのは、未来の貴方です」
「はぁ?」
勿論、彼が信じる訳もなく、不信げな瞳でじろじろ見られるがリルルメイサは説明を続けた。
「神学校を卒業したものの、神官になるでもなく悪友と飲み歩く毎日。その背景には神殿の考古学、でしたっけ。歴史研究職に就きたいけれど推薦が得られず腐っていると伺いました」
「俺のことを調べたのか」
「調べたのではなく、未来で聞きました」
シャリオスは鼻で笑った。
「フン、そんなこと、別に隠しているわけでもないから少し探ったら分かることだ」
「貴方がそうおっしゃると思って、シャリオス神官は誰にも言ったことのない秘密の話を教えてくださいました」
「……シャリオス、神官?」
「はい。神学校で嫌なクラスメイトを陥れる密告をしてしまったけれど、実は後悔しているとか」
「……!」
「両親と年の離れた妹に疎外感を抱いてしまい、家に寄りついていないとか」
「………………」
「でも本当は、家族を愛していると」
その話をすると、シャリオスは態度悪く舌打ちをした。
「チッ、何なんだお嬢様は気持ち悪いことを言う」
「シャリオス神官がそうおっしゃったんです」
「それで、俺は未来で神官になってるってか? 今はまるでやる気がおきないが」
その言葉に、リルルメイサはようやく核心を告げる時が来たと真顔で口を開いた。
「今日、これから、貴方のお屋敷で火災が起こります」
「火災……?」
「はい。夕飯時であったこともあり、お屋敷は全焼。家族全員亡くなります」
「はあ?」
シャリオスだけでなく、ソフィアもフランクもポカンとしている。
だがリルルメイサは続けた。
「冷えて乾燥した空気に風もあって、近隣の屋敷まで延焼。貴方はそれを酔いつぶれて朝帰りした翌朝知って、周囲の人々に酷く責められることになります」
「そんなこと、信じられない」
「シャリオス神官は、絶望してそれでも折り合いを付ける為に神官になったとおっしゃっていました。けれど、あんな女なんて誰も来ない酒場で誰がモテるか、奢ってもらえるかなんてつまらない賭けをしていたことをずっと後悔していたと」
「……だが、そんな……」
迷い始めたシャリオスに、ソフィアが口を挟んだ。
「とりあえず、お屋敷に向かいましょう。火事が起こらないならそれで良いですし、起こりそうなら止めればいいわけですから」
「そうね。住所は聞いたけど忘れたので、シャリオスさんお願いします」
未来のシャリオスに教えてもらったが、番地までは忘れてしまったのでそう伝える。
シャリオスが辻馬車の御者に住所を伝え、走り出した時に呟く。
「……お前たち、本当に何なんだ?」
「アシュレイ家では、不思議なことが起こっても騒ぎ立てず仕えるのみなんです」
ソフィアが澄ましてそう言うのを、リルルメイサは以前もそんなことを聞いたなと感じていた。
その時、パカラッパカラッと蹄の音が聞こえてきた。
気のせいかと思ったが、この辻馬車を追いかけてくるようだ。
リルルメイサたちはチラリ、と後ろを向いてウワーという表情になった。
「アルベールだわ……」
「アルベールさま、どうしてここまで。お嬢さま、どうされます?」
「もう時間が無いから、シャリオスさんの屋敷まで無視して行きましょう」
しかし後ろから追いかけてきたアルベールは、馬を横につけて走りながら声をかけてくる。
「リルル! どこに行くつもりだ!」
「貴方には関係ないわ!」
「そうはいくか。馬車を停めろ! 屋敷に帰るぞ!」
ここで停められては困ったことになる。
リルルメイサはため息を吐いて声をあげた。
「分かった! ついて来ていいから!」
「その男どもは誰だ!」
「後でちゃんと説明するから~!」
シャリオスは人の悪い笑みをニヤニヤと浮かべて言った。
「あれって領主さまの次男だよな。君のことを気にしてるんだな」
「まあ、色々あるのよ。でもそんなことより、今から火災を防がないと」
「火の手は彼からあがりそうだけど」
シャリオスは笑っているが、そんな場合ではない。
リルルメイサがハラハラしていると、辻馬車が停まった。
「ここだ」




